城北高校
「わが母校に来るのも久しぶりだな」高広のグランドの真ん中で煙草を吸いながら呟いた。
「ああ」
相変わらずの曇天で風が強い。勤は巻き上げられた砂ぼこりが目に入らないように右手を目の前にかざした。
「あの水樹晶クンが俺たちの後輩なのはすぐわかったけど、どうして今になって俺たちは彼に会わないといけないんだ? なあ勤」
「確かに警察の調べもすんではいる」
「野神室長は何考えていらっしゃるのだか?」
高広は短くなった煙草を投げ捨てた。そして黒い靴で踏みつぶした。粉々になった煙草は風に巻かれて飛んでいった。
勤はグラウンドをぐるりと見渡した。硬式野球部のバッグネットがあるが、錆びついている。グラウンドを足早に横切る数人の人影があった。彼らの服装には見覚えがあった。高校生だった勤達と同じ制服を着ている。
体育館からはくぐもった声が漏れていた。剣道部員か柔道部員の声かもしれないと勤は思った。
職員室の受付に行って高広が名前を告げると、すぐに相談室と書かれた表札がある部屋に通された。その部屋には木製のテーブルと椅子しかなかった。換気扇とエアコンの音が微かに聴こえた。天井の電灯はやわらかい白い光を放っていた。
二人が部屋に入ってから二分も経たないうちに小柄な男子生徒が入ってきた。その生徒の顔は黒いフェイスガードに覆われっていた。彼は立ったまま二人に小さく頭を下げた。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。城北高校三年の水樹晶です」
高広も勤も反射的に立ち上がった。
「ああ、水樹君だったね。俺は岡野、このボーッとしている奴が林田だ。座り給え」高広はお互いのスーツの胸ポケットに付けてある名札を指差した。そして目の前の高校生に着席するように右手を前に出した。水樹晶はそう言われながらも立っていたので高広と勤が椅子に座った。それを見届けて水樹晶は椅子に腰を下ろした。
「水樹君も大変だったねぇ。痛い思いもして」
「ええ、まあ。でも暗示が解けたのが二日前だったので。それに僕は怪我をしても治りが早いのです。だからもう大丈夫です」水樹晶は伏し目がちに答えた。
「へぇー、意外と長いことマインドコントロールされていたね」
「はい、僕も驚きました。任務が終われば解けると思ったのですが」
「強盗に失敗したら、そんなに長くはないわな」
「はい」
高広は勤に(お前も何か喋れ)と目で催促した。
「それで水樹君はマインドコントロールされた以前の記憶はあるのかな?」
「それが曖昧で、事件を起こす前の三日間がよく思い出せないのです。警察の人にも訊かれたのですが」
「うん」勤は小さく頷いた。
「今回、僕らが君に訊くことはおおよそ警察で訊かれたことと同じだと思うけど」勤はちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ええ、構いません。マインドコントロールされた僕が悪いので」
「うん」また勤は頷いた。
「それでマインドコントロールされたのは今回が初めてなの?」
「はい、今回が初めてです。マインドコントロールから守るカリキュラムを継続して受けていますし、そのスキルもあると思っていたのですが」
「まあ君は簡単に引っかかるタイプじゃないよな」高広はスーツの内ポケットを探りながら煙草を探していた。
「さっきバッグに入れていたぞ」勤はそう言うと改めて目の前の高校生を見た。
「警察にも訊かれたと思うけど、君をマインドコントールした人間って誰か心当たりはあるのかな?」
「残念ながらありません」
「事件前の記憶は飛んでいたしな」
高広は黒いショルダーバッグのポケットからセブンスターを取り出して火をつけた。そしてスーツの内ポケットから携帯用の吸い殻入れを取り出した。彼が吐き出した白い煙は天井の隙間に吸い込まれていった。
「僕が襲った店の人は大丈夫でしたか?」水樹晶は勤の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと働いているしフラッシュバックもないと診断された」
「そうですか、良かった」水樹晶は深く息を吐いた。
「へぇー、水樹君は今どき珍しい好青年だな」高広はぼんやりと自分の吐き出した煙の行き先を見ていた。
「そんなことないです」
「いや、高広は滅多に人を褒めないから、多分当たっているよ」
「俺は人を見る目があるのさ」高広は煙草の吸い殻を携帯用の吸い殻入れに入れた。
「ありがとうございます」
「水樹君、高校生活は楽しいかな?」勤の声はしんと響いた。
「んー、そうですね。どちらかと言えば学校自体はそれほど楽しくないです。あまり友達もいないし」
「うん」勤は小さく頷いた。
「ただ近頃は懐古趣味っていうか、ちょっと古いものに興味が移って、そういう場所を見つけるのが楽しいですね」水樹晶は少しだけ笑った。
「古い民家とか雑貨屋さんとか古本屋さんとか、あと長くやっている喫茶店とかそういう所です」
「フーン、そんなところっていうか、古ぼけた建物ってまだあるの?」高広は二本目の煙草を咥えた。
「ええ、意外と残っているのですよ。民家とかは人が住んでいないですが」
「まあそうだろうな」
「この近くにも駄菓子屋さんのような雑貨屋さんがあります。僕は時々学校帰りに寄ったりします」
「へえ、駄菓子屋みたいな雑貨屋ねぇ」
「それから古本屋さんも結構近くにあります。僕はどちらかと言えば古本屋さんの方によく行くのですが」
「なかなかユニークな趣味だね。水樹君、どんなところが面白いの?」
「古いものって質感がちゃんとあるような気がして。例えば古本なら紙の質感があるってところが好きです。本を読むことも好きなので」
「俺も結構本を読むよ、紙の本を」
「えっ! ホントですか?」
「その古本屋の場所を教えてよ。行ってみたくなった」
「俺は雑貨屋の方がいいな。その雑貨屋だと菓子とか饅頭とか売ってんだろ?」高広は二本目の煙草を吸い終えていた。
「じゃあ、お二人にそれぞれの場所をお教えします」水樹晶は制服の内ポケットから携帯電話を取り出した。そして携帯電話のモニターの画面を開いた。




