仙薬
「俺達は薬を作ってるのさ。特別な妖怪共を材料にした薬をな。今はその効能の実験中って訳さ」
自身の持っていた手錠で木に拘束された男は、弘樹達を見上げそう答えた。
「妖怪の薬?」
「ああ、妖怪や妖精、そんな奴らが生み出すモノや奴ら自身の体は薬になる。その薬を使って不老不死の肉体を得て現世に返り咲く。それが俺達の望みだ」
そう言うと男は傷痕の残る唇をニヤリと曲げた。
「ふむ、不老不死の肉体……仙薬か」
「仙薬?」
「うむ、古代中国において、不老不死の仙人になる為に必要とされた薬じゃ、仙丹とも呼ばれるらしいがの」
「……その仙薬がこの奥で作られているんですか?」
弘樹は男に視線を戻し尋ねる。
「ああ、幹部共、現世じゃ歴史や民俗学を研究してた学者共の他、薬の研究をしてた奴とかが意気投合してよぉ」
「ふむ、仙薬の材料は現世ではおいそれと手に入らぬ。じゃがここ幽世では手の届く所にあるからの」
「そういう事だ。俺達は学者共の要求する材料を集める実働部隊さ。ひとまずの材料が集まったんで、周囲を柵で囲ってその材料集めの途中で捕まえたその女を番犬代わりに置いてたんだが……」
「うー……」
「ミアさん、駄目ですよ……でもなんでそんな事を?」
男を睨むミアを制止し、弘樹は首を捻り男に尋ねた。
「へッ、現世に帰れるって知ったら、死者共が押し寄せてくるだろうが」
男の答えに弘樹はきさらぎ駅の列車の中にいた死者たちを思い出した。
彼らは不確かな噂に縋り、列車に乗り込み囚われの身になった。
そんな彼らがここの事を知れば、確かに危険を顧みず乗り込もうとするかもしれない。
「じゃあ、本当に現世に繋がる穴はあるんですね?」
「ああ、あるさ。だがお前のいた現世と同じとは限らんがな」
「えっ? どういう事です?」
眉を寄せる弘樹を見て男はニヤッと唇を曲げた。
「並行世界って知ってるか? 似ているが別の歴史を辿った世界だ。お前の世界の総理大臣は誰だ?」
「え、今は武田総理ですけど……」
「穴の向こうへ行った奴の話じゃ、松村って悪党が総理大臣をやってるらしいぜ」
「松村って、たしか外務大臣だった筈じゃあ……?」
大して政治に興味がある訳ではないが、ニュースを見ていれば大臣クラスの政治家の名前ぐらいは憶えている。
それにこの状況、ミアの呪いで脅されている現状で、男が嘘を言う意味はない様に思える。
「さてねぇ、俺は仙人として生き返れるなら、ちょっとぐらい違っても構わねぇし、信じる信じないはお前の勝手だ」
「……違う世界……」
「どうする弘樹、こやつの言葉が正しいなら、穴に入ってもお主の望む世界には帰れぬようじゃが……」
「……ともかく、施設に行きましょう。帰れる帰れないは別にしてどんな事をしているのか、自分の目で確かめたいです」
「見てどうすんだよ?」
「非道な事をしている様なら、止めたいです」
弘樹の言葉を聞いた男は皮肉げな笑みを浮かべた。
「非道ねぇ……青臭いガキの理論だぜ。世の中は綺麗事じゃ成り立たねぇんだよ」
「……そうでしょうね」
「分かってんなら回れ右して帰れよ」
「帰りません……俺はこの世界で、自分の心のままに生きるって決めたんです……」
そう言うと弘樹は男の部下の一人から防弾ベストを脱がし、鎧の上から身に着けた。
「俺は施設を確認に行きます……千影さんとミアさんは……」
「弘樹が行くなら儂も行く」
「うーッ!!」
戦争に使う様な銃器で武装した相手だ。
先程の手並みを見れば、千影とミアなら大丈夫とも思えたが危険な事に変わりはない。
「じゃあ、二人もこれを着て下さい。銃弾……銃の矢を防げます」
「ふむ、鎧の上からか……ちと窮屈じゃの」
「うー……うーッ!!」
「あ、ミアさん、上手く着れないからって癇癪を起さないで下さい……えっと、脇の部分を調整すれば……」
六本の腕を持つミアにはベストは着ずらかった様で、苛立ちで顔を歪めていた。
そんなミアを宥め、弘樹はベストの脇部分を折り曲げ、紐で補強する形で止めてやった。
「うーっ」
「どういたしまして」
「兄ちゃん、一体何する気だ?」
「さっきあなたは、妖怪の体を材料にしてるって言いましたね」
「それがどうした?」
「こっちに来て、妖怪にも知り合いが出来たので、助けられるなら助けようかと」
男は弘樹の言葉に訳が分からないと困惑した様子を見せた。
「そんな事して何の意味がある? お前に何の関係もねぇじゃねぇか?」
「確かに何の関係もないですけど……知性を持った生き物が殺されるのはちょっと……それに仙人って様は神様みたいなものでしょう? そんな人達が現世に現れたら色々迷惑じゃないですか」
「だからお前に関係ねぇだろッ!?」
確かに関係はない、しかし、弘樹の知る仙人、主に漫画やアニメの知識になるが、は宝貝と呼ばれる武器を使い、強力な力を振るっていた。
それに仮にそんな強力な武器が無くとも、不老不死の人間が、それも簡単に人に銃を向ける様な者達がする事は犯罪以外考えにくい。
「……確かにこれは俺の我儘ですね。それじゃあ」
弘樹はそう言うと男を置いて柵の中央、研究者達がいるという施設に向かい歩みを進めた。
■◇■◇■◇■
柵からニ十分程歩いた所で、森の中にそびえるコンクリート造りの建物の姿を確認出来た。
油取りが言っていた様に、外観は病院や療養施設といった佇まいだ。
廃墟だと油取りからは聞いていたが、窓ガラスが割れた様子も無く、施設に長年放置された様な痛みは確認出来なかった。
木陰から施設を窺うと正面の入り口には先程、弘樹達を襲った者たち同様、ライフルを手にした者が二人、見張りをしていた。
「……なるべく騒がれずに侵入したいですね」
「ふむ、では儂が分身で……」
「ちょっと待って下さい。ここは俺に任せて貰えませんか?」
弘樹はそう言うと、首に下げた勾玉を握り締めた。
勾玉が光を放ち弘樹の姿は先程、隊を率いていた男の姿になった。
「なるほど、奴らの姿を借りるか……では儂も」
千影も勾玉を取り出し男達の一人に化ける。
「うー」
「えっと、ミアさんは……」
ここで待っていて下さい。弘樹がそう言う前にミアの姿はかすみ、視認出来なくなる。
「うー」
「……ミアさん、姿が消せるんですね……じゃあ、こっそり着いて来て下さい」
「うー」
弘樹達が見張りの二人に近づくと、彼らは弘樹達に向かって敬礼を返した。
慌ててそれに敬礼を返し、千影もそれに倣う。
「佐々木隊長、巡回ご苦労様です。それで他の連中は?」
手を下ろした弘樹を見て、見張りの一人が問いかける。
「姦姦蛇螺の柵が破られていた。他の者には付近を捜索させている。俺達は報告に戻った」
「柵が!? あそこを超えて侵入して来た者が!?」
「それも含めて捜索中だ。ともかく上に報告したい、通してもらえるか?」
「了解ですッ! どうぞ!」
見張りの二人は扉を開けると、再度、弘樹達に向かって敬礼をした。
それに敬礼を返しながら佐々木に化けた弘樹と部下に化けた千影、そして姿を消したミアは仙薬を作っているという施設に潜入した。
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