五行の理
仙人になろうとして消えた研究者達、ボンヤリとその成れの果てを見ていた弘樹の耳に「うー……」という苦し気な声が聞こえて来る。
「ミアさんッ!?」
その声でミアが破邪の印を刻まれた銃弾を受けていた事を思い出した弘樹は、慌てて彼女の下に駆け寄った。
千影も弘樹に続きミアの側にしゃがみ込む。
銃弾はミアの六本ある腕の左側、一番上の肩を抉っていた。
「うわ、滅茶苦茶痛そう……」
「ぬぅ、弾は抜けておるようじゃな……ミア、これで傷口を押さえるのじゃ」
「うー……」
千影から布を受け取り、自分の左肩を押さえたミアは痛みで顔を歪めた。
その顔を見た弘樹も思わず眉を寄せ顔を歪める。
「そうだ!! 雫さんやかまいたちさんの薬が何処かにある筈ッ!!」
「そうじゃったッ!! この部屋にはそれを取りに来たのじゃったな!!」
千影は室内に視線を巡らせ、やがてガラスの保冷庫に入れられた壺に目を止める。
「弘樹、ミアを保管庫に運べ!! 儂は薬を持ってくる」
「了解です。ミアさん、少し辛抱して下さい」
「うー……」
弘樹はミアを抱き上げると、彼女の尾を引きずりながら河童の雫達がいる保管庫へと向かった。
千影は保冷庫に入れられた二つの壺の他、一緒に並べられていた龍の角、雫の物だろう水掻きの付いた左手を抱え弘樹の後を追った。
保管庫に駆け込むと助け出した妖達の目が弘樹達を捉える。
「何があったの!?」
「ミアさんが撃たれて」
「ああ、こいつ等の持ってる武器の矢じりは魔を祓う呪が掛かってるからなぁ」
龍は自分が撃たれた時の事を思い出したのか、気絶している二人の見張りに目を向け顔を顰める。
「暢気な事、言ってる場合じゃないよッ! あたいの薬は取って来てくれた!?」
「うむ、この二つのどちらかじゃろう?」
かまいたちが壺を抱えた千影に駆け寄り、ピョンピョンと飛び跳ねる。
そんなかまいたちに千影は抱えていた二つの壺を床に置いてやった。
「あたいの薬はこっちだ。もう一つは河童の秘薬だね。雫、あんたの左手もあるよ! 太郎、あんたの角も取り返してくれたみたいだよッ!」
「わっ、ありがとうッ!!」
「おいらの角ッ!! ありがとう千影ッ!!」
「うむ、それでミアは……?」
喜ぶ雫や龍の太郎に頷きを返し、千影は弘樹が床に横たえたミアに視線を向けた。
顔を歪めるミアの側で、薬を手にしたかまいたちが壺の薬を銃弾で抉られたミアの肩に塗る。
ドロリとした緑色の液体がしみ込むと、それまで苦悶の表情を浮かべていたミアの顔がスッと和らいだ。
「取り敢えずはこれでいい筈、あとは雫の薬も塗れば、抉れた肉も治る筈だよ」
「ありがとうございます」
「なに言ってんだい、礼を言うのはこっちの方だよ」
かまいたちはそう言うと、黒い目をキュッと細めた。
その後、弘樹達は切られた左腕を薬で繋げた河童の雫に、ミアを癒して貰った。
彼女はその後、かまいたちの紅葉と協力し、傷付いていた龍の太郎と人魚の真珠、謎の肉塊を薬で癒した。
「ふぅ……これでようやく逃げられるねぇ」
「もっ、もっ」
雫達に話を聞けば、謎の肉塊、崩れた人の顔の様な胴体に手足が付いた妖は。ぬっぺっぽふという名前らしくその肉を食せば、多くの力を得る事が出来るそうだ。
「うーッ!!」
かまいたちと河童の薬で復活したミアも勢いよく、六本の手を振り上げている。
「ミアさん、大事なくて良かった……じゃあ、後は……」
弘樹は気絶させた見張りの二人に視線を向けた。
「どうする気じゃ弘樹?」
「この二人を起こして仙薬を使った人達の顛末を伝えておきます」
「……ふむ、そうじゃな。さすればこやつらも仙になろうとは思わんじゃろう」
「ねぇ、薬を使った奴らはどうなったの?」
「水になったり、金属の彫像になったり、炎を噴き出して燃え尽きたり……ともかく全員、助からなかった」
「水に金に炎……五行の理が崩れたんだね」
雫はそう言うと小さく頷いた。
「五行の理?」
「うん、万物、この世界にある物は全て、火、水、木、金、土から出来ていて、五つは互いに循環しあい、相生と相剋を繰り返して循環してるんだって」
「うむ、人も我ら妖も五行によって形を成しておる、薬を飲んだ者達は精神体となった事で、感情に引きずられ五行のどれかに大きく傾いたのじゃろう」
「なるほど……だから木になったり土になったりしたのか……」
「あたしら河童は水の力が強いけど、それでもそれ以外の力も持ってる。片より過ぎは良くないって長老も言ってたよ」
説明された五行思想について、弘樹は漠然としたイメージしか浮かばなかったが、バランスが崩れれば良くないだろう事は感覚で理解出来た。
火が多いのは大火事を想起させたし、水が多いのは洪水を思い起こさせた。
「うぅ……なッ!? 妖怪共が!!」
「起きたか、丁度良い」
「うっ、お、お前は鬼か!?」
「さよう。儂は鬼じゃ。そんな事よりお主ら、仙となり現世に行こうとしていたようじゃが……?」
「クッ、なんでその事をッ!?」
「その計画は破綻しましたよ」
「何だとッ!?」
その言葉に思わず目を見開いた男に、弘樹は研究室で何が起きたかを語って聞かせた。
「嘘だッ!! 博士達は成功は確実だと!!」
「確かに仙になる事には成功したの」
「ならッ!!」
「じゃが、精神修養をせずに仙となった事で、その身は様々な形で朽ち果てた。嘘じゃと思うなら奴らのいた部屋を覗いてみるといい」
千影はそう言うと、見張りの男の手錠の鎖を生み出した鉄棍の一撃で破壊した。
見張りの男は千影を怯えた目で見つつも仲間を揺り起こし、檻から抜け出た雫達を見て混乱する仲間を連れて保管庫から逃げ去った。
「これで、彼奴らも二度と仙になって現世に行こうとはせんじゃろ」
「ですね……えーっと、それじゃあ脱出しましょうか?」
「賛成ッ!!」
「でも脱出ってどうするの? 周りはあいつ等の仲間が固めてるんでしょ?」
「屋上から飛んで逃げましょう」
弘樹の提案に雫が嘴を曲げる。
「飛んで逃げるって、あたしら飛べないんだけど!」
「もっ、もっ」
「じゃあ、おいらが運んでやるよ」
角を雫達の薬で癒された龍の太郎が、首を伸ばし雲を呼ぶ。
「みんな、乗んなよ」
雲を纏いふわりと浮いた太郎はそう言って雫達に笑い掛けた。
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