大事にしたい事
結局、九郎が話した三課へ入るという話は弘樹が大学を卒業するまでは白紙となった。
ただ、現世で暮らすには金が必要と代わりに千影が三課へ入る事を希望した。
彼女の力を見た九郎も千影ならとその提案を受け入れた。
「弘樹は仙の力を得た、じゃがその寿命が仙と同じとは限らぬ……なれば、なるだけ長く一緒にいたいのじゃ」
千影はそう言って運転席の弘樹の頭を撫でた。
寿命が人と変わらないなら、千影と一緒に過ごせる時間は確かに貴重だ。
とはいえ千影の弘樹に対する感覚は、やっぱりお母さんポジの様に感じる。
そんな事を思いつつ弘樹はそっとため息を吐いた。
一方のミアは単純に弘樹と一緒にいたい様だった。
「うー、ひろ、いっしょ、たのしいッ!!」
そう言ってミアは六本の腕を振り上げた。
そんな話をしている内、一行はおっさんの待つ新田大学のキャンパスに戻った。
おっさんは弘樹達の気配を感じたのか、弘樹が校門に車を着けるとすぐに姿を見せた。
「ご苦労さん、首尾はどんな……って、転生の女神ッ!?」
おっさんは弘樹にピッタリと寄り添うシュピテムの姿を見ると、顔を引きつらせ両手を手刀の形にして構えた。
その姿はなんだかへっぴり腰で全く迫力は無い。
「大丈夫だ。こいつの力は瀬戸が全て吸収し燃やした」
車から降りた九郎が淡々と慌てるおっさんに説明する。
「力を吸収して燃やすッ!? 何それッ、瀬戸君は生身の人間だよねッ!?」
「弘樹はぬっぺっぽふの肉を食って、神仙の力を得たようじゃ」
「神仙ッ!? それって平気なのッ!?」
「今は何も感じませんし、千影さんが言うには神仙の力は眠っているらしいので……」
「そうなの? ……燃やしたって事は、その娘はもう何の力もないんだね?」
おっさんはチラリとシュピテムに視線を送ると、弘樹達に視線を戻し問い掛ける。
「今はな。だが数年で力は戻るらしい。そうだな、瀬戸?」
「はい、あの時はそう感じました」
「え、戻るのッ!? 大丈夫なの、それッ!?」
「心配はいらん、現世で儂がこやつの面倒は見るでな。数年もあればこやつも落ち着こう」
「現世で? 一体どういう事?」
何が何やらといった様子のおっさんに、車の中で話した、千影が三課に入る事や、千影、ミア、シュピテムの三人が弘樹と一緒に暮らすという話を伝える。
「へぇ、現世で妖怪の存在を公表ねぇ……それで鬼のお姉さんは吸血鬼の部隊に入って働いて、お姉さんにミアちゃん、それに女神様は瀬戸君と一緒に暮らすと……君、見かけによらず……」
おっさんは弘樹を見てニタっとした笑みを浮かべた。
「違いますッ!!」
弘樹はそれを即座に否定し、おっさんを睨む。
するとその睨んだ目に青い光が一瞬宿った。
「わっ!? 冗談、冗談だよ……ふぅ……ともかくだ、俺の依頼は終了したって事だね?」
「ああ、失踪事件の元凶だった転生の女神は力を失った……瀬戸の話では、すでに転生させた者たちは新たな家族と暮らしていて、現世に戻す事は難しいらしいが……」
「転生って事は新たに生まれたって事だよねぇ……となると容姿も変わってるだろうし、戻っても居場所は無いだろうね……これ以上、穴が増えて幽世に来る生者が増えないってだけで良しとしようか……それじゃあ、約束通り君らを現世に送るとしよう」
「ようやく帰れるか……」
「でも、その前に……」
おっさんは急に真剣な表情を見せ、
「今日は限界だからやるのは明日で」
と弘樹達に告げた。
■◇■◇■◇■
新田大学、第二キャンパス。そのキャンパスの校舎の屋上、手すりに持たれて無精ひげの男がグラス片手に美味そうに煙管をふかしている。
「疲れてるのに、寝なくて大丈夫なんですか?」
「瀬戸君か……」
声を掛けられた男は振り返り笑みを浮かべた。
「君の方こそ、眠らなくていいの? 九郎ちゃんから聞いたけど、大活躍だったんでしょ?」
やるのは明日で、そんなおっさんの言葉で拍子抜けした弘樹達は、その後、大学の食堂で食事を取る事にした。
おっさんには用意した猿酒の他、柏木のくれたローストビーフ、それにマルの煙草や死者の力で作り出して貰った酒や煙草、つまみを手渡した。
おっさんはそれを喜んで受け取り、問題が解決した記念にと宴会する流れとなった。
千影の保存食や九郎達が持っていた食料で飲み食いをし、気が付けば弘樹以外のメンバーは昼間の疲れからか眠りに付いていた。
「体は全く疲れてないんですよ……」
「それも神仙の力を得た影響かもね……瀬戸君、一つ聞きたいんだけど……」
「なんですか?」
「幽世を旅してきて、どうだった? 俺はこの地区を割り振られてるから動く事が出来ないんだ」
旅か……弘樹はこれまでの事を振り返る。
千影との出会い、喋る狼、喋る鏡、河童、天狗に狐、多くの死者たちとも出会い、蛇神や覚の様な危険な妖怪とも戦った。
本当に色々な事があったが、結果的にはとても楽しかったように思う。
「楽しかったですよ、とても……色んな妖や死者とも会いましたし……」
「楽しかったか……」
「はい、見た事の無いもの、色んな価値観に触れて、自分が大事にしたい事が分かった様に思います」
「何だい、大事にしたい事って?」
「やりたい事は我慢せずにやろうって事です……幽世に来るまでは色々あって、俺、事無かれ主義というか、物事を穏便に収めようとする所があって……でも、こっちに来て変われたと思うんです」
「そうかい……良かったね……」
おっさんはそう言うと煙管を足元の煙草盆において、その横のペットボトルを手に取ると、自分のグラスと何処からか取り出した新たなグラスに猿酒を注ぎ、弘樹にその片方を突き出した。
戸惑いつつグラスを受け取った弘樹におっさんは言う。
「君の先行きに幸多からん事を……大丈夫、君なら上手くやっていけるさ。強い鬼のお姉さんも側にいる事だしねぇ」
「……ですね」
笑みを見せた弘樹のグラスに自分のグラスをチンッと重ね、おっさんはニィッと笑って猿酒を口に運んだ。
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