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黒い鳥の世界  作者: 西野了
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(私の名前を呼んでくれて・・・)

「コラ! 遅刻だぞぅ! 宮森さん、それから、えーっとあれだ、外国の転校生」猪口権教諭は怒っているのか注意しているのか、それとも悩んでいるのか分からないような口調だった。教室からは「クスクス」という声が聞こえた。

「すいません、猪口先生。エリック・ハーバート君の学校案内をしていたら遅れてしまいました」宮森華は自分の席の横に立ったまま答えたので、ハーバートもそれに倣って着席せずに立っていた。

「どうせ君のことだ。喫茶店でエンリケだったか、ん? エグッチだったか、そのイタリア人とぺちゃくちゃ喋っていたんだろ」

「猪口先生、エンリケじゃなくてエリック・ハーバート君です。それから彼はイタリア人じゃなくてアメリカからやって来ました」華は笑いを噛み殺しながら言った。周囲からは『アハハ』「クスクス」と先ほどより大きな笑い声や「プッ!」という吹き出した声が聞こえてきた。

「うるさいぞぅ! もういい。二人とも座りなさい。じゃあ、えーと、授業を始めるぞ」国語の教師は四角い顔を赤黒く染めながら黒板に向かってチョークで字を書き始めた。

 華は教室の雰囲気がいつもと違うように感じた。(こんなに風通しが良いクラスだったかしら? ハーバートが転校してきたからかな?)彼女はそう思いながら一番前の席を伺った。水樹晶の席には誰も座っていなかった。(晶はまた休憩室で眠っているのかなぁ。猪口先生の授業、好きなのに)彼女は頭を三回左右に振り、デイバッグから教科書とノートと筆箱を取り出した。そして真っ直ぐ黒板を見て意識を集中した。黒板には猪口教諭の書いた美しい文字が整然と並んでいた。

 午後から二時限目の授業は自習になった。

 その後のホームルームの時間は話すべきことは何もなかったので、いつものように掃除の時間になった。

 華が水樹晶の椅子を机に載せていると同じように隣の椅子を机に載せている少女がいた。

「宮森さん、さっきの国語の授業、面白かったね」渡辺美冬は隣のクラスメイトを眩しそうに見た。

「国語の授業? 面白かった?」華は美冬の言っている意味が分からなかった。

「ほら、あなたが笑うのを必死に我慢しながらハーバート君のことを説明したじゃない、猪口先生に。私も吹き出してしまったわ、あの時」

「あっ、ああ。ホント、猪口先生は相変わらずで・・・。あれでよく国語の教師をやっているわね」

「フフッ、でも私、猪口先生好きよ。宮森さんもそうじゃないのかな?」美冬は目を細めて華に笑いかけた。華は引き込まれるように美冬の目を見た。美冬の右目は濃い紫色、そして左目は銀色だった。

(・・・・・・この子の瞳、左右で色が違うような? 彼女、そうだったかな)

「ん・・・、どうしたの、宮森さん?」美冬も華の黒い瞳を見ていた。

「いえ・・・・・・」華は美冬の瞳から目をそらすことができないでいた。

「ワオ! 美しい女の子同士が何見つめ合っているのデスカーッ?」ハーバートの声が二人の空間を引き裂いた。

「ハーバート、うるさいわね!」華はジロリと横目で転校生を睨んだ。

「ごめんなサーイ、宮森サーン。えーっと、あなたは確か渡辺サーンでしたね。渡辺美冬サーン」エリック・ハーバートは両腕を組み天井を見上げながらそう言った。

「ありがとう、私の名前を呼んでくれて、エリック・ハーバート」美冬は静かにそう答えた。

(私の名前を呼んでくれて!)その瞬間、美冬の言葉は華の体の隅々まで沁み渡っていった。痺れるような快感の震えが胸の奥から黒髪の先端、両手小指の爪の先、義足の五つの指先、そして下腹部の秘めたる突起まで届いた。

「宮森サーン、どーしマシタァ?」

「ワッ!」

 華は自分の目の前にいきなりエリック・ハーバートの長い顔が現れたので驚いた。我に返って周囲を見回した。彼女の瞳にはいつもと変わらない教室の様子が映っていた。

「宮森サーン、突然ボーッとなって、僕が何回も呼びかけたのに答えてくれませーんデシタ。僕、とてもショックデース」

「えっ、私、そんなにボーッとしていた?」

「そーデスゥ三十秒くらいボーッとしてマシタ。ねぇ渡辺サーン」

「うん、意識が飛んでいたみたい。でも宮森さん、その間は嬉しそうだったよ。何か素敵なことを思い出していたの?」美冬は二列目の椅子を上げながら小さく笑った。

 華は美冬の笑顔にこれまでとは違う不思議な印象を受けた。(渡辺さんの言葉を聞いて体が痺れるような状態になったけど・・・。うーっ、今もあそこが変な感じ・・・・・・。体がゾクゾクする前に何か見たと思うのだけど・・・、何だったかな? ウーン、最近、不思議なことが起こるなぁ)

 彼女は深呼吸を何度も繰り返し呼吸を整えた。それから椅子を上げながら数日前から起こった様々な出来事を思い出した。(分厚い灰色雲が割れて夜空の星がたくさん見えた。由美さんのお店で晶がおかしくなって雨が久しぶりに降って・・・。林田主任さんとあの駄菓子屋さんに行ってお婆さんに投げ飛ばされた? 今日はハーバートに話しかけられて東山校長に初めて会って、それから南ちゃんもたくさんお話してくれて、渡辺さんにもすごく親密に話しかけられて。私の周囲が突然賑やかになっちゃった。どうしたのかな?)

 華がそんなことを考えていると掃除は終わってしまった。




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