ボクシングVS截拳道
妖を引き連れた金髪の少年、神薙圭一の襲撃を受けた弘樹達は、マンションの調査を取りやめ、周辺住民へ圭一の事を聞いて回る事にした。
千影を自分の物にする。そう宣言した圭一を放置したままでは、安心して調査等出来ないと弘樹が判断した為だ。
マンションの周辺に建つ戸建て住宅は、既に幽世から旅立ったのか空き家も多かったが、何人かの住人からは情報を得る事が出来た。
それによると圭一はここ半年ほど、この町を拠点にして周囲の森や沼、湖を巡り妖を狩っているらしい。
「迷惑してるんだ。私達は静かに暮らしたいだけなのに、彼はゲーム感覚で妖怪を刺激して……妖怪たちが私達を敵だと認識したらと思うと、生きた心地がしないよ」
弘樹の質問に答えてくれた三十代前後の見た目の男性は、そう言って首を振った。
「あの、彼が何処を拠点にしてるかって分かりますか?」
「さてねぇ……この町には空き家が多いから……そういえば、町の南側、倉庫街でよく見かけるって隣の柴さんが言ってたなぁ」
「倉庫街ですね。ありがとうございます。調べてみます」
「ああ、君。説得するつもりなら止めた方がいい。一度、住民の間で有志を募って妖怪狩りを止めてくれって、直談判に行った事があったんだ。そしたら手下の妖怪をけしかけられたんだよ」
「……そうですか……忠告ありがとうございます。気を付けます」
情報提供してくれた男性に頭を下げ、弘樹は千影たちの待つ車へと戻った。
「お帰り弘樹、何か情報は得られたか?」
「ええ、町の南にある倉庫街で彼の姿を見かけるそうです」
「倉庫街か……」
「あの、何か?」
「いや、願いの力で何でも出せる死者に、倉庫が必要かと思うてな」
「確かに……でもまぁ、東京じゃあ見慣れた景色を作ろうと、無人のビルが建てられているそうですから」
「倉庫街も景色の為か」
多分、そう言って頷いた弘樹の言葉に、千影は分からんでも無いがのと苦笑を浮かべた。
見慣れた景色、そこにあって当然の物。そういった物を人を求めるのかもしれない。
倉庫街も生前、それの近くで暮らしていた者の心の平穏の為、作られたのではないだろうか。
ただ、ずっとあったからといって、それは永遠ではありえない。
時間は常に流れ、時は歩みを止める事無く過ぎ去っていくのだから……。
「うー? ひろ、ど……した?」
「ああ、なんでも……あれ、今、ミアさん喋りました?」
「うー……あう……」
「ぬぅ……少し言葉を覚えたのかのう? ミア、千影と言うてみよ」
「あー……ちー……うー……」
「ちーかーげ、じゃ」
「あー……ちか……うー」
ミアはまだ上手く喋れないようで、あーとかうーを挿みながら、千影と会話を続けていた。
彼女の時間も進んでいるのだなと、弘樹は笑みを浮かべながらジープのアクセルを踏み込んだ。
■◇■◇■◇■
弘樹達が倉庫街には、赤レンガで出来たレトロな倉庫が立ち並んでいた。
倉庫街と聞いて弘樹は灰色のイメージを持っていたが、どうやら観光地にもなっている弘樹もテレビ等で見た事のある場所をモデルにした物のようだ。
「えーっと、この場所の何処かにあの子の拠点が……」
「弘樹、拠点を探す必要はない様じゃ」
キョロキョロと徐行しながら周囲を見ていた千影が、正面を指差し告げる。
白く細い指の先には、鵺に乗った金髪の少年、神薙圭一が眉を寄せこちらを睨んでいた。
「そっちから出向いて来るたぁ、いい度胸してるじゃねぇか? ああ?」
「千影さんとミアさんは車にいて下さい。彼とは俺一人で話をつけます」
「しかし……」
「うーッ!! ミア、やく……たつッ!!」
千影は渋面を、ミアは腕を振り上げやる気をアピールした。
しかし、弘樹は二人に首を振った。
「俺一人なら、たぶんあいつは妖を使わない筈です。それに格闘なら……千影さん、俺は今からあなたを賭けて、あいつと勝負しようと思います……俺を信じてもらえますか?」
弘樹は千影の金の瞳を真っすぐに見た。
「…………信じよう……ただし必ず勝て、あの男は儂の好みでないでな」
「ハハッ……了解です」
冗談めかして言った千影に微笑みを浮かべ、頷き返すと弘樹は、顔を傾け皮肉げな笑いを浮かべた圭一から視線を外す事無く、車を下りて真っすぐに彼を見つめた。
「千影さんは恩人で大事な人だ。君に渡す訳にはいかない」
「ああ、だったらどうしようってんだ? その玩具でどうにかするつもりかよ?」
圭一はホルスターに入ったハンドガンを指差しニヤリと笑う。
「これは玩具じゃない」
「ハッタリは止せ。それに仮に本物だとしてもモンスターには通じねぇ」
「……これは妖にも効果がある。ただ、俺は誰かを無差別に傷付けたい訳じゃない」
そう言うと弘樹はハンドガンをホルスターから抜いて、地面に投げ捨てた。
「……どういうつもりだ?」
首を傾げた圭一に弘樹は口を開く。
「俺と素手で勝負しろ。それで俺が勝ったら妖狩りは止めて、君が使役している妖怪を解放するんだ」
「ああん? そんな事して何の得がある?」
「……俺が負けたら千影さんを君に渡そう」
「へぇ……俺は生きてた時は喧嘩じゃ負けなしだったんだ。後悔するなよ」
圭一は鵺から降りて、弘樹と対峙すると黒革の鋲付きグローブに覆われた拳をスッと持ち上げた。
弘樹も身に着けていた外套を外し、腰を落して拳を握る。
「少しはやるようだな……んじゃ行くぜッ!!」
ブーツがアスファルトの地面を蹴り、ステップを踏みながら弘樹に迫った。
「シュッ!!」
一瞬で間合いを詰めた圭一は、突き出した右拳を握り締めながらひねりを加え突き出す。
ファイトスタイルは恐らくボクシング、懐に潜り込もうとする所を見ると、ボクサータイプではなくファイターだろう。
圭一の拳を捌きながら弘樹は彼の動きを見定めようと、意識を集中させた。
「拳法か?」
「ああ、截拳道だ」
「ブルース・リーかよッ、いいねぇッ!!」
叫びと共に放たれる左フックを後ろにステップして躱し、即座に踏み込み左拳を突き出す。
圭一はそれをスウェーで躱し、右に体を回しながら今度は右フックを放つ。弘樹はその右拳を左手で受け流し逸らせた。
一進一退の攻防は続き、やがて圭一は荒い息を吐き始めた。一方、弘樹は当初と変わらず平然と拳を構えている。
「はぁはぁ……クソッ!! なんつースタミナしてやがるッ!!」
うーん。それって多分、河童さんから貰った大力の所為だと思うんだけど……。
弘樹はちょっとフェアじゃなかったかもと思いつつ、しょうがないよねと試合を続けた。
やがて、圭一の動きは精彩を欠き始め、大振りのストレートを放つ。
その右ストレートを左手でパンッとはたいて逸らせ、弘樹は体幹を失い、向かって右に流れた頭部に右のハイキックを叩き込んだ。
「ググッ!?」
圭一は咄嗟に両腕でガードしたが、攻撃が予想以上に重かったのかガードは外れ、蹴りは額を直撃。
頭部が勢いよく跳ね上がった圭一は、よろめいて後退り膝を突いた。
「クッ……この俺が……一発も入れられねぇたぁ……」
カウンター気味に入ったハイキックで揺らぐ視界を、圭一は首を振って堪えている。
「……俺の勝ちって事でいいかな?」
「クソッ……化け物共を拳で黙らせて来た俺が、こんな奴に……」
「ふむ、決まったようじゃの」
「約束だ。妖達を解放するんだ」
弘樹は片膝立ちの圭一に右手を差し出し、静かに彼を見つめた。
「…………チッ、クソッ、分かったよぉ」
圭一はそんな弘樹を睨んでいたが、やがてプイッと目を反らし差し出された手を握り返した。
弘樹は笑みを浮かべ、手を引いて圭一を立たせる
「……宵闇、氷柱、笹姫……こっちに来い」
圭一に呼ばれた鵺、雪女、絡新婦の三体の妖はその言葉で圭一に歩み寄った。
彼は、その三体の首に巻かれた黒いベルトを外し「これでお前らは自由だ。どこでも好きな場所へ行けよッ」と吐き捨てる様に言い放つ。
「……本当にいいのですか?」
真っ白な女が圭一に問い掛ける。
「ああ? そう言ったろう」
「ヒョーウ……」
異形の獣が悲しそうに鳴き圭一にすり寄る。
「圭一は名前をくれた……それに巣から出て幽世を旅するのは楽しかった」
蜘蛛の手足を持つ娘はそう言って圭一に笑みを浮かべた。
「……あなたは、そもそも私の正体を知って一緒にいる訳ですし、袂を分かつ必要は無いと思うのですが……」
雪女の氷柱は少し照れた様に圭一から視線を逸らしながら呟く。
「お前ら…………しゃあねぇ……一緒に来てくれるか?」
「うむッ!!」
「ヒョーッ!!」
「……参りましょう」
どうやら妖達は首輪で繋がれた事だけで圭一に付き従っていた訳ではない様だ。
「もう一つの約束、妖狩りを止めるってのも忘れるなよ」
「分かってるよッ!! うるさい野郎だ……そうだ、お前」
「お前じゃなくて、瀬戸弘樹だ」
「んじゃ、弘樹。お前は何を求めて幽世をうろついてる?」
「俺は生身のまま幽世に迷い込んだ……俺は現世への道を探してるんだ……」
弘樹の答えを聞いた圭一はニヤッと笑い、小さく頷いた。
「現世への道……なるほどねぇ、それで異世界エレベーターって訳か……一つ情報をやる、多分、エレベーターじゃ元の場所には帰れねぇ。帰りてぇなら東京にいる時空のおっさんを頼りな。おっさんは酒と酒の肴、それと煙草を持って行きゃ融通を利かせてくれるって話だ」
「酒と肴、それに煙草……」
「ああ、精々美味い酒とつまみ、おっさん好みの煙草を用意するんだな……んじゃな。あばよ弘樹」
圭一は後ろ手に手を振ると鵺の宵闇に跨り、二人の異形の女と共に幽世の空に消えていった。
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