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幽世放浪記  作者: 田中
生贄の村
43/63

通りゃんせと同じ

 コンクリートで作られたまるで要塞の様な家の一つ。

 千影とミアが死者の気配がすると言ったその家のインターホンを弘樹は鳴らす。

 ピンポーンと聞き馴染みのある音が響き、「誰だ?」と警戒した様子を隠そうともしない声がインターホンから流れた。


「あ、俺の名前は瀬戸弘樹(せとひろき)。大学生です。実は俺、生身のまま、こっちに来ちゃってそれで帰る方法を探してて……」

「生身のまま? 残念だがこの村にそれを知る者はいない。それにこの村に入り込んだ者は二度と出る事も出来ない」

「えっ? それってどういう……」

「とにかく話す事は無い。諦めて帰ってくれ」


 男の声はそれだけ言うと沈黙した。

 弘樹はうーんと唇を曲げつつ、次の家へ向かう事にした。しかし、訪ねた家の反応は大体、最初の家と同じで話す事は無いの一点張り。

 なんというか、全員が目立つ事を恐れている様に感じられた。


「うーん、何でしょうか。これまでの集落では話ぐらいは聞いてくれたんですが……」

「ふむ、二度と出る事が出来んというのが気になるの。入る時には特に何も感じなんだが……」

「うー、かんじなんだッ!!」

「じゃあ、結界とかじゃないって事でしょうか?」

「じゃと思うがの」

「けっかい、いやーッ!!」


 ずっと結界に囚われ柵の中で過ごして来たミアが、結界の存在を見落とすとは思えない。

 そんな事を思い、弘樹が集落の中、ジープを走らせていると千影(ちかげ)が突然声を上げた。


「弘樹、止めるのじゃッ!!」

「千影さん、何がッ!?」

「うーッ、けもの、においッ!!」

「獣……」


 弘樹が車を止めた先の家に目をやると、その家のコンクリートの壁に白羽の矢が矢羽根の位置まで深く突き立っていた。

 分厚いコンクリートの壁を抜き、矢を突き立てる……いくら(あやかし)のいる幽世(かくりよ)でもそんな事が可能なのか……。


「白羽の矢……千影さんが話していた生贄の儀式がまさか……」

「弘樹、ともかく話を聞いてみようぞ」

「……そうですね」


 千影に促され車から降りると、先程迄、待っていた千影も一緒に車から降りた。


「千影さん?」

「もし生贄の儀式が再び行われておるのなら、こちらにも力を持った妖がおると分かった方が良いじゃろう」

「なるほど、確かにその方が話してくれるかもですね」


 弘樹は千影に頷きを返し、彼女を伴い玄関へと向かった。

 コンクリートに覆われた四角い建物の一角、黒い金属の扉の横にインターホンが設置されている。

 よくよく見れば、建物には監視カメラらしき物も取り付けられていた。


 これまで話した住民といい、この集落の人々は怯え切っているようだ。


 そんな事を考えつつ、弘樹は千影と玄関の前に並びインターホンを押した。

 先程までと同様、聞き慣れた音が鳴り、暫くして若い女の声がインターホンから流れた。


「……見かけない人だけど、旅の人?」


 女の声は酷くかすれていて、その声からは疲れと諦めが滲んでいる様に弘樹には思えた。


「はい、俺は瀬戸弘樹、大学生です」

「大学生……若くして亡くなったのね」

「いえ、実は俺、生身のままで幽世に迷い込んでしまって……あの、それで家の壁に矢が刺さってるのを見たんですが」

「ええ、コンクリートならきっと大丈夫って、みんな言ってたけど無駄だった……あなたも巻き込まれたく無ければ、この家には近づかない事ね……それじゃあ」

「あっ、ちょっと待って下さいッ!!」


 通話を終ろうとする女を弘樹は慌てて引き止めた。


「実は俺、現世に帰る為に旅してて、その旅の手助けをこちらの鬼の女性、隠千影(なばりちかげ)さんにしてもらってるんです!!」

「ぬっ!?」


 弘樹はそう言って千影の肩を持ち、インターホンのモニターの前に押し出した。


「鬼? その角、ホントに生えてるの?」

「はい、正真正銘、ホントの角ですッ!!」

「……その鬼さん、隠さんは……その……強いのかしら?」

「ええ、そりゃあもう!!」

「弘樹……」


 無責任に太鼓判を押した弘樹を千影は少し困った様な顔で見上げる。


「…………話を聞いてもらえる?」

「はい、ぜひッ!!」


 千影の後ろ、深く頷いた弘樹の前で黒い扉の鍵がガチャリと音を立て開いた。



■◇■◇■◇■



 コンクリート造りの家の中は、いたって普通の作りだった。

 白い壁紙、フローリングの床。マンションでもアパートでも戸建て住宅でも、現在の日本ならどこでも見かける作りだ。

 ただ、違っているのは壁には大きな窓は無く、小さな明り取りのガラスが所々にある事だった。


 その家の主、弘樹達を応接間に案内した、二十歳前後に見える黒髪ショートの女性は、余り眠れていないのか目の下にクマが浮き、その上の目も充血していた。


「この集落はさ、狩場なんだ……」


 弘樹達にソファーを勧め、紅茶をテーブルに置いた広田香澄(ひろた かすみ)と名乗った女性は、弘樹達の向かいに腰かけるとそんな風に語り始めた。


「狩場ですか?」

「うん……死者は願えば何でも、自分の良く知る物だけだけど、出せるって事は知ってる?」

「はい」

「だからみんな、旅をして好きな場所を見つける事も?」

「ええ」

「あたしもね、みんなと同じ様に旅をしてて、ずっと都会で暮らしてたから、静かな場所がいいなぁってここを見つけたの……でもね……行きはよいよい、帰りは怖い……通りゃんせと同じでこの村は一度入ると出る事が出来ないの……」


 そう言うと香澄は紅茶で口を湿らせた。


「出られぬというのは、何者かが邪魔するという事か?」

「ええ、今まで何人も山を越えて村を出ようとした。でもその人達は全員、何かに体をバラバラにされて、死体を村の中にばら撒かれた……初めて見た時、ああ、死者でも死ぬんだなって思ったわ」

「えっと、武器を願いで出して戦うとかは?」

「そういう人もいたわよ。猟に使う鉄砲を背負って山に向かった人とかね……でも翌日には彼の死体と、捻じ曲げられた鉄砲が村に転がってたわ」


 香澄は淡々と語ってはいたが、カップを持つ手は小刻みに震えていた。


「あの白羽の矢は三ヶ月に一回、村の誰かの家に立てられる。あれが立つとその家に住む者はこの村から消えるの……今度は私の番……」

「消えるって、どんな風に消えるんですか?」

「分からないわ……みんな、それを恐れてコンクリートや鉄の家を願った。でも駄目、どうやっても攫われてしまう……人が消えた家を一回見たけど、家の扉が開いてて、まるで自分から出て行ったみたいだった」

「自分からのう……香澄、その攫う何かはいつ来るのじゃ?」

「矢が立って一週間後……明後日よ」


 手にしたソーサーにカップを置いた香澄はそう言うと儚げに微笑んだ。


「ふむ、明後日じゃな。では香澄、その何かが訪れるまで儂らが滞在しお主を守ってやろうぞ」

「……本当に?」

「うむ。儂らも恐らくそれを為しておる者に用があるでな」

「安心して下さい。千影さんはこれまでも色んな妖を懲らしめて来ましたし、俺も少しは戦えます」


 弘樹はそう言って拳を握りガッツポーズをしてみせた。


「うぅ……あたし、来世にも行けずここで死ぬんだと思ってた……」


 千影と弘樹の言葉に香澄は希望を見出したのか、両手で口元を押さえポロポロと涙を流した。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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