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黒い鳥の世界  作者: 西野了
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BAR「クロノ」

  二人が仕事を終え従業員専用通路を歩いていると岡野高広に会った。

「お二人さん、これからデートかな?」高広は疲れた声で訊いてきた。

「これから先輩と飲みに行くのです」玲が答えると、「玲ちゃん、勤、俺も連れていってくれよ。もう俺疲れちゃったよ」高広の声は弱弱しかった。

 三人が従業員専用通路から出た時に、赤いミニスカートと黒いレザージャケット姿の女性が左手を腰に当てて立っていた。

「香ちゃん?」玲があっけにとられている間、高梨香は右手で敬礼のポーズをしながら、三人に一人一人優しそうな視線を投げかけた。

「お久しぶりです。あの時はお世話になりました」

「どうして香ちゃんがここに?」

「パパからここに行ってくれないかって、さっき連絡があったの。ヤバイこと、あったでしょ! それでちょっと眠いけど仕方ないかなって」

「ふーん、高梨営業本部長がねえ・・・・・・。香ちゃん、でもその件は警察と会社の上の方が今処理してるぜ」高広は先ほどまでの憔悴した表情が消し飛んで、香の美しい顔を見ながら勢い込んで話しかけた。

「いえ、私はお三方三人の誰かに会ってほしいってパパに言われたの。ウフ、こうして三人揃って出逢えるなんて、奇跡的なことだと思いません?」

  香は抱きつかんばかりに高広にその美しい顔を寄せた。高広は嬉しそうにちゃっかりと香の右手を握っていた。

「それで皆さん、これから何処へ行くのですか?」

「バー・クロノ」玲が不機嫌そうに言った。



 四人は奥の小さな四角いテーブルを囲んで酒を飲んでいた。

「しかし香ちゃんが未成年だなんて誰も思わないよなぁ。まあ今どき未成年云云って言っても意味ないけどな」高広は左隣の香の方を向いて密やかに呟いた。

「ウフフ、私は時々パパの晩酌のお相手もするのですよ」香は美味しそうにカティサークを味わっていた。

「おい、高広、お前は俺たちに何か言いたいことがあるんじゃないのか?」勤は香の美貌に心奪われている高広に釘を刺した。

「そうよ、岡野さん、私もそのことも知りたくてここにきたの」香の右手が高広の左腕を優しく掴んだ。高広は顔が弛緩しかけたが、ハッと気づき真面目な表情をつくった。それから小さく咳払いをした。

「あのさ、例のことがあって俺たちセキュリティ対策室の人間がシールドを張って外部を遮断した。あの時はもう後藤さんは死んでいたと思うだろ?」

 勤は無言で頷いた。

「野神室長が横たわっている後藤さんの脈を確認したり瞳孔を見ていたりしていた。俺も甲山もあまり死体を扱ったことがなかったので室長に任せて見ていた」

 勤は高広と香を連れてきたことを後悔し始めていた。勤の左隣に玲が座っていたが、いつもと違い青白くなった顔が俯いたままだった。そして時折ボウモアの入ったグラスを傾けている。

「『ちゃんと死んでるわ』って野神室長が言ったけど、その言い方が凄いぜ。まるで害虫が駆除されてくたばった言い方だった。俺、ビックリして隣の甲山を見たら、あいつも驚いて口開けて 驚いて口開けてたもんな」

「野神のおば様らしいわ」香が片肘をつきながら呟いた。そしてピーナツをぼりぼりと齧り始めた。

「エッ、香ちゃん、うちの室長も知っているの?」

「ええ、知っています」香は面白くなさそうに紫のハンカチで口を拭った。

「ふーん、そうかぁ。それで俺たちは警察とか保安関係の上層部の人を待っていた。すると何か物音が聞こえてきた。シールド内だから俺たち以外に音は出ないのに。そしたら甲山が汗を垂らしながらヒッと言って何かを指さしている。俺も奴の指さしている方も見ると、後藤さんの死体がユラユラと動いていた。まるで操り人形が首を引っ張り上げられたみたいな感じで立ち上がった。俺も甲山も驚いてその場に立ちすくんでしまったのよ」

 高広はそこまで話すと大きく息をついた。それからカティサークをかなり大量に流し込んだ。

「だけど野神室長はクールだった。ユラユラと幽霊みたいに立っている後藤さんに言ったんだぜ。『何か言いたいことがありますか?』って。そしたら死人の後藤さんが答えた。「・・・始まる」って。何かこの世の生き物とは思えないスカスカの声だったけど。野神室長は黙って後藤課長を見つめていた。数秒後には糸が切れた人形みたいに後藤課長はその場に倒れこんだ。その後すぐに警察とか保安関係が来たので、俺と甲山はお役御免で解放された」

 高広はセブンスターに火をつけ大きく吸い込んだ。そして天井を見上げてフーッと大きな息を吐いた。

「なあ、今の俺の話を信じるか?」

「普通は信じないですね」香は笑いを押し殺したように答えた。

「俺も信じないな。後藤さんがあんな死に方したので、お前ショックで幻覚を見たんじゃないのか? それに俺たちにそんな話をしていいのか?」

「いいんだよ、俺の話なんて大したことじゃないし、みんなまともに聞いてくれない」

 高広はカティサークをもう一口飲んだ。

「今話した光景は俺だって幻覚かと疑ったぜ。でも甲山に訊いてみたら、奴も後藤さんがユラユラと立ち上がって喋ったのを聞いたって言ったぜ」

 その時「パキッ!」という音と「アッ」という玲の小さな悲鳴が聞こえた。そしてそのまま彼女はグラスを右手に持ったまま動かなくなった。

「どうした?」勤は玲が持っているグラスを覗き込んだ。グラスの中には球形の氷が一個入っていた。その氷が十文字に四等分されていた。

「さっき、急に割れて・・・・・・」玲はそう言った。それから意を決したように顔を上げ勤を見つめた。そして「すみませーん、名っちゃん!」と女性バーテンダーを呼び、ボウモアを注文した。

 勤が知っている限り玲が焼酎以外の酒を飲むことはほとんどなかった。それに今まで俯きながらちょっとずつスコッチウイスキーを飲んでいた彼女が、いきなり覚醒したかのように話し始めた。

「あたしはその話を信じます。後藤室長いや後藤前室長は何か伝えたかったと思います」

「嬉しいーっ。玲ちゃんは俺の話を信じてくれるんだ」

「でも自殺までして、死にきれなくて何か伝えたいって変なことないですか?」香が今度はナッツを齧りながら言った。

「ふーん、確かにそうだ」勤も同意したが、その目はチラチラと隣の玲を伺っていた。玲はグラスに入っている液体をじっと見つめていた。しばらく香がナッツを齧っている音だけが聞こえていた。

「あたし、後藤室長は自殺したのではないと思う」玲が低い声で呟いた。

 他の三人は何も言わなかった。

「後藤前室長は誰かに殺されたと思う」

「あちゃー! 玲ちゃんにそう言われると俺困っちゃうな―っ」高広は再びポケットからセブンスターを出して一本口にくわえた。横からパチッという音がした。そして黄色とオレンジが混ざった小さな炎が差し出された。

「香ちゃん、アリガトー」高広は深く煙草を吸い込むと上を向き白い煙を吐き出した。白い煙はダウンライトに黄色く照らされ、徐々に薄くなり消えていった。

「それにしても、後藤さんが誰かに殺されたにしても、面倒くさい殺され方だなぁ」

 高広は恋に悩む人間のように大きくため息をついた。

「面倒くさいって何だよ?」勤が少し「ムッ」とした表情で訊いた。

「まあまあ、そう怒るなよ。だって殺されるのなら普通にやられりゃいいのに。自殺っぽかったらまた俺たちの仕事が増えるしさ」

「エーッ、そんなところまで岡野さんは仕事されるの?」香の興味津々の様子に高広は満足そうに答えた。

「まあ直接ってわけじゃないけどね。我々の仕事はいろんなことが求められるわけよ」

「ホントかよ」勤は無表情に呟いてI・W・ハーパーを飲み干した。

「名っちゃーん! 勤先輩もおかわり。先輩、同じものでいいですよね」

 勤は玲が元気になって一安心したが、微妙な違和感が胸に残っていた。

 勤たち四人は午前三時までクロノにいた。高広は嬉しそうに香を送っていった。







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