赤い世界と猿の酒
妖を連れた少年、神薙圭一とタイマンを張り勝利した弘樹は、その後、千影たちと共に異世界エレベーターのあるマンションへと戻って来ていた。
圭一には多分帰れないと告げられたが、自分の目で確認しない限り絶対とは言えない。
「では、いきます」
「うむ」
エレベーターに乗り込んだ弘樹と千影は、視線を交わし頷き合った。
ちなみにミアは車で待ってもらっている。彼女の蛇体が入ると流石にエレベーターが手狭になる為だ。
西宮が言っていた方法、四階、二階、六階、二階、十階、五階の順番で弘樹はボタンを押していく。
そしてエレベーターが五階に止まると、西宮の話通り何処か影のある女がエレベーターへと乗ってきた。
弘樹も千影も無言を通し、女も話しかけて来る事は無かった。
その事に安堵と不安、両方の感情を抱きつつ、弘樹は一階のボタンを押す。
エレベーターは最上階、十階へと向かっていき、やがてポーンという音と共に扉が開いた。
扉の向こう、マンションの通路から見えた世界は全てが赤く染まっていた。
乗っていた女がおもむろにエレベーターを降りて振り向く。
「降りないんですか?」
「ッ!?」
そう聞いた女の顔には目玉が無く、真っ黒な空洞があるだけだった。その女の顔が渦を巻く様にグニャリと曲る。
絶句した弘樹が女の顔から眼を放せずにいると、やがてエレベーターの扉は閉まり、それと同時に女の姿も赤い光の中に揺らめき消えて行った。
「はぁはぁ……アレは一体……?」
「ふぅ……あんな光景は儂も初めて見た……女の気配も妖の様な人の様な、よう分からん物じゃったな」
「妖でも人でも無い……ともかく、あの世界は俺のいた現世では無いですね……」
「であろうな…………戻るか」
「……ですね」
再度、一階のボタンを押すと、エレベーターは今度は表示通り一階へと向かった。
扉が開く時、弘樹は赤い世界を思い出し身構えたが、そこは先程エレベーターに乗る前に見た雪の積もった白の世界だった。
「ふぅ……何とか戻って来れましたね」
「そうじゃな……して弘樹、この後、どうする? 圭一の言っていた様に酒と煙草を手に入れ、東京へ向かうのか?」
「ええ……でも酒と肴、それに煙草か……圭一は美味い物って言ってたけど、死者に願いの力で出して貰った物でもいいのかな……」
「ふむ……煙草の方は心当たりは無いが、猿が作る美酒があると聞いた事がある」
「お猿さんの作った酒ですか?」
「うむ、果実を木のうろに溜めて作るそうなのじゃが、甘く旨いという話じゃ」
「果実を……ワイン的な奴ですかね……うん、なんだか凄く美味しそう」
「じゃろう」
「うん、どうせなら美味しくて珍しい物の方が良さそうですし、その猿の酒を探してみましょうか」
「うむッ!」
弘樹の言葉に千影は強く頷きを返し、二人はマンションを出てミアの待つジープへと向かった。
■◇■◇■◇■
「うー……あか?」
「さよう。空が夕焼けよりも真っ赤になっておってな」
「うーッ、みたいッ!!」
「いや、あれは綺麗というよりは不気味だったんで、見ない方がいいと思いますよ」
異世界エレベーターのあるマンションが建っていた町を抜けて、弘樹達は酒を造る猿がいるという山脈の裾野、町からは南に向けて車を走らせていた。
あの町の住人には圭一を追い払った礼に願いの力で酒と乾き物のおつまみ、それに煙草、あとガソリンの補充をしてもらっていた。
「所で千影さん、そのお酒を作ってるお猿さんって、どんな感じなんですか?」
「それがじゃな……結構、気性が荒く乱暴者じゃと聞いておる」
「えッ、乱暴者……」
「うむ、大昔には人の家に白羽の矢を立てて、その家の娘を生贄として差し出させておったそうじゃ」
「……それって乱暴者というか、完全に犯罪者ですよね?」
「今は神の御使いの様な犬にボス達を退治され、大人しくなったという噂じゃが……」
千影はそう言って顎に手を当て、ふむと何やら考える様子を見せた。
そんな彼女の横顔をチラリと見ながら、千影の言う噂が何時の事なのかと不安を感じた。
彼女は千五百年以上生きている鬼だ。噂が百年や二百年前であっても今の範疇かもしれない。
「ちなみに、その噂っていつ頃の……?」
「そうじゃな……五百……いや、三百……」
「千影さん……人にとって三百年前は今じゃありませんよ」
「ぬッ、大丈夫じゃぞ、弘樹ッ! 妖はそうそう暮らし向きを変えぬッ! きっと今も大人しく暮らしておる筈じゃッ!」
ジトっとした弘樹の視線に千影は慌てた様子で言葉を紡いだ。
それから一日かけて弘樹達は山脈を迂回する形で山道を南下、猿がいるという裾野の集落に辿り着いていた。
集落は二百軒ほどの家が立ち並ぶ、山に囲まれた盆地に位置し、家並みは総コンクリート造りの近代建築で、一軒一軒がまるで要塞の様だった。
だが集落の雰囲気は暗く沈んでおり、人の姿を見る事は出来なかった。
「エレベーターの町も人は疎らでしたけど、この集落は全く人の気配が無いですね」
「ふむ……みな、家に引きこもっておるようじゃの」
「うーッ!! けものッ!!」
スンスンと鼻を鳴らしミアが腕を振り上げる。
「獣?……千影さん、やっぱりお猿さんが何かしてるんじゃあ……」
「……そうやもしれぬなぁ……」
わざとらしく車外に視線を外し、事も無げに言った千影の右頬をツーッと一筋汗が伝っていた。
「千影さん……」
「ぬっ、し、仕方なかろうがッ! 儂は美生山で二百年近く暮らしておったのじゃッ!! 世事に疎くて当たり前じゃろうッ!!」
開き直った千影に弘樹はやれやれと苦笑を浮かべる。
「ともかく住人の皆さんに話を聞きましょう」
「うぅ、分かったのじゃ」
「ちか……どした? いたいか?」
少し凹んだ様子の千影の頭を、ミアは小首をかしげよしよしと撫でた。
そんな弘樹達の様子を遠く森の中、無数の目が見つめていた。
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