「まだこの世界は塞がっていないのよ」と宮森華は言った
勤は立川書店の前にいた。どんよりとした雲の下、乾いた風が吹いている。彼は何故自分がこの場所にいるのか分からないでいた。
勤は三日前に出会った老婆に会いに行くつもりだった。水樹晶が携帯電話に駄菓子屋の地図を貼り付けてくれていた。だがその駄菓子は開いていなかった。そして彼の愛車セリカは立川書店近くの空き地に止まった。
勤は急に書物がたくさんある場所に行きたくなったのだ。そこは古い本の匂いがした。
「いらっしゃいませ。お越しいただきありがとうございます」気がつけば目の前に立川由美が立っていた。銀色のロングヘア―が背中に真っ直ぐ降り、白いブラウスと紺のタイトスカートというファッションだった。
「だからロシアばっかり読んだって世界は広がらないでしょ!」奥の方から空気を穿つような声がした。
「十九世紀の本ばかり読まないで、もう少し新しい文学作品を読んだらどう? 二十世紀以降の世界を知った方が役に立つでしょ」
「僕は役に立つから本を読んでいるわけじゃない・・・」勤はその声に聞き覚えがあった。
「あなたの言うことは分かるわ。私だって好きだから本を読んでいる。でも晶みたいに同じ作家の作品を何回も繰り返し繰り返し読むのは、どうかと思うわ」
「優れた作品は読むたびに新しい発見があるって、華も言っていたじゃないか」
「そりゃあそうだけど、限度ってものがあるわ! あなたはドストエフスキーの『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』をローテーションのように読んでいるじゃない。よくまぁ飽きないものね」
「トルストイも読んでいる」
「彼も同時代のロシアの作家」
「チェーホフも読んでいる」
「それもロシア!」
「うっ」
「そんなに保守的だからマインドコントロールされて、スーパーでナイフをブンブン振り回してボコボコにされるのよ」
「はあ・・・」
「華ちゃん、そんなに彼氏をいじめない方がいいのではないかしら」立川由美はクスクス笑っていた。
「由美さん、晶は彼氏じゃありません! ただの幼馴染で同じ活字中毒者っていうだけです」ポニーテールの少女は頬を赤く染めて反論した。
「そうね。でも晶君が怪我をしたとき、とても心配そうだったわよ」
「それは一応クラスメイトだし・・・」華と呼ばれた少女のクルクル動く黒い瞳が瞼の方に止まり、彼女は不満そうにピンクの唇をすぼめた。
「アッ、林田さん、こんばんは。やっぱりここが気に入られたのですね」水樹晶は急に明るい表情を見せた。
「晶、誰よ、この人は?」
「ああっ、僕がマインドコントロールされて襲った店の林田主任さん」
「えっ? この人が晶をボコボコにしたの」華は一瞬険しい表情を浮かべた。
「違うよ、この人は売り場の主任さんで僕を捕まえたのは別の人だよ。それから僕たちの高校の先輩」
「そうなの。あっ、すいません。私の幼馴染が大変ご迷惑をおかけして」華は深々と頭を下げた。
「いやいや、そんなに大したことではないよ」勤は何故か華の言葉がほほえましく感じられた。
「私は晶の同級生で宮森華といいます」華はそう言うとニコッと微笑んだ。一瞬その場の空気が白く光ったように勤は感じた。そして水樹晶が宮森華に気圧されるのは仕方がないと思えた。
「あれ、水樹君、もうフェイスガードはなくなっているね」勤は幼さの残る少年の顔を眺めた。
「そうです。晶はよく怪我するのですが、すぐ治っちゃいます。それから病気ひとつしないのです。あっ、でも時々ボーッとしちゃうけど」水樹晶の同級生は再び微笑んだ。
「俺はあの時の現場にはあまり立ち会っていなかったからね。でも写真は見たよ。晶君は相当酷くやられていた」
「マインドコントロールされた僕が悪いから」
「でもあれはひど過ぎると思うわ・・・」華の隣で立川由美は小さく笑っていた。
「林田さん、今日はどんな本を探しに来られたのですか?」晶はチラッと華を見た。
「ああ、この間は『カラマーゾフの兄弟』のハードカバーを買った」
「またドストエフスキー!」華は口を尖らせた。その様子を見た晶はニヤニヤと笑った。
(でも俺は何故『カラマーゾフの兄弟』のハードカバーを買ったのだろう? 確か文庫本があったと記憶しているが)
「普遍的な作品にはそれに相応しく装丁されたものがいいと思いますよ」立川由美の言葉が勤の思考と混ざり合った。
「いいなぁ、私もちゃんと装丁された本を読みたいなぁ」
「エーッ、ハードカバーって重いだけじゃない? それに場所もとるし」
「晶、あなたはそういう美意識の欠如をどうにかしなさい。本を読むことはその環境も大切なのよ、ねえ由美さん」立川由美はクスクス笑いながら頷いた。
「華だって寝転がって、お菓子をボリボリ食べながら本読んでいたじゃないか」
「あなたはそういうデリカシーのないことを言うから子供なのよ、未だに!」華は赤い頬をさらに紅潮させて、晶の薄い胸に右肘打ちを食らわせた。
「ウッ」というくぐもった声を出しながら晶は胸を押さえた。
「乱暴だなあ」晶は特に怒る風でもなかった。
「あなたの言葉の方が暴力です!」華はポニーテールを揺らしながら、あらぬ方を見上げた。
「ところで水樹君、先日、君が教えてくれた駄菓子屋だけど、先ほど行ってみたけど閉まっていたよ」
「エッ、そうですか。僕が行くときはいつも開いているのだけど」
「晶、駄菓子屋って、あのお婆さんのいる駄菓子屋?」華は指先で同級生のわき腹を突きながら訊いた。
「そうだよ、ここと同じレトロな雰囲気があっていい感じだろ。あのお婆さんも優しいし」
「私、あの駄菓子屋、何か嫌だ。それに由美さんのお店と全然雰囲気が違うじゃないの」
「華は一度しかあの駄菓子屋に行ってないじゃないか。それにお婆さんと由美さんとを比較してはいけないと思うけど・・・」
「違うわよ、そういうのじゃないの。私、あのお婆さんを初めて見たとき何か変な感じがしたのよ」
「君はいつも姿、形で人を判断するものじゃないのよって言っているのに、矛盾してない?」
「だから、そういうのじゃないのよ・・・・・・・」華は口をとがらせて困惑した表情を浮かべた。
「林田さんは何かお探しの本がございますか?」立川由美の声は固まった空気をほぐすように響いた。
「今日はロシア文学ではなくてイギリス関係をちょっと・・・」
「イギリスだったらディケンズですか?」華が嬉しそうに訊いた。
「うーん、ディケンズじゃなくてジェイムス・ジョイスを」
「ジョイスですかぁー」舞は少し難しい顔をした。
「あっ、イギリスじゃなくてアイルランドだけどね」
「あら、華ちゃん。ジョイスの『ユリシーズ』の文庫本を見つけて嬉しそうに買ったと記憶しているけど」
「由美さん、「若き芸術家の肖像」は何とか読めたの。宗教的な背景も興味深かったし、私はそういうの好きだし。でも『ユリシーズ』は余りにも変わっているっていうか、バラバラっていうか。よくわかんないから途中で止めちゃいました」
「君の若さで『ユリシーズ』を読もうというのは凄いね。俺は大学の図書館で偶然見つけて慌てて読んだけど」
「大学の図書館かぁ、いいなぁ」
「あれっ、俺たちの高校にも図書室あったよね?」
「はい、僕たちの高校にも図書室はあります。あることはあるのですが・・・」
「聞いてくださいよ、林田さん! あの部屋は図書室っていうよりは物置きとか倉庫みたいです。何かもう、ほとんど利用する価値がないみたいな感じで」華はピンクの唇を尖らせて言った。
「由美さんのお店みたいに落ち着いて本を読める環境じゃないのです」
「そうそう、もう打ち捨てられた遺物みたいなー。饐えた匂いがする感じ。アッ! あのおばあさんの駄菓子屋さんも同じように饐えた匂いがしたわ」
「そうかなぁ、あの駄菓子屋の食べ物は腐っていないよ。それに豚まんとか美味しいし」
「晶、だからそういうことじゃないの! たとえ食べ物が腐っていなくても私には何か過去にあった存在のように感じるの」華は眉間に皺を寄せ紅い頬を膨らませていた。そして左足をトントンと踏み鳴らした。
「華、その癖止めた方がいいよ」
「うるさいわね。勝手にこうなるの」
「でもそうすると君の左足の方に目が行くよ」
「いいのよ、私は気にしていないし」
「だけど・・・・・・」晶はチラッと勤を見た。
「ん?」勤は彼らの会話の意味が分からないでいた。
「晶君、林田さんは大丈夫じゃない? だから華ちゃんも癖が出たのだと思うわ」立川由美の言葉に華はハッとした表情を浮かべた。
勤は華の左足を眺めた。紺色のスカートが膝上までかかって白い靴下が膝下まで覆っていた。
「林田さん、女子高校生の足をジロジロ見ないほうがいいのでは」立川由美は笑いをこらえながら言った。
「そうよ、林田さん。不審者と間違われますよ。へぇー、でも分からないんだぁ」
「華、いいの?」
「晶、気にし過ぎ。私は気にしていないよ」華はそう言うと勤の目を見て、自分の左膝を指さした。勤が華の左膝を見るとそこに筋のようなものがあった。
「私の左足は膝から下が義足なの。ほとんどの人が私を見るとすぐ分かるの」
「俺は鈍いからなぁ」勤は右手で自分の髪を軽く掻いた。
「私はあなたが鈍いとは思いませんよ」立川由美がそう言うと水樹晶は「エッ?」という顔をした。
「林田さん、あなたは二人が話している間、何か他のことを考えていたのでは?」
「あ、ああっ、そうだな」勤は隣にいる美しい古本屋の店主を見た。
「主任さん、私の美しい足に見とれていたのじゃないですか?」華は両手を腰に当てて柔らかなその腰を数回振って見せた。
「ププッ」吹き出した晶の胸にまたもクラスメイトの右肘打ちが飛んだ。「ウッ」先ほどよりもダメージがあったのか晶は二歩後退した。
「乱暴だなあ」晶は右手で胸を摩りながらも怒ってはいなかった。
「それで林田主任さんは何を考えていたのですか?」華は腰に手を当てて首を少しだけ傾げた。
「ああっ、俺が高校の頃は君たちほど熱心に本を読んでなかったのかもしれないと思って。だけど結構図書室には来ていた記憶がある・・・」
「図書室に好きな女の子がいたんじゃないですか?」華は嬉しそうに言った。
「受験勉強している女子はいたけど」
「エーッ、あんな所で受験勉強したら、私、気が滅入っちゃいます」
「いや、受験する三年生は結構図書室で勉強していたよ。まあ女子が多かったけど」
「華、林田さんは女の子目当てに図書室に来る人じゃないと思うよ」
「グッ」珍しく華が言葉に詰まったので水樹晶は楽しそうに笑った。
「大学の受験対策用の問題集とかあったので、女子達はそれを解いていたよ。俺は違ったけど」
「受験対策用の問題集ですか? そんな本あったかな、晶」華はまた小首を傾げて隣の幼馴染を見た。水樹晶も首をひねって不思議そうな顔をした。
「私、そんな本は見たことないです。ふーん、昔はそんな本もあったんだぁ」
「華、昔って言っても十年くらい前だよ」
「あら、十年っていったら凄く時が経っていると感じるわ」
「そうかなぁ? 僕はそんなに大して時間が流れた気がしないけど」
「だからドストエフスキーばかり読んでいるのね」
「うーん、そうかもしれない・・・」水樹晶は何かが頭の中に引っかかったのか、それから急に真剣な表情を浮かべて黙り込んだ。
「まあ、皆さん、立ってお話するより座ってゆっくりとお喋りしたらどうかしら」
立川由美はソファーとテーブルのある場所から呼びかけた。テーブルにはレモンティとクッキーがあった。
「ふふふっ、由美さん、いいの?」華は素早く動いて黒いソファーに座ってクッキーに手を伸ばした。
「もう多分、他のお客様は来ないわ。林田さんもゆっくりしてください」
勤は違和感を覚えながらもソファーに座った。彼の目の前にはホットコーヒーの入ったカップがあった。勤はコーヒーを飲みながら立川由美を見た。
「私は本が好きな方がここに来て、くつろいでいただけたら満足です」
立川由美はそう言うと小さく頷いた。
「林田さん、こんな素敵な場所ってそんなにないでしょ。私、由美さんは物凄い大金持ちだと思うわ」
「さあ、どうかしら」立川由美は微笑みながら水樹晶を見た。水樹晶は先ほどから同じ場所に佇んでいた。
「晶! またボーッとして。美味しいクッキーとレモンティがあるのよ。早くこっちに来たらどう?」
水樹晶は目を大きく見開き辺りを見回した。それから華の姿を見ると慌てて歩き始めた。そして華の右隣に座るとレモンティの入ったカップに薄い唇をつけた。
「林田さん、この間、僕たちの高校に来ましたよね。林田さんが通っていた時とかなり変わっていましたか?」
「うーん、そうだなぁ。それほどは変わっていない気がしたけど・・・。あっ、そうそう野球部はもう活動していないの?」
「野球部はないですね」
「剣道とか柔道、空手部は何故か健在です。私は野球好きなのに」華は不服そうだった。
「野球部やバスケットボール部テニス部それからバレーボール部と球技の部活動はなくなりました」
「だったら俺がいた時代とかなり変わっているな」勤は白いコーヒーカップを右手で持ちながら高校時代の記憶を探っていた。
「僕はそんなことは大したことじゃないと思うけど」
「エーッ、そう? スポーツって面白いと思うけどな」華はそう言うと星型のクッキーを半分ほど齧った。
「あまり意味がないよ」
「エッ?」華は隣に座っている水樹晶の顔を見つめた。
「野球とかバスケットボールとか、もうかなり前から皆求めていないよ。ボールゲームで何が救われると言うの?」
「晶、どうしたの?」
「僕は十九世紀のロシアに居たい。ドストエフスキーが見た世界に住みたい。いや留まりたい」水樹晶は目を開いていたが誰も見ていなかった。華は幼馴染の細い左腕を両手で抱えた。それでも水樹晶の視線はぼんやりと宙を彷徨っていた。
「晶ァー!」華は水樹晶の左腕を自分の胸に押し付けたが、彼は無反応だった。
「林田さん」
「うん」
「僕は、一日一日過ごしているけど遡っているような気がします」
「遡っている?」
「はい・・・・・・」水樹晶の生気のない瞳が勤を見つめていた。
「林田さん、時間は進んでいるのでしょうか?」そう言うと水樹晶の視線は華に移った。華は口を真一文字に結んで瞳を大きく見開きクラスメイトの視線を受け止めた。
「晶君、チョコレート、いかが?」立川由美の声が水樹晶の脳にかかっていた雲を吹き払った。水樹晶の脳裏に華の不安そうな表情が浮かんだ。
「・・・・・・華?」
「もぉーっ、何ぼんやりしているのよ!」華は慌てて両腕に抱えていた水樹晶の左腕を離した。そして大きく深呼吸した。
「晶は時々ボーッとして、よく分からないことを口走るの」華は勤を見ながらそう言って、ハート形のクッキーを摘まんだ。
「雨・・・」水樹晶は窓を見ながら呟いた。あまり大きくないはめ込み窓のガラスに水滴が集まって流れ落ちていた。
「ホントだ! 雨が降っている」華も窓ガラスの水滴を見つめた。コンクリートに囲まれた店内には雨音は響かない。
「雨が降るのは久しぶりですね」立川由美の声は勤の脳に直接響く。
「ねえ由美さん、信じてもらえるかな?」華は窓ガラスから立川由美に視線を移した。立川由美は静かに頷いた。
「数日前の深夜、ベランダで空を見ていたら雲が割れて星がたくさん見えたの」
立川由美はまた小さく頷いた。
勤は黙っていた。
「私のマンションから西の方。星の光が、ある地点に降り注いでいた。夢みたいな光景だったの。あれは夢だったのかもしれないし実際に起こったことかもしれないし・・・」
「華ちゃんはどう思うの?」
「あんなこと初めてだったから現実感がないっていうか。でも現実感がないけど逆にピタッとくるっていうか。あーっ、私、変なこと言ってる」
「華ちゃん、あなたはその光景を見たというのなら、それは存在したということじゃないかしら」
「周りのみんなは、そんな光景見たことないって言うし。晶もそれは夢じゃないかって」
「あら、晶君は華ちゃんの言うことを信じないの?」
「華は思い込みが激しいから・・・・・・。多分、自分の願望が夢になって現れたと思う」
「違います! ちゃんとこの目で見たのだから。まだこの世界は塞がっていないのよ」
「華、またその話? この世界が塞がっているなんて誰も思っていないよ。華がそんなこと言っても誰も聞いてくれないでしょ」水樹晶の表情の乏しい顔でそう言った。
「晶は聞いてくれるじゃない」
「まあ華の言うことは一応何でも聞くし」
「だったら私の言うことを信じてくれてもいいじゃない?」
「聞くことと信じることは別だよ」
「でもホントに素敵な光景だったのよ。こんな世界でもまだ希望が持てるって思えるような」
(希望・・・久しく聞いていない言葉だな)勤は二人の会話を聞きながら、そう思った。
「希望ねえ、華は単純でいいなあ」
「何よ、その言い方! 単純なのはあなたの方じゃない? 単純だからマインドコントロールされてしまうのよ」
「うん・・・・・・」それから水樹晶は急に黙り込んでしまった。華は幼馴染を言い負かしたと思い少し得意げな表情を浮かべた。しかし水樹晶がずっと黙り込んでいるので徐々に不安になってきた。
「晶、どうしたのよ。何か言いたいことがあるの?」
水樹晶は相変わらず黙ったまま目の前の紅茶の入った白いカップを眺めていた。
勤は何か言いたかったが言葉が喉に引っかかって上手く出ない。
「晶、ごめんね。さっきには言い過ぎた」華は黒い瞳を潤ませながら幼馴染の顔を下から覗き込んだ。
水樹晶は放心したように隣に座っている少女の瞳を見た。そして喉の渇きを癒すように息を吸い込み唾を飲み込んだ。
「華、由美さん、それから林田さん。僕はマインドコントロールされたわけではないかもしれません」
「それはどういうことかな?」勤は反射的に訊いてしまった。
「確かにやったことは犯罪行為だったけど、何か意味があるのではないかと思う様になってきた・・・最近」
「君が僕の店のスタッフを襲うことに意味があったということ?」
「ええ、そうです。僕がしたことは操られて行ったというより、もっと主体的に関わったような気がするのです」水樹晶は眉間に皺を寄せて答えた。華は勤を見て由美を見た。
「僕の中の何かが呼び寄せられて出てきたのではないかなという気がします。マインドコントロールされたというよりも、それまでと違った自分があの行為をしたのではないかと考えたりします」
宮森華は再び水樹晶の左腕を静かに抱え込んだ。
窓には雨粒が重なって細い筋を作っていた。
勤は雨音が聞こえるような気がした。空の高い所から糸のように雨粒が落ちてくる。この街は今、雨に覆われている。勤にとってその状況は何かの祝福のように感じられた。
「あー、まだ雨が降っている。傘なんか持ってきてないし、濡れちゃうよ」華は窓を見て独り言のように呟いた。
「晶君、君はあの行為が主体的だったのではないかと言ったね? 具合的にはどういうことなのかな」
「おそらく、僕がナイフを突きつけた人と関わりたかったのではないかって思います」
「レジ係の女の人?」勤は驚いた。
「はい、そうです」
「ふむ」勤は冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「レジ係の人は、玲・・・、あっ、村上さんというのだけど、晶君、君は村上さんと面識があったのかな?」
「フフフッ」華は勤を見てチラッと立川由美を見た。
「林田さん、その女の人は、村上さんは、林田さんの彼女?」
「えっ、いや、ただの同僚だけど・・・」
「晶、晶はその主任さんの恋人らしき村上さんと会ったことあるの?」
「いや、ない」晶は表情を変えずに答えた。
「じゃあどうして村上さんにナイフを突きつけたりしたの?」
「分からない。気づいたらレジの前にいた。そして目の前の女の人を見ていたら僕の奥深いところから何か命じられた。彼女から何かを奪えと」
「晶、曖昧な部分が多過ぎることないかな? やっぱりマインドコントロールされたように思うけど、私は」
「そうかな・・・・・・」
(晶君が玲から何かを奪いたかった?)勤はやや蒼ざめた水樹晶の顔を見た。
窓には雨粒が重なって糸のように流れ続けていた。




