相容れぬ二つ
ブウンッ!! そんな音と共に黒鉄の棒が薙ぎ払われ、二本の尾を持つ金毛の狐が弾き飛ばされる。
「己、よくも我が妹をッ!!」
「安心せいッ! お主もすぐに同じ目に合わせてくれるわッ!」
千影はまるで影の様に気配を消し、死角を突いて鉄棒で狐達を打ち据えた。
その動きに舌を巻きつつ、弘樹は襲い掛かってきた半人半獣の狐の女の牙と爪をいなし躱す。
「クッ、人の子が何故これ程動けるッ!?」
「あの、ホントに、疾風って、天狗さん、知りませんか?」
両手でナイフの様に尖った爪をいなしながら、弘樹は目の前の異形の女に問い掛ける。
「知らぬと言うておろうッ!!」
「しょうが、ない、じゃあ、別の人に、聞きます」
パンパンッと叩く様に爪の斬撃を受け流した弘樹は、流れた女の体に掌底を叩き込んだ。
「グエッ!?」
腹に穿たれた掌底で狐の娘は体をくの字に曲げ、苦悶の声を吐く。
一次的に呼吸困難に陥り身動きの取れなくなり狐の姿に戻った女を、芝生の上、実際は雪の上だろうが、に弘樹がそっと横たえる頃には他の狐は千影によって全て打ちのめされていた。
狐達は鉄棒で強かに打ち据えられ、弘樹が倒した狐と同じくその身を獣に変えていた。見れば足や背中が大きく腫れている。
「うわぁ……痛そう……」
「やっぱ怖えな。あの鬼……」
「青葉さん」
「上から見てたぜ。人間にしちゃあやるじゃねぇか」
「はぁ、ありがとうございます……出来れば話し合いで解決したかったんですけどねぇ」
弘樹が苦笑を浮かべると、青葉は無理無理と肩をすくめ首を振った。
「ひねくれた狐共が素直に教えてくれる訳ねぇよ」
「暫く足腰が立たない様にしてやっても良いのじゃぞ?」
そう言って黒鉄の棒を突き付ける千影に、声を聞いた弘樹は慌てて駆け寄る。
「待って下さい、千影さん!」
「何じゃ、弘樹?」
「この人達はもう動けませんよ……あの、本当に疾風さんの事知りませんか?」
「……」
「やはり、少々痛めつけて……」
「拷問なんて止めましょう、千影さん……青葉さん、狐さんの里のこと言ってましたよね? 場所は分かりますか?」
狐の里ぉ? と青葉は首を傾げる。
「大体の位置は分かるが……一体どうする気だよ?」
「この人達を里に運ぼうかと」
「何? 襲って来た者をわざわざ運ぶのか? 一体何故じゃ?」
「だって、怪我人を雪の中に置き去りにする訳にもいかないじゃないですか……やったのは俺達ですし……」
「弘樹、お主……」
「……駄目ですか?」
眉根を寄せ、じっと自分を見るこげ茶色の瞳に黒髪の鬼は苦笑を浮かべた。
「そんな目で見るな……はぁ……まったくお主は……」
「おい、ホントに運ぶのかよッ!?」
「弘樹がそうしたいと言うなら、従うまでじゃ」
「……どういう事だよ……あんた、この小僧に何か弱みを握られてるのか?」
「弱みか……フフッ、確かに握られておるやもしれんな」
千影がそう言って笑みを浮かべたのを見て、青葉は訝し気に弘樹に視線を送った。
そんな青葉に肩をすくめながら、弘樹が倒した一匹と千影が打ちのめした三匹、全部で四匹の狐の内二匹を弘樹は肩に担ぎ上げた。
難儀な事じゃとため息を吐いた千影も、二匹の狐を持ち上げる。
「まったく、訳が分からねぇぜ」
「儂も分からんよ。ともかく青葉、里へ案内せよ」
「はぁ……分かったよぉ……さっきも言ったけど大体だからな」
肩をすくめボヤキつつ、青葉はパタパタと背中の羽根を羽ばたかせた。
■◇■◇■◇■
木葉天狗の青葉に案内されて向かった狐の里への道中。
弘樹が担いでいた狐の一匹、白毛で三本の尾を持つ狐が呻きながら彼に尋ねる。
「うぅ……何故、襲った我らを助ける様な真似を……?」
「そもそも俺達、喧嘩しに来た訳じゃないですから」
「……天狗の跡継ぎを探しに来た、そうじゃったな……」
「やっぱり若の事、何か知ってんだなッ!?」
話を聞いていた青葉がクルリと振り返り、そのまま後ろ向きに飛びながら声を荒げる。
「……疾風殿は姫の所じゃ」
「姫? 狐さん達のお姫様と一緒にいるんですか?」
弘樹が首を傾げ問い掛けると、白狐は口の端を歪めながらゆっくりと頷いた。
「我らは天狗の小倅が姫と夫婦になる事は反対なんじゃ。じゃが姫は初めての恋に舞い上がっていて話を聞いてくれん……」
「反対ですか……でも疾風さんもお姫様も両想いなんでしょう? 一体どうして反対なんて……」
弘樹の疑問には千影が答えた。
「縄張り争いによる一族同士の遺恨じゃろう。長年、天狗と狐は反りが合わず対立して来たらしいからのう。傲岸不遜な天狗と、他者を騙し揶揄う事に血道を上げる狐。仲良く出来ると思うか?」
弘樹は出会った天狗と狐の性格を思い出し、確かにどちらも譲りそうにないなと得心いった。
「でもだからといって、両想いの二人を引き裂くのは……」
「何を言う。人の世でも、愛する者同士の悲恋などいくらでもあるではないか。姫様には天狗では無く一族でも力ある者と婚姻し、より力の強い子を産み育ててもらわねばならん」
白狐の言葉に弘樹は学んだ歴史を思い出した。
有力者、天皇や将軍、その下の貴族や武将等も息子や娘、兄妹を政略結婚の道具として使っていた筈だ。
そこには結ばれなかったカップルも沢山いただろう。
だが……。
「なんで力が必要なんです。天狗さん達に対抗する為ですか?」
「そうじゃッ! いずれは天狗共を追い払い、この地を我らの常春の庭とするのじゃ」
「ハッ、俺達がそんな簡単に追い払われるかよッ!!」
「フンッ、我らが長の尾はもうすぐ八本になるッ! そうなれば威張り腐った天狗共も逃げざるを得んわッ!」
「八尾がどうしたッ!! そんな奴、長の手に掛かれば!!」
言い争いを始めた白狐と青葉に弘樹はやれやれとため息を吐いた。
天狗と狐はそもそも仲良くする気が無いのだ。そんな状態で両者の跡継ぎが結ばれる事は難しいだろう。
「あのー」
「何じゃッ!?」
「えっとですねぇ……話を戻すんですが、力が欲しいのは天狗さん達と喧嘩する為なんですよね?」
「……そうじゃ」
「だったら、喧嘩を辞めれば力は必要無いですよね?」
「そんな簡単に止められたら苦労せんわッ!」
「そうだぜ、弘樹。俺達は何百年もいがみ合ってんだ」
何百年……こんな綺麗な世界で何百年も争いを続けているのか……。
現世でも続く国同士の対立。今の所、日本は戦争といった意味では平和だ。
だがこのまま中国が台頭しアメリカとの対決路線を強めれば、その中間にある日本はやがて、その争いに巻き込まれる事になるだろう。
そうなれば、もしかすると祖父や祖母、曾祖父達が経験したあの戦争の様な事になるかもしれない。
弘樹自身は勿論、戦火に巻き込まれた経験はない。だが本や漫画、映画等で見た戦場は恐ろしく狂気に満ちた物だった。
天狗と狐、力を求める双方の争いが激化すれば、現世であったように民衆にまで被害が及ぶ事になるかもしれない。
「戦いは……戦は何も生まない。いや生むとすればより大きな死をもたらす武器や力だけです……俺は直接知らないけど、人間は支配の為に酷い戦争を何度も起こしました。俺はこんな綺麗な世界で……」
弘樹は周囲の狐の術が生み出した桜に目をやりながら、言葉を紡ぐ。
「そんな愚かな戦をして欲しくない」
「……儂も弘樹に賛成じゃ。儂自身も戦で主を失った……九尾はかつて国を乱し、その事で無数の命が散ったと聞く。儂はもうそんな戦は御免こうむる」
「我らとて大きな戦は御免じゃ。じゃが天狗共が……」
「テメェらが俺達にちょっかい掛けてくるからだろうが」
うーむ……何とか仲良くしてほしいが……。
天狗と狐、いがみ合う二つの種族。どうにか彼らの諍いを止められないか、平和な国で育ち、喧嘩とはいえ友人が傷つく原因を作った弘樹は、そんな事を思いながら狐の里に歩みを進めた。
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