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黒い鳥の世界  作者: 西野了
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高梨巽営業本部長の来訪

 玲がセキュリティ対策室のドアの前に立つと空気の質が僅かに違う様に感じられた。その黒いドアは重々しくゆっくりと開いた。一瞬様々な色の風が玲に向かって吹いてきた。緑だったり紫だったり黒だったり黄色だったりした。玲は少しの間、目を閉じた。彼女が目を開けると、楽しそうに笑っている谷口副室長が目の前にいた。玲は誘われるようにセキュリティ対策室に入った。

「ようこそ、玲ちゃん」谷口副室長は笑いながら玲の両手を握って上下にブンブン振った。

「あっ、はい、よろしくお願いします」玲は谷口副室長のかなり強いの力を掌に感じながら、はにかんだ表情を浮かべた。部屋の奥の方で甲山が小さく手を振っている。玲がいる所から二番目のデスクに座っている伊能も黒い眼鏡のフレームを動かしながら玲を見ている。

「村上さん、あなたのデスクはそちらです」いつの間に玲の左隣に野上冴子が立っていた。野神室長は扇形に並んでいるデスクの中央を指さした。

「あ、わ、わ、わかりました」玲は慌てて自分のデスクに行こうとした。

「まあまあ、そんなに緊張しなくてもいいのでは?」玲は自分の下腹部に鈍い衝撃を感じた。

 部屋の奥から一九〇センチを超える男が出てきた。その男はグレーのスーツをラフに着こなしていた。それからハリウッドスターのように魅惑的な微笑みを玲に投げかけた。野神室長は玲の側を離れて彼の隣に並んだ。

 玲はその男にこれまで感じたことのない不思議な雰囲気を感じた。その雰囲気は分厚い白い雲のようで、その雲に包まれてどこまでも旅するような想いに彼女の体は満たされた。

「初めまして、村上玲さん。本部営業の高梨巽です。娘の香がいろいろお世話になっているようで」

 玲は目の前にいる男の緩やかにウェイブのかかった髪を見て、それから濃い眉、大きくも小さくもない目を見た。

「どうしたのかね。私の顔に何か付いているのかな?」

「あっ、いえ。あっ、初めまして、村上玲です。今日からここ、セキュリティ対策室で働くことになりました。よろしくお願いします」

「うむ、頑張ってくれたまえ。ただし体には気をつけて」

「あっ、ハイ、ありがとうございます」玲は丁寧に頭を下げた。

「しかしわざわざ営業本部長がいらっしゃるとは! 玲ちゃん凄いねーっ」小柄な谷口副室長が玲の左腕を抱きかかえて体を預けてきた。玲は谷口副室長の重みを感じると安堵した。

「まあ私も現場を見ないと分からないことが多いのでね」高梨営業本部長は腰に手を当てて室内を見渡した。

「ところで谷口君、最近はちゃんとこの部屋にいるそうじゃないか」

「えっへへへへーっ、偉いでしょう」谷口楓は相変わらず玲に体を預けて答えた。

「君は独立遊軍みたいなものだからな」

「さすが高梨巽! わかっていらっしゃる」

「谷口さん」野神室長の声が冷たく響いた。

「野神君、まあいいじゃないか。谷口楓は谷口楓だから。室長の君もなかなか大変だろうが」

「いえ、そんなことありません」野神室長の右人差し指は軽く眼鏡の紅いフレームのブリッジに触った。

「そうか、それならそれでいい」

「高梨部長、後藤さんはセキュリティ対策室を離れて良かったのでしょうか?」谷口副室長は真面目な顔で唐突に訊いた。

「うーん」高梨巽は十秒間腕を組んで目を閉じた。

「谷口君、君は僕が後藤君を異動させたと思っているだろ?」

「ハイ!」谷口副室長は明快に答えた。

「結果的にはそうだけど、彼の要望があったことも事実だ」

「えっ? 後藤さんがここを離れたいって言ったということですか?」

「そういうことだ」高梨営業本部長は腕を組んだまま小さく息を吐いた。

「でもここは後藤さんじゃなきゃダメだと思ったのですが・・・・・・」玲は谷口楓の腕の力が抜けていくように感じた。

「君の言うとおり、ここは後藤君が適任だった。だが安定は時に硬直を意味する場合もある」

「そう・・・ですか?」

「このままでは良くないと彼が、後藤君が言ったのだよ」高梨営業本部長は組んでいた腕をほどき再び腰に当てた。

「我々にはあまり時間がない」高梨営業本部長は谷口副室長を見てそれから玲を見た。

「谷口君はどう思う?」

「場所によって違いますね。まだまだ大丈夫って所もあるし、もう終わっちゃっているって所もある」

「そうだろう。場所によって時間の流れが違うのかな?」

「そうとも言えるし、そうじゃないともいえるし。うーっ・・・」谷口副室長は再び玲の左腕を両手で抱えこんだ。そして自分の額を玲の二の腕にぐりぐりと擦りつけた。谷口副室長の押し付ける力が強く玲は少しバランスを崩しよろめいた。

「谷口さん」

「あっ、ごめんごめん玲ちゃん。玲ちゃんの腕はやわらかくて気持ちいいものだから」谷口副室長は玲を見てニッと笑った。玲は目の前の二人の会話の意味していることが分からなかった。けれども彼らの言っていることが何故か頭にスーッと染み入るように入ってきた。

「野神君、後藤君が亡くなったからどのくらい経つかな?」

「今日で二十四日目です」

「谷口君、後藤君の死因は何だと思う?」

「ウァー高梨部長、そこを訊きますか!」谷口楓は嬉しそうな悲しそうな複雑な表情をした。

「彼は、後藤さんはやはり自殺だと思います。甲山ちゃんや伊能君、それから野神さんから聞いた様子からそう思います。ただ・・・」

「だだ・・・、何かね?」

「後藤さんは何かに追い詰められたり何らかの理由で辛くなったから、自殺したのではないと思います。もっと明確な目的があって四階から身を投げたのだと」

「ほぉ、確信的な自殺というわけだね」高梨営業本部長は興味深そうに頷いた。

「甲山ちゃんはどう思う? 後藤さんの死に方」

「えっ、あ、あの、私は・・・えっと」いきなり話を振られたので甲山は激しく動揺した。

「私は彼が死んだときに立ち会いましたが、特に変わったことはなかったです」野神室長のクールな声が耳に飛び込んできて玲は反射的に体が強張った。甲山と伊能は顔を見合わせた。

「野神室長・・・、失礼、ですが、後藤さんの、死亡が確認、されたあと、ふたたび、起き上がって、野上室長に、何か言って、いたと、思うの、ですが。あの、モニター、では、そう、映って、いました」伊能は直立不動の姿勢で野神室長に問いかけた。

「そうね。彼は確かに脈も止まって息もしていない状態で立ち上がって私にこう言ったの。『・・・・・始まる』と。そのことは死んでもなお伝えたかったことで、それはそれほど大したことではないでしょう」

「うひゃー、相変わらず野上さんはクールですねぇ」

「どういたしまして」野神室長は谷口副室長をチラッと見た。

「でも後藤さんは何が『始まる』って言いたかったのでしょうね?」

「ふむ、そのことは追い追いわかってくるだろう。それよりも谷口君、先ほどの問題の答えだよ。確信的な自殺についてもう少し丁寧な説明が必要だと私は思うのだが」高梨営業本部長は再び腕組みをした。

「あーっ、そうでした、失礼失礼」谷口副室長は左手で自分の頭をポンポンと叩いた。それでも彼女の右腕は玲の左腕を抱き絡めていた。

「今日、みんなの話を聞いてかなりハッキリしました。後藤さんは自分を殺すことでこの場をさらに動かしたいと思ったのだと考えます」

「さらに、ということだね」

「だって、後藤さんが退いて野神さんがやってきたでしょ」

「なるほど・・・室長の交代の後にも何らかの変化が必要なのかな」高梨営業本部長は楽しそうに小さく笑った。

 玲は目の前のダンディな大男の微笑みに精神が凍りつく冷気を感じた。だが彼女はその襲い来る冷気から逃げ出したいと思えたが受け止めたいとも思えた。

「私では任務が十分に果たせないということかしら?」野神冴子の言葉は錆びた鉄の矢のように放たれた。

 甲山は無意識に額の汗をピンクのハンカチで拭った。少し離れた場所にいた伊能は甲山の様子を見てギョッとして、慌てて周囲を見回した。

「イヤイヤ、そこまでは言ってません」谷口楓は平然としかもニコニコしながら答えた。

「野神さんはしっかりと役割を果たしているでしょう、本部長?」

「うむ、その通りだ」

「恐れ入ります」野神室長は静かに目を閉じた。

「古い人間が出て行く。そして新しい人間が入ってくる。そしてその場所は更に新しい力を獲得するーそうだろ? 谷口君」

「そうなればいいですね」

 谷口楓はずっと玲の左腕を抱き抱えていた。





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