根付は囁く
テーブルに並んだ料理に弘樹達は「これは……」と感嘆の声を上げた。
弘樹の前に置かれたのは唐揚げにエビチリ、かに玉、付け合わせにはキャベツの千切り、主食に焼飯とサイドメニューには餃子とスープという大衆中華の定食の様なセットだった。
中華料理は久しぶりだった弘樹は結構な量だったそれをペロリと平らげた。
千影に出されたのはお刺身をメインにした定食だった。
マグロ、鯛、海老の他、タコやアワビの刺身に加え、あら汁に香の物等が付いている純和風の物だ。
千影は久しぶりに口にする海の幸にニコニコと笑みを浮かべ箸を進めていた。
ミアに出されたのは分厚いステーキだった。
ミディアムレアに焼かれた肉からは、肉汁が鉄板に滴り、食欲をそそる良い匂いが漂っている。
ミアは六本の腕にそれぞれナイフとフォークを持ち、豪快にその分厚いステーキを口に放り込んでいた。
食事が終わり、三人が食後のコーヒーを飲みながら「ふぅ」と満足感に浸っていると、厨房から柏木が姿を見せた。
彼は満足気な弘樹達を見て、嬉しそうに微笑み頷く。
「料理にはご満足頂けたようですね」
「はい、滅茶苦茶美味しかったです」
「うむ、久方振りの刺身は絶品じゃった」
「にく、やわらか、ちょううまいッ!!」
「ハハッ、それは良かった」
大満足な様子の三人を見て、柏木は目を細めて笑うと弘樹達の向かいに腰かけた。
「あの、素朴な質問なんですが、注文も聞いていないのに、どうして俺達が食べたい物が分かったんですか?」
「ああ、皆さんその質問をされますよ……幽世では殆どの死者は旅をして、自分が住みたい場所を見つける。この事は知っていますか?」
「ええ、これまで会った死者さんからそう聞いています」
弘樹の言葉に頷きを返し、柏木は続ける。
「その例に漏れず、私もここに店を構える迄は旅をしていたんですよ。その旅の途中、不思議な家に立ち寄りましてね」
「不思議な家ですか?」
「はい、古くて立派なお屋敷で、直前まで生活していた様子があるのに、人は誰もいない。その屋敷で人を探すうち、これが気になってしょうがなくなって……」
そう言うと柏木は懐から親指の先ほど木彫りの兎を取り出した。
「根付という、昔、財布なんかを着物の帯に挿む為に使った留め具なんですが……どうしても欲しくなって、願いで出した米袋を置いて持ってきちゃったんです」
「ふむ、マヨヒガの宝と言う訳か?」
「マヨヒガって前に千影さんが話してた?」
「うむ」
「うー、まよひが?」
「さっき柏木さんが話していた人のいないお屋敷の事ですよ。そのお屋敷からは何か一つ、屋敷の品を持ち帰っていいそうです。その品には神通力があって……」
弘樹がミアに説明してやるのを、柏木は苦笑を浮かべ眺めていた。
「フフッ、御詳しいですね。その通り、この根付には不思議な力があって、人が何を食べたいか囁いて教えてくれるんです。その事もあって……生前は料理人をしていたし、食材はその場で用意できるのでレストランを……」
「なるほど、それで俺達が食べたい料理がテーブルに並んだんですね」
「ええ……おっと、話を聞く筈が私の方が聞かせてしまいました……それでは瀬戸さん、お話を聞かせてもらえますか?」
「はい……不思議というか、幽世に迷い込んでからの事になるんですが……」
そう言って弘樹は雪山で倒れた所を千影に救われた事や喋る狼、雲外鏡や河童、天狗と狐等、これまであった事を柏木に話して聞かせた。
「これはこれは……随分と妖怪と縁があるようで……」
「縁というか、自分から首を突っ込んで、千影さんやミアさんに助けられてるって感じですが……」
「気にする事は無い。儂がやりたくてやっておる事じゃからの」
「じゃからのーッ!」
微笑む千影とニカッと笑ったミアを見て、柏木はニコリと微笑んだ。
「いい縁に恵まれたようですね……そうそう、頼まれた日持ちする料理なんですが、ローストビーフはいかがでしょう? 真空パックしますので、二、三週間は大丈夫な筈ですよ。この寒さですし冷凍してもいいかもしれませんね」
「ローストビーフ……」
弘樹は味見した猿酒の味を思い出し、頭の中で味を思い浮かべた。
「いいかも……ローストビーフでお願いしますッ」
「畏まりました。ああ、あと煙草についてなんですが……」
話を聞き終え、席を立った柏木が弘樹を振り返り口を開く。
「何か心当たりが?」
「はい、これはお客様から聞いた話なんですが、ここから東へ車で半日ほど行った山間に古い屋敷がありましてね。その屋敷でその人は人の顔が浮かんだ煙を見たそうなんです……煙つながりで思い出したんですが……」
「人の顔が浮かんだ煙……ありがとうございます。行ってみます」
■◇■◇■◇■
「ご来店、ありがとうございました。またのお越しを……あ、瀬戸さんは再来店しない方がいいですね。無事、現世に戻れる事を心からお祈り申し上げます」
「ですね。瀬戸さん、お気を付けて。現世に戻れるといいですね」
店の前、見送りに出てくれたウエイトレスの志穂と店主の柏木が笑みを浮かべている。
弘樹はそんな二人に頭を下げた。
「ありがとうございます。料理、ホントに美味しかったです」
「うむ、とても美味じゃった。弘樹を無事、現世に送り届けた後には、報告がてらよるとしようぞ」
「うーッ!! ミア、おにく、またたべたいッ!!」
ローストビーフを受け取り、挨拶を交わした一行は柏木と志穂に見送られながら、レストラン、ラ・アルトを後にして東、煙の妖が出るという東の屋敷を目指し車を走らせた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




