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黒い鳥の世界  作者: 西野了
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岡野君、君も俺らと同じ出来損ないの化け物組じゃない?

 水樹晶は自転車を走らせながら、十五分前に会った伊能の言葉を思い出していた。(『あなたは、ときどき、いなくなる。誰も、あなたを、見つけられない』面白いことを言う人だなぁ。だけどそれは誰しもが他人に興味を無くしている現在では、よくあることじゃないのか?)彼の前方にいきなり人影が現れた。水樹晶は慌てて自転車のブレーキをかけた。

  彼の自転車は小さな人影のほんの手前で止まった。

「水樹晶くーん、俺の忠告を聞いてくれたのかなぁ」人を小馬鹿にしたような声がした。自転車の前には紺色の作業服を着た仲野仁が、ポケットに両手を入れてニヤニヤ笑っていた。

 水樹晶は仲野の言葉を無視して自転車のハンドルを右に切って、その場を離れようとした。いきなり目の前に黒い物体が飛んできて顔面に強い衝撃を感じ、自転車もろともアスファルトの歩道に転倒した。

「人の話を聞かないと痛い目にあっちゃうよーっ」小柄な男は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま左足を顔の高さまで伸ばしていた。

 水樹晶の鼻から鮮血が流れ落ちた。彼は立ち上がりハンカチで鼻血を拭った。それから自転車を引き起こしてサイドスタンドを操作し愛車を歩道に立てた。

「あなたは何故・・・、こんなことをするのです?」

「前にも言っただろ。俺の仕事はAFZの大切な場所を守らなければならないことだよ。そのために怪しくて危険な馬鹿な奴らを懲らしめる。そしてそいつらをその場所に二度と近づかないようにする。へへへーっ」仲野は黄色い犬歯を剝き出して笑っている。

「僕は・・・、あの事件以来・・・、あなたの仕事の・・・、邪魔はしていませんよ」水樹晶は鼻からの出血のため、呼吸を整えることに集中せざるを得なかった。

「へっへっへーっ、そうなの水樹君? 今日も夕方いきなり現れてセキュ対の方ばかり見てたじゃない? 紅いメガネの子、村上玲っていってたな。あの子を狙ってたんだろ?」

「・・・・・・」

「ハン! お前はまるでストーカーだな。ポンコツロボットの伊能に何か言われたんだろ。それで村上玲に付きまとうことを諦めたか。根性ねえなぁ。あーっ、この不審者め!」

 水樹晶は血に染まったハンカチを握りしめ、ヘラヘラ笑いながら挑発を続けている男を睨みつけた。

「なんだよー、その面は。オッ! もう血が止まってやがる。水樹君は回復が早いでちゅねー。殴りがいがあるよーん」仲野が言い終わらないうちに彼の右掌底が水樹晶の顔面に飛んできた。男子高校生は後方に三メートル突き飛ばされた。またもや鼻から鮮血が溢れた。倒れた水樹晶は頭が真っ白になり方向感覚がなくなり、きな臭い匂いを感じた。息苦しくなり大きく口を開けて空気を必死で取り込んだ。

「水樹晶くーん、大丈夫ですかぁ。今度は何分で鼻血が止まるかなぁ。おやぁ、低い鼻が曲がってるぞぅ。どうしたのかな?」仲野は倒れている遊び相手の顔を覗き込んだ。彼の細い目は充血し笑っている口からは涎が溢れて、倒れている男子高校生の顔に落ちていった。

「人に危害を加える猿は駆除しなくてはいけないだろ」仲野は背後からの声に瞬時に反応し右斜め前方に体を反転しながら跳躍した。先ほどの声の主から五メートルの間合いと取ると裏保安部員は腰を僅かに落として前傾の姿勢をとった。

「晶君、大丈夫か?」岡野高広は左腕で倒れている少年の血まみれの顔を抱きかかえ、右親指と人差し指で曲がっている鼻を真っ直ぐに治した。

「あっ・・・、岡野さん?」水樹晶は目を細めて介抱してくれる男を見た。

「ちゃんと呼吸できるか?」

「何とか・・・・・・」鼻から出血している少年は苦しそうに答えた。

「頭を少しだけ上にした方がいい。俺はあの害のある猿を駆除せねばならん」

 灰色のスポーツウエアで全身を包んだ高広はゆっくりと立ち上がり、仲野仁の方に体を向けた。

「へへへッ、セキュ対を首になった岡野君じゃないか。部外者がAFZの人間に刃向かうとこの街では生きていけないぜ」そう言い放つと仲野は四肢を地面につけた。その刹那彼は高く舞い上がり急降下して高広の頭上に両掌を伸ばした。

(発勁?)高広は後方に素早く飛び去った。すると仲野は一瞬、空気の壁のようなものを掌で支えその反動で前方回転し右踵を高広の頭頂部に打ち下ろした。高広は左足で地面を蹴り、空気を切り裂く仲野の蹴りを直前で躱した。四肢で着地した仲野は五メートル後方に飛び去った。

(人間じゃない・・・・・・)水樹晶は二人の動きを見て、あっけにとられていた。

「へヘヘーッ、楽しいなぁ」四肢で着地した仲野はゆらりと立ち上がった。そして腰を低く落とし左手を前にして構え、少しずつ高広との距離を詰めようとした。高広は時計とは逆回りに円を描いて移動し仲野との間合いを一定に保とうとした。二人の間合いは変わらず二分が立った。いきなり仲野は両手を高く掲げるとその両手を下げてアスファルトの地面に顔がつきそうなほど前傾したと見えた瞬間四肢で走り出し一気に高広との距離を詰めた。彼は猛烈なスピードで頭部を相手の腹部に打ち付けようとしたが高広のカウンターの左膝が飛んできた。仲野は右掌で高広の左膝を受け顔を左に回して力を流すと同時に左裏拳を放った。高広は旋回してきた仲野の左裏拳を左手で払い自身の体も右に回転し、仲野も右に回転して着地した。一瞬三メートルの間合いになり瞬時にお互い後方に飛び二人の間合いの外に出た。

「岡野君、君も俺らと同じ出来損ないの化け物組じゃない? へヘヘーッ、嬉しいなぁ」

「まともな人間はほとんどいないだろ」

「人間はもともと出来損ないだよー」

「フン」

 仲野は前傾姿勢から上体を起こし垂直に近い姿勢で立った。そして腰を少しだけ後ろの落としゆっくりと高広に向かって歩き始めた。

「アッ!」水樹晶の目の前を茶色い光を放つ動物が横切った。高さ三〇センチくらいの茶色い毛並みの動物は仲野の前で止まった。

「ケッ、お狐様かよ」

 仲野仁は目の前の狐の銀色に光る眼を見て、それから水樹晶の小さな眼を見た。弱々しい少年の眼は狐と同じ銀色に光っていた。

(あのガキも狐と同じ目をしていやがる。どういうことだ?)仲野が疑わしそうに目の前の狐を睨んだ。狐は相変わらず銀色の眼で静かに仲野を見ていた。

 高広は対峙している仲野が既に戦う気が失せているのに気がついた。彼はケガをしている男子高校生の傍に行った。

 仲野仁は何も言わずその場から離れて行った。そして茶色の光を纏っている狐も夜の深い闇に消えて行った。



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