後藤セキュリティ対策室長
その日、勤は夜遅くまでの勤務だった。午後零時に店が閉店して清掃係の人たちが仕事を始めていた。その中に見覚えのある人物を発見した。
「あれっ?」勤がその男性を見つめていると、
「どうしたのですか、先輩?」隣から碧い瞳がのぞき込んできた。
「あっ、村上さん。あの男の人は・・・・・・」
「はい、後藤セキュリティ対策室長、いえ前室長です」
「あれ、後藤室長は販促に異動じゃあなかったかな?」
「ええ、そうですが・・・・・・」
玲にしては珍しく伏し目がちに答えた。勤は少しの間、玲の顔を見つめていたが彼女の視線は後藤前室長をとらえていた。勤も改めて後藤前室長を見た。そして彼はなぜ清掃係の男性が後藤前室長だとすぐに気づかなかったがーその理由を理解した。
後藤前室長の後退した髪はすべて白くなり、ふくよかな顔はげっそりとやせ細っていた。目の周りの肉がなくなり眼球が飛び出ていた。丸かった鼻は尖り、頬についていた脂肪は消え失せ、そのたるんだ皮膚が口角の横にぶら下がっている。福福とした太鼓腹もなく腹のへこみ具合は尋常ではなかった。
だが後藤前室長の体形の変化よりもさらに勤を驚かせたものは覇気の喪失だった。後藤満が以前纏っていた慌ただしくも開放的な雰囲気は見受けられなかった。彼は一枚の肖像画のように静止した印象を勤に与えていた。実際に後藤前室長は清掃職員用の紺色の制服を着ていたが、ただ茫然とフロアに佇んでいるだけだった。
「何か呟いている」
「えっ?」
「勤先輩、後藤さんの口」
玲に言われて勤は改めて、やせ細った男の顔を見つめた。確かに後藤前室長の口は小さく動いていた。垂れ下がった頬の白い皮が小さく揺れている。幽鬼のような男は、陳列してある商品の三十センチ上あたりの空間に目を向けてブツブツ言っていた。