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黒い鳥の世界  作者: 西野了
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銀色の目の老婆

 

 セキュリティ対策室のモニターにその老婆が映っていることが多くなった。映っているというより老婆の方で防犯カメラにじっと目を凝らしているようだった。甲山明美は様々な監視モニターにたびたび現れては防犯カメラに視線を送っている老婆が気になっていた。

「野神室長、このお婆さん、度々モニターに映っているのですけど」

「甲山さん、何か気になること、あるの?」野神室長は手にした文書を読みながら答えた。

「いえ、特に変わった動きとかはないのですが・・・・・・」

「なんだよ、甲山ぁ。室長はお忙しいのだからくだらないことで、時間をとらせてはいけないよ」岡野高広はそう言って甲山の見ているモニターを覗き込んだ。

「あれっ、んん」高広はモニターの中の老婆の顔を見ながら首をひねった。

「どうしたの、岡野君?」野神室長が今度は目を高広に向けた。

「いや、ちょっとこの婆さん変な感じがするみたいです」

「伊能君!」

「ハハィ」

 伊能ハジメは分厚いレンズの眼鏡をカクカク動かしながら、凝視していたコンピューターのモニターから上司の方に目を上げた。

「こっちへ来てくれる」

「ハッ、ハイィ」

 伊能は慌てて甲山の席に駆け寄った。

「岡野君、このお婆さんのどこが気になるの?」

「えーと、この婆さんの顔がなんか変ですよ」

「伊能君、このお婆さんの顔を拡大して」

 伊能は甲山の席に着くと素早くキーボードを叩いた。

 モニター上に老婆の顔が全面に広がった。

「目ね」

 野神室長が指摘するまでもなく、ほかの三人も老婆の目に注目した。その眼球は垂れ下がった瞼で半分近く隠れていた。そしてその眼球は黄色く濁っており瞳孔は鈍い光を放つ銀色だった。

「義眼ですかね? 最近こっちで流行っているやつ」高広の声が珍しく低く響いた。

「エ―ッ、両方とも人工眼?」甲山は額から流れる汗をハンカチで拭った。

「なんだよ、モニター拡大して今頃反応しているのか。この婆さんヤバい奴かよ・・・」

「伊能君はどう見る?」

「た、た、たぶん、人工眼だと、思いますぅ。でも、そうじゃないかも、いや、やっぱり、人工眼かも、しれません?」

「伊能、ハッキリしろよ」高広は伊能の天然パーマの黒髪を数回右手でかき回した。

「あっ、えっと、わ、わ、分かりません」伊能は黒い眼鏡のフレームを指で細かく動かしながらモニターを凝視し続けていた。

「ふーん、機械と仲良しの伊能君が分からないか。甲山さんは発汗して反応しているし・・・・・・」野神室長は腕を組んで十秒間黙り込んだ。

「甲山さん、このお婆さんの映っているモニターを集約して。岡野君はこのお婆さんが映っている全てのモニターの周囲をチェックして。それから伊能君は銀色の人工眼の情報を収集して。明日の十三時からこのお婆さんについてミーティングするから各自それぞれ資料としてまとめておくように」野神室長はそう言いとセキュリティ対策室から足早に出て行った。

「明日まで全部チェックするのかよーっ。甲山、この婆さんが映っている件数、いくらあるんだ?」

「10件」甲山は無表情でモニターに向かって作業を始めていた。

「アーッ! 10時間も見なきゃならないのかよ。甲山ぁ、こんな婆さん無視しときゃいいのによ」

「でも、岡野さんも、何か、引っかかった、でしょ?」伊能が高速でキーボードを叩きながら訊いてきた。

「ちぇ、室長の前ではついつい本気になっちゃうのよねぇ」

 甲山も伊能もその言葉には何も反応せず、モニターを見つめていた。

 二十二時、セキュリティ対策室にはまだ三人残っていた。

「うーん」岡野高広は腕組をしながら大きく体を椅子の背もたれに預けた。

「どーしたの、ですか?」伊能がキーボードを叩きながら訊いてきた。

「あの婆さんが映っている場面、なーんか変だけどそれが何なのかわからない」

「場面、ですか?」伊能は相変わらずキーボードを高速で叩いている。

「あーっ疲れた。甲山ぁコーヒー、熱いやつ」

「伊能君は?」

「あっ、僕は、いいです」伊能は手を止めて甲山の方を向いた。甲山は席を立ってコーヒーを入れる準備をした。

「岡野さん、そんなに、甲山さん、使って、いいのですか? 甲山さんは、先輩でしょ?」

「いいんだよ。あいつはヤバイ奴に反応して汗かくぐらいしか役に立たないのだから」

「はあ・・・」

「それにあいつはいろいろ命令されるのが好きなのさ、わかる?」

「いや、あの、えっと」

「何だよ伊能、お前も分からない奴だな、それよりも俺の仕事を少し手伝えよ。お前の仕事はもう終わっているだろ」

「いや、それが、人工眼の、機能が、最近、凄いのが、いっぱい、あって。まだ、まとめきれて、ないです」

「ホントか。そんなにあるのかよ。人工眼からレーザービームが出て人を殺しちゃうとか」

 高広はコーヒーを飲みながら、内ポケットからセブンスターを取り出した。

「いや、ある意味、レーザービームより、凄いの、ありますよ」

「えっ、ホントか、例えば?」高広は胸いっぱい吸い込んだ煙草を思いっきり吐き出した。

「例えば、近くにいる、人間を操る―マインドコントロールとか、実際、レーザービームを、照射した、事件も、あります。それから、防犯カメラの、機能を、狂わすとか。今の、工眼は、進化して、凄い、です」

「防犯カメラの機能を狂わす? バカ! お前それ早く言えよ! それで人工眼は防犯カメラをダメにしちゃうってことか?」

「いや、そんな、簡単な、ことでは、なくて、防犯カメラの、一部の、機能を、狂わせるの、です」

「どんな機能を狂わせる?」

「時間を、ジャンプ、させるとか」

「何だよ、その時間をジャンプさせるってことは?」

「えっと、あの、ですねぇ、例えば、12時から、13時の、間の、10分間を、抜いて、しまうのですよ」

「はあ?」高広は吸い込んだ煙草の煙を思い切り伊能の顔面に吐きかけた。

「ゲホ、ゲホ。ゲホッ、あの、12時30分から、12時40分まで、防犯カメラを、機能停止に、させて、また、12時40分に、なったら、再稼働、させる、わけです。ゲホ」伊能は分厚い眼鏡を外し、上を向いて両目に目薬を差した。それからその姿勢のまま細い目をパチパチと瞬かせた。そして目薬が眼球に染み入ったのを確認して黒縁眼鏡をかけた。

「ふーん、10分間だけ防犯カメラを機能停止させるわけか・・・・・・」高広は椅子の背もたれに体重を預けながら、ゆっくりと煙草をくゆらせた。天井に設置された換気扇が音もなく白い煙を吸い込んでいった。

「コーヒーのお代わりです」甲山がチラチラと高広の様子を伺いながら、コーヒーの入ったカップを彼のデスクに置いた。それからホットココアの入ったマグカップを伊能に手渡した。

「あ、あ、ありがとー、ございます」伊能は何回も頭を上下させてマグカップに薄い唇をつけた。

「おい、甲山。今の話聞いただろう。あの婆さんが防犯カメラを機能停止させているかチェックしてくれよ。伊能もやってくれよ」

「エッ、僕も、ですか?」

「俺はもう疲れたの。ちょっと仮眠するし。二人で分担してやってくれよ。伊能は機械の不具合なんかすぐ分かるだろ」高広は煙草を灰皿に押し付けて、仮眠室に向かって歩いて行った。





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