隠形鬼
苔むした神社の境内、石畳の上で目を回した大蛇の頭を千影がドカッと蹴りつける。
「起きよ」
「千影さん、乱暴過ぎます」
「弘樹、お主はまっことお人好しじゃのう……よいか、こやつは儂ら三人を喰おうとしたのじゃぞ」
「うーッ!!」
ミアがそうだそうだと六本の腕を振り上げる。
「だとしても、気絶してる人を蹴るのは……」
『うぅ……生まれ出でて八百年……神と祀られた我がこうも容易く……』
「ふむ、起きたか蛇神。子供を諦め、ここより去るなら強引に祓う事はせずにおく」
『ぐっ……貴様は何者だ? 名無しの鬼ではあるまい……』
「儂は隠千影。とおの昔に隠居した唯の鬼よ」
『隠……そうか、貴様、隠形鬼じゃな』
隠形鬼? 首を捻る弘樹に苦笑を浮かべ、千影は蛇神に視線を戻す。
「儂が何者であるか、さような事はどうでもよい。去るか、あくまで子供を狙うか。どちらじゃ?」
『……隠形鬼と事を構えようとは思わぬ。他の鬼が出てきても面倒であるしな……くッ……久しぶりに見つけた力ある子供であったに……口惜しや……』
呟きと共に大蛇の姿は霞む様に消え、神社も参道も気が付けば森に変わっていた。
「全部消えた……これで、将太君は……?」
「うむ、恐らく大丈夫じゃろう」
「あの……千影さんは隠形鬼っていう鬼なんですか?」
「……いずれ分かる事か……いかにも、儂は主様、藤原千方様に仕えし鬼の一匹、隠形鬼じゃ」
「藤原千方……大昔の貴族か何かですか?」
「主様は豪族じゃ。儂らを、四匹の鬼を率い朝廷に弓を引いたな……じゃが、儂らは敵の大将の和歌によって術を封じられ、退散を余儀なくされてのう……情けない話じゃ……」
そう言って千影は自嘲を含んだ笑みを浮かべた。
朝廷に弓を引く、現在で言えば政府に反乱を起こしたという事だ。
だが、千影達は大将と戦う前に和歌で退散させられた。武人である千影にとっては苦い記憶だろう。
「えっと、言いたくない事を言わせちゃったみたいで……」
「フフ、お主はほんにお人好しじゃの」
千影はそう言うと、黒鉄の棒を消して弘樹に歩み寄り、背伸びしてポンポンと彼の頭を撫でた。
「……千影さん、だから俺は子供じゃないですって」
「以前、言うたじゃろう。儂にとっては弘樹も将太もさして変わらぬ」
「うぅ、将太君と同じ扱いは流石に止めて下さい……あの子はホントに子供じゃないですか……」
「うーッ!!」
じゃれていないで早く来い。そう言いたいのだろうミアの声に弘樹と千影は苦笑を浮かべ、つい先ほどまで神社だった森を出て、住民の待つ集会所へと向かったのだった。
■◇■◇■◇■
「ではもう将太は……」
「蛇神は去ったし、狙われる事は無いと思います」
「そうですか!! ありがとうございます!!」
集会所では千影たちを待っていた将太の両親が、報告を聞いて涙を浮かべながら弘樹達に礼を言ってくれた。
「追い払う事が出来たのは千影さんやミアさんが頑張ったからですよ。俺はその手伝いをしただけで……」
そう言って弘樹は将太の頭を撫でる千影とミアに目をやる。
「ありがとう!! お姉ちゃんッ!!」
「フフ、良かったのう」
「うー」
千影とミアは目を細め、交互に将太の頭を撫でていた。
「いや、俺達じゃどうにも出来なかった神様から、将太を助けてくれたんだ。本当に感謝してるよ」
「そうだ。礼は何がいい? 俺達、死者は願えば大抵の物は出せるぜ」
「そうですね……じゃあ、この弾と同じ物を作ってもらえますか?」
弘樹はそう言ってハンドガンとライフルの弾を西宮に渡した。
弾丸には紋様が刻まれており、それが破邪の印となっているらしい。
弾は佐々木達の居た療養施設から持って来ていたので、まだ余裕はあるが補充出来る時にある程度確保しておきたかった。まぁ、それは理由としては半分なのだが……。
「変わった模様の入った弾だね?」
「使ってた人は破邪の印とか言っていました。神社にいた神様にも効きましたし、皆さんも護身用に持っていてもいいかもしれません。その弾を使う銃はこれです」
弘樹は背負っていたアサルトライフルとホルスターのハンドガンを西宮に差し出す。
「なるほどね……」
弘樹の真意を読み取ったのか、西宮は笑みを浮かべて弘樹の胸をポンと拳で叩いた。
「恩に着るよ。これでもし、また別の妖や神様が出ても俺達だけで対処出来る」
「出来れば銃なんて持たない方がいいんでしょうけど……あの神様は問答無用だったので……」
ポリポリと頭を掻いて笑った弘樹に、西宮も違いないと苦笑を浮かべた。
報告の後、集落の人々から弘樹達は集会所で歓待を受けた。
願いで生み出された食材で作られた料理に舌鼓を打っていると、住民の一人から東にある異世界エレベーターのあるマンションについて、追加で情報を得る事が出来た。
「そのマンションがある一角は、ちょっとした町みたいになってるんだけど、最近その町におかしな人が住み着いたって噂を耳にしてね」
いかにも噂話が好きそうなその中年女性は、手で口元を隠しながら弘樹に囁いた。
「おかしな人ですか?」
「ああ、何でも手下の妖怪を引き連れて、妖怪を狩ってるそうなんだよ」
「妖を狩る……」
どうもまた佐々木達と似たような事をしている者がいる様だ。
蛇神は死者たちにとって迷惑な存在だったが、全ての妖がそうでは無い事を知っている弘樹は、多分に妖に同情した。
「狩ってどうするんです?」
「そこはよく分からないんだよねぇ……あんた、女の子の妖怪を二人も連れてるんだから、気を付けた方がいいよ」
女性は集落の長からお酌を受けている千影たちに、チラリと視線を向けながら囁いた。
「分かりました。ありがとうございます」
超常の力を持つ千影やミアがそう簡単にやられるとは思えないが、その人物は妖を手下にしているらしいし、もしかしたら陰陽師や徳の高いお坊さん的な、妖を祓う力とかを持っているのかもしれない。
そんな事を考えながら、お酒を飲み頬を赤らめている千影の横顔を弘樹は眺めた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




