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幽世放浪記  作者: 田中
幽世の妖達
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目的の場所は

 河童の長に相撲で勝利した弘樹(ひろき)は石を肩に担ぎ、千影(ちかげ)と共に雲外鏡(うんがいきょう)の待つ洞窟へと向かった。

 貰った砥石は縦横、幅五十センチ、厚さは二十センチ程もありそれなりに重い筈だが、弘樹は不思議とその重さを感じる事は無かった。

 その事を千影に尋ねると彼女は当たり前じゃと微笑みを浮かべた。


「古来より河童と相撲を取って勝った者は、大力を得ると言い伝えられておる」

「じゃあ、長に勝ったから?」

「うむ。まぁ、力を得るのは悪い事では無い。大力は様々な場面で役立つじゃろうからの」

「はぁ……」


 確かに今も重い砥石を運んでいるにも関わらず、足取りは軽い。


 河童に勝って力を貰うか……俺、帰った時に普通にやって行けるんだろうか……。


 弘樹はそんな不安を感じつつ、洞窟への道を急いだ。


 行きは一時間以上かかっただろう道のりを弘樹は三十分程で走破した。

 千影も弘樹に顔色一つ変えずついてきた。その事で改めて、千影は人では無く鬼なのだと弘樹は認識する事になった。


 洞窟へ戻り雲外鏡に呼び掛けると、姿を見せた鏡の付喪神は弘樹を見て鏡面に浮かんだ目を細めた。


『小僧、河童に相撲で勝ったな』

「はい、不意を突いて何とか勝てました」

「うむ。見事な立ち回りじゃったぞ」

『見ておったから知っておる。そこな鬼の手を借りる様なら協力するつもりは無かったが……ええじゃろう。ついて来い』


 洞窟の奥には丸太で組まれた椅子が置かれ、その椅子の前の地面には石積みの竈が作られていた。

 その竈では焚火がチロチロと燃えている。


『砥石はその棚に置いてくれ』

「分かりました」


 雲外鏡に示された壁に作られた木製の棚に砥石を置くと、雲外鏡は弘樹と千影に座る様に促した。


『現世に戻る方法じゃったな』

「うむ。殆どの門が稀にしか開かぬ今、通力を持たぬ弘樹が一番時間を掛けずに帰る方法を知りたいのじゃ」

『ふむ……』


 雲外鏡の声と同時に、鏡に浮かんでいた瞳が消え、鏡面に様々な景色が浮かび消える。


『可能性が高いのはコレかの』


 鏡に映し出されたのは電車の駅の様だった。ホームの看板に駅の名前が書かれている。


「これは……きさらぎ駅……マジかよ……?」

「出たな、マジ。弘樹はこれを知っておるのか?」

「はい、有名な都市伝説で、ある女性がその駅で降りて行方不明になったとかなんとか」

「ふむ……雲外鏡、そんな危なげな物ではなく、もっと安全な物はないのか?」

『他の候補も無い事は無いが、危険な事に変わりはないぞ。大体、そんな簡単に幽世(かくりよ)現世(うつしよ)を行き来できるなら、人食いの妖共がとうに見つけておるわい』


 雲外鏡の言葉に確かにその通りだと弘樹は思わず頷いた。

 幽世と呼ばれる世界に来て、まだ二日目だが弘樹は既に龍に喋る狼、雲外鏡、河童、千影を入れれば五つの(あやかし)を見ている。

 そんな多様な妖がいる世界と、現世が繋がっているのならもっと沢山目撃談があってもいい筈だ。


「雲外鏡さん、そのきさらぎ駅は何処に?」

「行くのか弘樹?」

「はい、他の物が俺の知ってる都市伝説と符合するなら、確かにどれも危険な気がしますから」

『フンッ、人の割には肝の据わった小僧じゃ……きさらぎ駅は隠のの家から南東、山をいくつか超えた先の山中にある……どれ地図を(しる)してやろう」


 そう言うと雲外鏡は消し炭を摘まみ上げ、取り出した木の皮に地図を描いてみせた。

 それをほれと弘樹に投げ渡す。慌てて受け取った地図を広げてみれば、千影の家だろう場所から連なる山を越えた先にきさらぎと記されていた。

 かなり簡素ではあるが、一応、目印らしき物も描かれており探す手掛かりにはなりそうだ。


『道中の山には天狗や狐が住んでおる。せいぜいちょっかいを掛けられぬ様に気をつけるんじゃな』

「はい、ありがとうございます」

「世話になったな、雲外鏡。これは此度の礼じゃ」


 千影が袋から徳利を取り出すと、それを最初に出さんかと雲外鏡はひったくる様にして徳利を千影の手から奪った。


 もしかすると、最初に酒を出しておけば河童と相撲する必要は無かったんじゃあ……。


 そんな事を思いながら弘樹は苦笑を浮かべた。



■◇■◇■◇■



 雲外鏡の住む洞窟からの帰り道、雪道の傍らに竹かごの弁当箱が置いてあった。

 中身は舐め取る様に綺麗に平らげられ、代わりに一本の毛が入れられていた。


「ほう……これは狼の睫毛じゃな」

「狼の睫毛ですか?」

「うむ。恐らく弁当の礼じゃろうな……確かに弘樹の言う通り、話し合いで解決した方が良い様じゃ」

「それって、何かに使えるんですか?」

「翳して人を見るとその物の本質や正体が見破れるのじゃ……ほれ、このように……」


 千影はそう言って弘樹に睫毛を翳し、その睫毛越しに目を眇め弘樹を見た。

 すると千影の頬に赤みが差し、恥ずかしそうに顔を背けた。


 本質を見ると言ったが、千影さんは一体何を見たのだろう……もしかして俺が彼女に好意を抱いている事を見抜かれたのだろうか……。


「千影さん、何が見えたんです?」

「それはじゃな……何でも無いのじゃッ!!」


 そう言って千影は強引に話を打ち切ると、睫毛を懐にしまい込みザクザクと雪道を下り始めた。


「何が見えたのか教えて下さいよ」

「煩いのじゃッ!! しつこい男は女子(おなご)に嫌われるぞッ!!」

「グッ……」


 何が見えたのかは知りたいが、色んな意味で千影に嫌われるのは困る。

 仕方なく弘樹は聞きたい気持ちを押さえ付け、雪道を歩く事に集中したのだった。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恥ずかしがってるってことはアレですよね(〃ノωノ)
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