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幽世放浪記  作者: 田中
異形の女と異界への穴
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懲りない奴ら

 療養施設の廃墟の屋上、その上空を青い鱗の龍が泳いでいる。


「ありがとね!! 弘樹(ひろき)千影(ちかげ)、ミア!!」

「皆さん、お気を付けてッ!!」

太郎(たろう)、寄り道するでないぞ!!」

「分かってるよッ!!」

「うーッ!!」

「もっ、もっ!!」

「皆元気でねッ!!」

「海に来る事があったら、鱗を水につけて!! 竜宮に案内してあげるから!!」


 龍の背で手を振る妖怪たちに屋上に残った三人も手を振り返す。

 仙薬を求める集団に囚われていた妖は、その中の一人、龍の太郎がそれぞれの故郷に送る手筈となった。

 彼らからは礼として、河童の(しずく)とかまいたちの紅葉(もみじ)からは薬。龍の太郎と人魚の真珠(しんじゅ)からは鱗、そしてぬっぺほふからは肉の欠片を貰う事になった。


 弘樹は礼はいいと言ったのだが、恩には恩で返すのが妖の流儀らしい。


「了解でーすッ!!」


 両手を口に当て、弘樹は叫び声を上げて大きく手を振った。

 遠ざかって行く龍を見ながら千影が弘樹に問う。


「さて、次はどうする?」

「そうですね……ここの穴は現世に通じていましたが、それは俺の知る現世じゃないみたいでした……やっぱり、当初の予定通り東京を目指そうかと」

「うーッ!!」

「なんじゃ、ミアも一緒に行くと申すか?」

「うー」


 千影の問い掛けにミアはうんうんと頷きを返した。


「ふむ……天狗の勾玉であっても、こやつを抱えて飛ぶのはいささか荷が重そうじゃが……」

「いいんじゃないですか。歩いていけば」

「弘樹がそれでよいなら、儂は構わんが……」

「うーッ!」


 ミアは一緒に行けるのが嬉しかったのか、六本の手を弘樹と千影に回し抱きついた。


 そんな弘樹達の下、廃墟の地下では森から戻った実働部隊の佐々木(ささき)達が、研究室の惨状を見て呆然と立ち尽くしていた。


「……隊長、妖怪共を逃がしたガキと鬼女の話じゃ、博士達は仙薬を使ってこうなったと……」


 一足先に研究室に駆け付けた見張りの男は、銅像や土くれ、床の染みに姿を変えた研究者達を虚ろな目で見つめながら、ぼそりと呟いた。


「隊長、どうしますか?」

「どうするも何も、こんな風に体がなっちまうんじゃあ商売あがったりだぜ」

「じゃあ?」

「取り敢えず、残った薬とデータは回収。別口で生身を手に入れる方法を探すとするさ。ついて来たい奴は付いて来い。薬を試したい奴は好きにしな」


 佐々木の言葉で何人か足を踏み出しかけたが、結局、誰も薬の入ったピストル型の注射器に手を伸ばす者はいなかった。


「はぁ……仙人の体が手にはいりゃ、現世で幅を利かせられると思ってたんだがなぁ……」

「隊長、ここは東洋じゃなくて、西洋、賢者の石ってのに賭けてみませんか? 噂じゃ関西の方で錬金術を研究してる奴がいるって話です」

「仙薬の次は賢者の石かよ……錬金術ねぇ……そうだ! 錬金術には確か人造人間(ホムンクルス)ってのがあったよな?」

「アニメでもやってたフラスコの中で作る奴でしょう?」

「そう、それだよ! 仙薬も失敗したとはいえ材料はあったし、薬も形になった。だったらホムンクルスも出来るんじゃねぇか? そいつに俺達の意識を移植すれば……」

「生身の体が手に入る?」


 部下の言葉に佐々木はニヤッと笑みを浮かべた。


「よし、まずはその錬金術の研究者と接触を図る為に西へ向かうぞッ」

「了解ですッ!」


 どうやら佐々木達は懲りずに別の方法を探し、関西方面に向かう事を決めたようだ。

 廃墟を出た彼らは大型の輸送ヘリを生み出し西の空へと飛び立った。


 そんな佐々木達を屋上から見ていた弘樹達は、屋上の塀に身を隠し彼らが去るの見送った。


「仙人になるのは諦めたようじゃな」

「みたいですね……でも何処へ行くんだろう?」

「さてのう……」

「うー……」

「とにかく、俺達も先に進むとしましょうか」

「そうじゃな。その前に、今日はここで休むとしようぞ」


 千影の言葉で気付いたが時間は昼をとうに過ぎ、日は傾き始めていた。


「なら、地下を本格的に探索しましょう。きっとあの人達が生活してた区画もある筈です」

「じゃな。風呂があれば浸かりたいのう」

「いいですね。食べ物もきっとあるでしょうから、今日は保存食以外も食べれそうですね」

「うーッ!!」


 その後、地下を探索した結果、実働部隊の佐々木や、研究者の本間(ほんま)達が使っていただろう居住スペースの他、食料庫には願いの力で出したのだろう、大量の食料が残されていた。

 また地下駐車場には小型のジープが数台と、ライフルやハンドガン等の武器と装備類が、そして居住区内には千影が欲していた風呂も存在していた。


「ハンドガンとライフル、あと弾薬はいくらか持って行きましょう」

「ぬッ、何故じゃ? 弘樹はそれを扱えるのか?」

「いえ、触った事もありません。使い方は映画とかで見た事あるので何とかなると思いますが……」

「使い慣れん物を持つのは危ない気がするが……」

「……ミアさんが撃たれた時、もし俺が佐々木さんから銃を奪って持っていれば、当たらないまでも牽制ぐらいは出来たと思うんです」


 本間がリボルバーをミアに向けた時、弘樹が銃を乱射すれば流石に本間も怯んだ筈だ。

 その怯みがあれば千影なら、彼を取り押さえる事が出来ただろう。

 そうなっていれば、研究者達は仙薬を打つ事もなく、助かっていたかもしれない。

 誰かを撃つのではなく、局面を打開するカードの一つとして弘樹は銃を選択肢に入れたのだった。


「そうじゃな……幽世には雫達の様な気のいい連中以外に、危険な妖も潜んでおる。身を守る為に持っていても良いかもしれんな……」

「……はい」


 そんなやり取りの後、三人は食料庫の食材で料理、男所帯だった為か肉が豊富にあったのでその日は焼肉となった、に舌鼓を打ち、銭湯の大浴場の様な風呂で汗を流し、実働部隊が寝起きしていただろう大部屋で三人、川の字になって眠りについた。


 ちなみに地下には確かにマンホールの様な穴があり、そこから梯子が下ろされていた。

 一応、弘樹はその梯子を下りて街の様子を調べた。

 街は弘樹が住んでいた日本と変わらない様子ではあった、しかしゴミ箱に捨てられていた新聞に書いてあった出来事、主に政治関係の事が弘樹の知る情報と違っており、佐々木の言葉を裏付ける事となったのだった。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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