おっさんの提案
新田大学の第二キャンパス。形だけは弘樹の通う大学と同じく、講義が行われる教室棟の他、運動部の使うグランドや部室棟等、一般的な大学と同じ施設が立ち並んでいる。
違うのは人の姿が一人も無い事だった。学生、教授や講師たち、職員等、本来そこにいる筈の人たちがいないだけで、雰囲気はがらりと変わり、弘樹は不気味さよりは寂しさを感じていた。
「死者の姿も全くないな……本当に景観だけを求めてこんな巨大な物を作ったのか……」
「この前、立ち寄った集落じゃあ、建物を全部合掌造りで統一したりしてましたから……願えば何でも出せるなら、そういう事もあるんじゃないですか?」
「死者の願いの力か……心を癒す為とはいえ、虚しい気もするな」
虚しい……九郎の言葉は弘樹にも分かる気がした。
大学、学校は将来、なりたい自分を目指す為に通う場所の筈だ。
だが、死者はただ魂を癒し、巡りくる輪廻を待つだけ……彼らにある未来は次の生だけなのだ。
「殿、ロイドが構内を歩く男を見つけました。我々の場所から西に真っすぐ行った所だそうです」
「そうか……」
弁慶の言葉を聞いた弘樹達は向かって左手、西側に視線を向けた。
施設を繋ぐ渡り廊下の下、黒いハットをかぶった痩せた無精ひげの男がこちらに視線を向けていた。
男は確実にこちらを意識しながらゆっくりと歩みを進めている。
その距離が十メートル程に縮まった時、男は唐突に歩みを止めた。
「あー、君達、こんな所に来ちゃいけないなぁ」
「貴様は時空のおっさんで間違いないか?」
九郎が代表して一歩、前に出て口を開く。
「いくら幼稚園児相手でも、おっさんって言われるのはショックだなぁ」
「グッ、私は幼稚園児では無いッ!!」
「ああ、小学生だったか……ごめんね、君小さいから」
「私は千年近く生きている吸血鬼だッ!!」
「あ、そう。ごめんごめん」
九郎の言葉におじさんは何処までも軽く、ヘラヘラと笑いながら答える。
「貴様ぁ……」
ギリギリと歯を鳴らす九郎を見て、弘樹は慌てて口を挟んだ。
「あの、俺は瀬戸弘樹、大学生ですッ! 俺、生身のまま幽世に迷い込んでしまって……」
「生身のまま……君はここが現世じゃないと理解しているんだね?」
「はい、それで、あなたに会えば元の世界に戻して貰えるって……」
「あー、なるほど、それで俺に会いに来たって訳だ……現世の人間が集団で行動してるのは変だなぁとは思ってたんだよ」
おじさんはそう言ってチラリと視線を空に向けた。
上空にはこちらに向かって降りて来る、九郎の部下達の姿があった。
「それで、貴様の力で我々を現世に戻せるのか?」
そう言った九郎の後ろに、バサバサと羽音を立てて黒スーツたちが降り立つ。
「人間、それに吸血鬼の集団に鬼が二匹……君は悪霊の類かな? ……あー、それで現世に送り返せるか、だっけ?」
「そうだッ、どうなのだッ、出来るのか出来ないのかッ!?」
どこかとぼけた様子のおじさんに九郎は口調を荒げる。
「出来なかないけど、こんなに大勢は俺一人じゃよいしょがいるなぁ」
「そこを何とか、お酒や酒の肴、それに煙草も用意しましたのでッ!!」
「うー、まる、たばこッ!!」
猿酒の入ったペットボトルを取り出した弘樹を見て、ミアが抱えていた煙草盆をおじさんに翳して見せる。
「おお、こりゃ気が利いてるねぇ」
「では、この土産と交換に弘樹達を現世に送って欲しい」
「うーん……俺も役目的にそうしたいんだけど……」
「なんじゃ、出来ぬのか?」
千影がそう問いかけると、おじさんはボリボリとハットの下の後頭部を掻いた。
「君達、最近、こっちに迷い込む人が増えてるって知ってる?」
「ああ、我々は失踪者の捜索、何かの怪異の仕業と踏んだ二課の依頼でこちらの世界に迷い込む事となった」
「二課?」
「我々は警視庁特殊事案対策部第三課。現世で妖怪絡みの事件を担当する部署の者だ」
「へぇ、現世にもそういうのあるんだねぇ……俺も似たようなもんだよ。こっちに迷い込んだ人間を送り返し穴を塞ぐ。たださっきも言ったけど、最近その数が増えててねぇ……提案なんだけど、君達も失踪者が増えてて困ってるんだよねぇ?」
おじさんは何処か気だるそうな笑みを浮かべながら九郎に問い掛けた。
「困っているというか、仕事だからな」
「仕事……お互い辛いよねぇ……で、どうかな、その解決に手を貸してくれないかなぁ?」
「その見返りに我々を現世に送ると?」
「うん。どうかな?」
目を細め笑うおじさんを見て、弘樹は腰を曲げ九郎の耳元で囁く。
「九郎さん、協力しましょう。失踪者の事は俺達、他人事じゃ無い訳ですし」
「……隠、お前はどうする?」
「弘樹が帰れるなら、手を貸すのはやぶさかでは無い」
「うー、ミアも、ミアもッ!!」
「お前達はどうだ?」
九郎は弁慶達を振り返り尋ねた。
「儂は殿の命に従うまで」
「俺はこんな人間のいない場所でくたばるのは御免です」
「そうそう、吸血鬼は生きた人間に紛れてないと」
「それにボスも帰りたいんでしょ? あの娘の為に?」
「グッ、うるさいッ!!」
部下達の言葉に九郎は声を荒げると、コホンッと咳ばらいを一つしておじさんに向き直った。
「……先程、穴を塞ぐと言ったな、こちらとあちらを繋ぐ穴を何者かが開けているということか?」
「うん、見た事無いタイプだったから、新しい妖怪だろうね。なんていうかアイドルみたいな恰好をした女の子だったけど……」
「女の子……あの止めてって頼めばいいじゃないでしょうか?」
「いや、無理無理、一回、交渉しようとしたけど、話は通じないし、問答無用で俺を何処かに飛ばそうとして来たもん」
アイドルみたいな恰好した交渉不能な女の子の妖怪?
意味不明だ。
首を捻った弘樹におじさんは苦笑を浮かべる。
「最近日本じゃ現実じゃない場所、異界を求める人が増えてるようだし、そんな人の想いが妖を生んでもおかしくは無いと思うよ」
異界……異世界……まさか、転生の女神とかッ!?
弘樹はCMでチラリと見た、ヒラヒラとした服を着た女神たちの事を思い出した。
あれだけ流行っていれば、新たな妖怪として生まれてもおじさんの言う様に不思議では無い気がする。
そして生まれたてならば、出会った頃のミアやきさらぎ駅の様に自我が薄く、本能のままに動くのも納得がいく。
「ふむ……ではその妖を退治すればよいのじゃな?」
「鬼のお姉さんは話が早いなぁ。俺は荒事は全く駄目でね。彼女を何とかしてくれればこっちに迷い込む人間も減るし、助かるよ」
そう言うとおじさんは二ヘラと気だるげな笑みを浮かべた。
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