3【光芒】 猪口権が渡辺美冬に告げたこと
第三部「光芒」
月曜日の昼休み、宮森華は教室を出で三階外廊下の腰壁の手摺に両手をかけて、ぼんやりと灰色の街並みを見ていた。
「どうしたの、華。難しい顔をして」華の左隣に渡辺美冬が不思議そうな表情を浮かべている。
「うーん、クラスのみんな、白石先生が亡くなったのに、あまり変わんないからさ。何かね」
「オー! そうデスネ、みんな静かデシタ。宮森サーン、白石先生は人気がなかったのデスカァ?」華の右隣に立っているエリック・ハーバートがすぐに反応した。
「ハーバート君、君は声が大きいよ。まあ確かに白石先生は人気がなかったよ。自分のことばかり言ってたから。それにいい加減で約束も守らないし。でもさぁ、みんな少しは動揺というかシュンとするとか、してもいいんじゃない? 白石先生は死んじゃったんだから。ねえ、美冬」
「そうね。私もクラスのみんながもう少しリアクションするかと思ったけど。でも私たちは部活動で白石先生と繋がりはあったけど、他の人はなかったからね。だから仕方ないよ。それに街を出て行っていなくなる人も結構いるしね」
「うーん・・・」華は納得していなかった。美冬は不服そうな表情を浮かべている友人を紫と銀色の瞳で見ていた。
「ねえ、華。一つ知らせたいことがあるの」
「んん、何かな?」
「昨夜、猪口先生から連絡があって演劇部を廃部しないかって」
「エッ、演劇部なくなっちゃうの!」
「うん、猪口先生は亡くなった白石先生の後任として文芸部の顧問になるらしいの」
「アーッ、そういえば権先生、尊君の家に来た時にそんなこと言ってたわね。教頭先生に注意されてたけど」
「それで私も文芸部に入らないかって誘われたの」美冬はちょっと困ったような顔をした。
「そうなの・・・、うーん、私は美冬が文芸部に来てくれるのは嬉しいよ。美冬は読書家だしね。でも・・・」
「でも・・・?」
「オー、それは猪口先生の我儘デスヨ。渡辺サーンの気持ちを無視してマス。イケマセーン!」ハーバートが珍しくムッとした表情を浮かべた。
「そうだよ。ハーバートの言う通りだと思う。美冬は演劇が好きでしょ。ずっと一人で頑張ってきたんだから。それっておかしいよ」華はピンクの頬を少し膨らませた。
「フフッ、ありがとう。だけどね、華。演劇部も以前は数人ほどの部員がいたのよ」
「アレッ、そうだったっけ?」
「うん、私が一年のときには数人いたの。だけど徐々にいなくなった」
「宮森サーン、隣の部室なのに分からなかったのデスカーッ?」
「うーん・・・、私は視野が狭いのかなぁ。ゴメンね、美冬」華は眉間に小さな皺を寄せて難問を解くような顔をした。
「宮森サーンは忘れっぽいだけじゃないデスカ」
「うるさいわね、ハーバート君」華はジロッと長身のクラスメイトを睨んだ。ハーバートは華の冷たい視線を防ぐように両腕を目の前に上げて、掌を華の方に向けた。
「エリック。華はこれまで水樹君や白石先生のことでいろいろ大変だったのよ。ねえ、華」
「エッ、アッ。そうだったかな・・・」華は黒い瞳を上に向けたり眉間に小さな皺をつくったりして過去の記憶を探った。
「アーッ、それでェ渡辺サーン。やっぱり渡辺サーンは文ゲー部に入るのデスカ?」
「そうね。土曜日のカフカの『審判』の検討会も面白かったし、やはりみんなでワイワイと話すことは楽しいし。でも私が入ると華と高梨君にとってお邪魔かな?」
「イエス、イエス! この前のようにハグしたりキスしたりできなくなりますネーッ。宮森サーン、部室では我慢してクダサーイ」
「う、う、うるさいわね! エリック・ハーバート! 私は部室ではそんなことしないし」華の頬と耳は真っ赤になった。(それにキスはまだしてないし・・・・・・)
「フフッ、エリック。あまり華をからかうと、また高梨君に怒られるわよ」
「オー、そうデシタ。スルジャに怒られマース」ハーバート天を仰ぎ十字を切った。
「ハーバート、君はホントに美冬の言うことはよく聞くわね。じゃあ美冬が文芸部に入ったら、あなたもすぐに文芸部に入るんじゃない?」華は右手を振って熱くなった頬に風を送りながら訊いた。
「ウーム、まだそれは考えていまセーン。ボクにはやるべきコトがありますから」
「やるべきこと? ハハーン、君はこの学園の可愛い女の子をいろいろ探して、アタックすることでしょ」
「オーノー。宮森サーンはボクのこと誤解してマース。ねえ渡辺サーン」
「さあ、どうかしら」美冬は楽しそうに笑った。




