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黒い鳥の世界  作者: 西野了
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母、美鈴との会話…そして猪口権からの電話

 夜八時過ぎ、渡辺美冬は一人、AFZ四階通路にいた。午後二時まで高梨邸にいて、それから宮森華とともに谷口孔の車、ピンクのアルトラパンに送られて帰宅した。

「谷口先輩の車って小さくて可愛いですね」後部座席に座った華は狭い車内をキョロキョロと見回した。

「フフーン、宮森さんと一緒さ」

「えへっ、そうかなぁ」華は孔の言葉を素直に受け取った。

「谷口先輩、じゃあ私は?」助手席で美冬が首を左に傾げて訊いた。

「渡辺さんはフェアレディℤかな?」

「その自動車はどんな感じなのですか?」

「フェアレディZは品があって美しくて、それから機能性も高くて素晴らしい車だよ」

「あれっ、谷口先輩。私と美冬の評価がかなり違うみたいですけど」

「エッ、そうかな?」

「フフッ・・・」

それから三人はほとんど話さなかった。車内にはカーステレオからシューベルトのピアノソナタが小さく流れていた。

 美冬のマンションに着いたとき華が心配そうに訊いた。

「ねえ、美冬。私が誘ってこんなことになっちゃって、ごめんね」

「んんん、そんなことないよ、華。このことは仕方なかったと思う」華は美冬の言葉に少し驚いた。彼女はアルトラパンから降りた友人に少し引きつった笑いを浮かべて言った。

「美冬、また明日」

「うん、またね。華」美冬は心配そうな表情を浮かべているクラスメイトを見送ると黒い外壁のマンションに入った。 

 505号室のドアを開けると中から「お帰りなさい」という母、美鈴の声が聞こえた。

「ただいま」美冬は母がいるリビングルームに声をかけて自分の部屋に入った。彼女は母の声を聞きて安堵した自分に驚いた。

 母と娘はマンションの中でほとんど顔を合せなかった。食事も別々にとることが多い。たまに一緒に食事をしても会話は少なかった。同じマンションに住んでいて二人は最低限の言葉しか交わしていなかった。それは形式的なものだった。「おはよう」であったり「いただきます」「おやすみなさい」であったりした。だが美冬は最近、母の声音が以前と違うように感じ始めていた。それは相変わらず感情を伴わない響きだが、ほんの少しだけ母の情愛の糸のようなものを娘は感じるのだ。

 美冬は自分の部屋のベッドで夕方までぐっすり眠った。夢は見なかった。そのあと彼女はシャワーを浴び白い体を丁寧に洗った。その後、母と静かに夕食をとった。それから美冬は美鈴に「AFZに行ってくる」と告げた。

「気をつけて」母はそれだけ言った。

 美冬は黄色い原動機付自転車をAFZの駐輪場に駐車して北側入口に向かった。一人二人と出入りする人が彼女の紫色と銀色の瞳に映る。ラベンダー色のワンピースと肌色のカーディガンを着た少女はその巨大な建物に入り四階を目指してエスカレーターに乗った。



 渡辺美冬は四階の通路から階下を観ていると、背負っているアイボリーホワイトのデイバッグのポケットから携帯電話の着信音が鳴った。その着信音はジミ・ヘンドリクスのアメリカ国家「星条旗」だった。

「はい、渡辺です」

「アッ、わ、わ、渡辺さん? こんばんわーっ。じょじょっ、じょーほく高校の猪口です。あっ、ほら現代国語を教えている教師の猪口ぃです」

「ええ、分かります。猪口先生、どうされましたか?」

「アーッ、渡辺さんっ。今日はたいへんだったねぇーっ。白石の奴っ、いや白石先生が、死んじゃって」

「・・・はい、驚きました。とても残念です」

「へぇー、そうかぁーっ、ジジッ。 残念なのかな? ジジッ」携帯電話にノイズが入り始めた。

「へへッ、まあ、ジジッぃやぁ。美冬ちゃん、それでねぇジジジジィ村教頭と話してねぇ、僕が文芸部の顧問になるってジジィまったんだよぅ」

「えっ、猪口先生が文芸部の顧問をされるのですか? すると演劇部は・・・」

「イヒヒヒヒッ、さすがぁジジィッ冬ちゃんだねぇ。頭いいねぇ。演劇部は廃部だよージジィジジィ・・・だけど大丈夫だよ。美冬ちゃんは文芸部に来るジジィょう?」

「演劇部はなくなって、私が文芸部に移るってことですか?」

「おい、嫌なのか・・・」猪口教諭の声が急に低くなった。その声は美冬を蹂躙し続けたあの男の傲慢さによく似ていた。

「・・・・・・いえ、分かりました。はい・・・そうします」美冬は深く息を吐き出した。

「そうだろうねぇーぇ。美冬ちゃん、僕が白石の代わりを美冬ちゃんにジジィゃんとしてあげるからねぇー。ヒヒッ、ジジィジジィジジィ」通路は唐突に途切れた。美冬は携帯電話をしばらく見つめた。彼女の白い頬がピンクに染まった。美冬は深呼吸を数回した。そしてその白い通信機器をデイバッグのポケットにしまった。

 日用雑貨売り場と小ホールを繋ぐ四階通路に人の気配はなかった。美冬は西側小ホールの方へ歩いて行った。通路と西側小ホール出入口広間の境目で立ち止まった。そして彼女は振り返り通路の真ん中あたりを見つめた。昨夜、高梨邸でハンサムな警察官の言葉を思い出した。

(「約一か月前にAFZで後藤満さんという方が亡くなられました」後藤満・・・・・・後藤・・・一か月間かぁ・・・・・・)




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