いっしょがいい
弘樹が得た神仙の力は千影が言うには眠ったらしく、現在は髪の色も瞳も元に戻っていた。
いつか見た仙人になろうとした科学者たちの様に、消えたりしなくて良かったとホッと胸を撫でおろす。
ただ、その安堵とは別に現状で困った問題が起きていた。
その問題を起こしている人物は、現在も弘樹の左腕にガシッとしがみ付いたまま離れようとしない。
「あの、シュピテムさん、そろそろ離れて貰えませんか?」
「やだッ!! 弘樹と離れると胸がギューッってなるのッ!!」
「うー、ひろ、おんなたらし?」
「だから違いますッ!!」
千影は顎に手をやり、まんざらでもないといった表情で弘樹を見ている。
「……千影さん、それはどういった感情なんですか?」
「フフッ、ミアに続き、新たな妖に懐かれるとは……弘樹はやはり主様に似ておると思うてな……」
「藤原千方さんですか……その人も女ったらし……いや俺は違いますけど、だったんですか?」
「主様はどちらかというと、人たらしじゃったかの。みな、あの方を好いておったよ」
人たらし……豊臣秀吉とか項羽と劉邦の劉邦とかがそんなイメージだが……。
人たらし……ならいいのか。
シュピテムにしがみ付かれたまま、弘樹が首を捻っていると九郎が彼に声を掛ける。
「話はおっさんの所に戻りながらしよう。シュピテム、一旦瀬戸から離れろ、それでは車が運転出来ん」
「どうしても離れないと駄目?」
「どうしてもだ」
「うぅ、分かったよ……」
九郎が赤い目を向け睨むと、それに怯えたのかシュピテムはようやく弘樹から離れた。
「うー、ふあん、ミア、て、つなぐ」
眉根を寄せ両手を胸の前で握り締めたシュピテムに、ミアは六本の腕を差し出した。
「……いいの? 僕、君に攻撃したのに?」
「うー、ゆるすッ!!」
「フフッ、偉いぞミア」
「うー、ミア、えらいッ!!」
フンスと鼻を鳴らし手を腰に当て胸を張ると、ミアは腕を伸ばしシュピテムの右手を取った。
「こっちッ!!」
「あ、引っ張らないでよッ!!」
商店街の出口に止めたジープに向かうミアとシュピテムを眺め、九郎が口を開く。
「瀬戸、あの娘、どうするつもりだ?」
「どうするつもりといいますと?」
「現世に連れ帰るのか? あの様子だと、幽世で放っておくとまた問題を起こしそうだが……」
「あー……」
どうするか……現世での弘樹の身分は大学生。
親からの仕送りとバイトでやりくりしていて、住まいは学生向けの安アパートだ。
弘樹と離れたがらないシュピテムの世話をしながら暮らすのは難しいだろう。
「ふむ、彼奴は儂が預かろう」
困り顔の弘樹を見て、千影が苦笑を浮かべながら助け舟を出す。
「いいんですか、千影さん?」
「うむ、ミアと三人で暮らすのも賑やかで良いじゃろう……」
ミアと三人……そうか、千影さんはこっちに……それにミアさんも……。
出来ればミアと千影には現世に来て欲しかったが……いっそ俺もこっちで……。
「寂しそうな顔をするな。会いたくなったら、おっさんに頼んで会いに行くのじゃ」
そう言って千影は背伸びして弘樹の頭をポンポンと撫でた。
「子供あつかい……しないでください……」
そう言った弘樹の声は少し湿り気を帯びていた。
■◇■◇■◇■
車でおっさんの待つ新田大学へ向かう道中、千影の膝に座っていた九郎が口を開く。
「所で瀬戸、お前が得た神仙の力についてだが……」
「ああ、俺の中で眠っているって奴ですね」
「そうだ……その力、役立ててみる気はないか?」
「役立てる? えっと、あの時はミアさんを助けて、みんなを守ろうと必死だったから使えましたけど、今は全く使える気がしないんですが……」
「訓練すればいい……三課は人手不足でな、力ある存在は一人でも多く欲しい。という訳で、現世に帰ったらお前には力の制御を学び、うちに来てほしい」
「三課って警察ですよね……俺は普通のサラリーマンがいいんですけど……」
困り顔で笑う弘樹に九朗は苦笑を浮かべ答えを返した。
「別に強要はせんが、お前の事や幽世での出来事は報告を上げる予定だ。恐らく警視庁、もしくは政府から何らかの打診がある筈だ」
「え゛っ、政府から?」
「当たり前だろう。特殊な力、それも強力な物を持った人材を野放しにしてはおけまい。現在、日本に住む妖についても今後は戸籍を与え、居場所と能力の管理は徹底される予定だ」
「弘樹、政府とは朝廷の事であろう?」
「まぁ、そうですね」
「では実入りは良いのではないか?」
千影は何かを期待しているのか、ほくほく顔で弘樹に話し掛ける。
「一般的なサラリーマンよりは高給取りだ。仕事は危険ではあるし、報酬をケチって犯罪組織に走られても困るだろうからな」
そう言った九郎の顔には今度は皮肉げな笑みが浮かんでいた。
「ふむ、であれば現世で儂らと一緒に住めるのではないか? 先程は弘樹の懐事情を考え、幽世に残るつもりであったが……」
「うー、ミア、ひろ、いっしょがいい」
「僕も弘樹の近くにいたいよ」
千影、ミア、シュピテムが運転席の弘樹に顔を寄せる。
「それともやはり妖の儂らと住むのは嫌か?」
「嫌と言う事は全然無いんですが、いきなり女性三人と同居というのは、なんというか……」
「モテモテだな、瀬戸」
しどろもどろになった弘樹を見て弁慶がニヤッと笑い低く呟く。
「瀬戸、やはり貴様おんな……」
「違いますッ!!」
再び持ち上がった女たらし疑惑を弘樹は食い気味に否定した。
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