新たな集落
翌日、十分に休息を取った弘樹達は装備を整え出発の準備を行った。
弘樹は太ももにホルスターを装着しハンドガンを込め、腰のベルトには予備のマガジンを入れたポーチを二つとナイフを装備していた。
ミアは上半身に袖部分を外し、脇を切った迷彩服を着てもらい、その上から防弾ベストを装備してもらった。
むき出しの六本の腕は寒そうだったので、実働部隊の隊員が使っていたと思われるアームガードと指先の出たグローブを付けて貰った。
長い髪は纏め千影にお団子にしてもらったので、髪に隠れていた顔も良く見える様になった。
「ミアさん、もしかして俺より年は上ですかね?」
「うー?」
「妖は人の想いによって生まれてくる。見た目で年齢を推し量る事は無意味じゃ」
「なるほど……じゃあ、最初から大人の姿で生まれて来るんだ……」
「天狗や狐、河童の様な種族として認知されている者は子を生し暮らしておるがの」
そんな話をしながらホロ付きのジープの荷台にライフルと弾薬、当面使う予定の無い太刀、そしてミアを乗せ、南東、東京を目指し施設を出発した。
雪の積もった森の中を走り、施設を取り巻いていた柵を千影に破壊して貰い走る事、しばし、柵を抜け森を出る頃には日は大分高い位置に登っていた。
「弘樹はこの車という物を運転出来たんじゃな」
「ええ、一応、高三、十八の、時に、免許は、取って、いたので」
流石に軍隊で使われていた車両で四駆という事もあり、雪道でもスタックする事は無かったが結構揺れは大きく、弘樹は途切れ途切れに返事をするのが精一杯だ。
「さようか……初めて乗ったが、少々揺れるが中々に快適じゃの」
「そ、そう、ですか?」
舗装されていない地面を、チェーンを付けたタイヤで走っているのでかなり揺れているのだが、千影は平然と座っている。
ミアも荷台で楽しそうに景色を眺めていた。
うーん、妖は三半規管が強いのかもしれない。
そんな事を弘樹が考えながらハンドルを握っていると、雪の地面に轍が見えた。
「あっ、この辺は、人が、住んで、いるみたい、ですね」
「その様じゃのう……」
轍に沿い車を走らせていると、やがて五十軒程の集落へと辿り着く。
雪に覆われた集落には、家以外にも神社らしき鳥居のある建物も存在していた。
弘樹は現世への帰還の為、情報収集も兼ねて、住民に話を聞いてみる事にした。
「えっと、この集落でも現世へ行く方法がないか聞いて見たいんですが……」
「ふむ、了解じゃ。ミアもそれでよいかの?」
「うー」
千影の問い掛けに荷台に座っていたミアも頷きを返す。
「じゃあ、早速……あ、千影さんとミアさんは車で待ってて貰えますか?」
「うー?」
「ミア、儂らの姿を見て、住民が怯えても面倒じゃ。ここは大人しく待つとしようぞ」
「うー……」
少し不満そうなミアに「ごめんなさい」と頭を下げた後、弘樹は一番近い家の前に車を止めて、ジープから降りた。
玄関に近づくと以前、立ち寄った優子の住んでいた家よりは近代的な作りが見て取れる。
インターホンにはカメラが付いており、ドアも引き戸では無く戸建て住宅でよく見る、手前に開くタイプの二枚戸だ。
インターホンを押すと「はーい」と男の声で返事が聞こえた。
「……えっと、どちら様?」
「俺は瀬戸弘樹、大学生です。実は俺、生身のまま、幽世に来ちゃったみたいで……」
「生身のまま!? そりゃ大変だ……」
「それで、現世に帰れる方法を探してるんですが……何か噂でもいいので知っていたら教えてもらえないでしょうか?」
「現世にねぇ……ちょっと待ってね……」
インターホンの反応が消え、少し待つと、玄関扉のすりガラスに人影が写った。
カチャリと鍵が開く音がして、中から黒髪で顎鬚の三十前後の男性が姿を見せる。
「お待たせ……インターホンの画面じゃよく分からなかったけど、君、変わった格好してるねぇ」
男は弘樹の全身を眺めて苦笑を浮かべる。
「ハハハッ。実はこっちに迷い込んだ時、鬼の女性に助けられまして……この格好は彼女に用意してもらったんです」
自分でも随分古風な格好していると自覚していた弘樹は、男性に乾いた笑いを返し、こうなるに至った経緯を説明した。
「鬼の女性……ねぇ、やっぱり鬼って強いの?」
「他の鬼さんの事は知らないですが、彼女はメチャメチャ強いですよ」
「メチャメチャ……噂を教えるからさ、その人、紹介してくれないかな?」
「紹介ですか? 構いませんが……」
「ホントにッ!? 助かるよッ!!」
男はそう言うと、弘樹の右手を両手でつかみブンブンと上下に振った。
「あわわッ!?」
「僕は西宮徹! 実は今、この集落で困った事が起きててね!」
「こ、困った事ですか?」
弘樹の言葉で西宮は少し落ち着いたのか、両手を放し眼鏡をクイッと押し上げた。
「うん、その辺の事をその鬼の女性も交えて話したいんだけど……その人、この近くに住んでるのかな?」
「あ、一緒に帰る方法を探して旅をしてるんです」
「旅を? じゃあ近くにいるんだね?」
「はい、車に乗ってます」
一緒にいると聞いて西宮は瞳を輝かせた。
「それじゃあ、会わせてもらえるかい?」
「分かりました……そうだ、もう一人連れがいるんですけど、その娘も妖で……」
「妖二人と旅をしてるの? 君、格好だけじゃなくて行動も変わってるねぇ」
「ハハハッ」
西宮の言葉に弘樹はその日、二回目となる乾いた笑いを上げたのだった。
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