「あーあ、やっぱりねえ」と仲野仁は呟いた
玲と勤が職場で再会したのは、二日後の二十三時を過ぎた時だった。
玲は勤と目を合わせると頬を紅潮させて「お疲れ様です」と早口に言った。
「お疲れ様です」
勤はなぜか可笑しくて少し笑いながら返答した。「ムッ」といった感じで玲は上目遣いで勤を軽く睨んだ。勤はそんな彼女の視線を静かに受け止めた。
「あっ、先輩、あれっ!」急に玲は右上方を指差した。勤も彼女の言う方向に目を向けた。四階フロア通路の手すりの下に人間が浮いていた。正確には首を吊ってぶら下がっていた。
「おい、あれ、課長じぁないか?」勤が振り向くと、紺色の清掃服を着た巨漢、小柱徹が驚いたように言った。
「あーあ、やっぱりねえ」その巨漢の横には同じ制服を着た小柄な仲野仁がため息交じりに呟いた。
午前零時近くだが、一階フロアにはかなりの客がいた。多くの客が異常事態に気づき始めていた。四階のフロア通路には既に何人かの店員が駆けつけ、彼らは首を吊った人間を引き上げようとした。その瞬間、縄が切れ人間の形をした物体が一階イベントフロアに激突した。
「アッ! 駄目!」若い女の悲鳴が聞こえた。
「ドン!」という鈍い音とともにその物体は一回バウンドしてフロアに横たわった。首が変な方向にねじ曲がっていた。白い舌が蛇のように口から伸び、目は驚いたように限界まで見開いたままだった。そしてその無機質的な視線は勤と玲そして巨漢と小さな男に届いていた。
「あたしだ、あたしだ・・・・・・」玲は小刻みに震えながら勤にしがみついていた。
「うえっ、マジかよ。汚ねぇ」仲野は顔をしかめた。
「おい、やっぱ課長じゃないか」小柱は相変わらず驚いた表情を浮かべていた。後藤課長の頭部から血が流れあたりに血だまりが広がっていた。
「お客様、離れてください!」
「救急車だぁ」
「セキュリティ、それから保安関係はどうした!」
鋭い怒号が飛び交っていた。
「カッカッカッ」
靴音を響かせながら野神室長が部下の岡野高広と甲山明美に指示を出していた。二人は円形の黒いシールドを張って、横たわっている後藤課長の周囲を遮断した。
「先輩・・・、すみません。もう大丈夫です」玲は顔を上げて勤から離れると大きく深呼吸した。彼女の周りの空気が吸い込まれている軌道が見える、そんな深呼吸だった。
「村上さん、ホントに大丈夫? もしよかったら気分転換にどこか飲みに行かないか?」勤は青白い顔をしている玲を覗き込むようにそう言った。
「はい・・・、そうですね」玲はまた大きく息を吐きながら答えた。