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幽世放浪記  作者: 田中
きさらぎ駅と人攫い
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鮭定食

 翌朝、軽トラで様子を見に来た長老の村田(むらた)は、駅舎で眠るきさらぎ駅に囚われていた人々を見て目を丸くした。


「何とかして欲しいとは言ったけど、本当に救い出してくれるとは……」

「自我の薄いきさらぎ駅を油取りという妖が操っておったのじゃ」

「その油取りさんを千影(ちかげ)さんが懲らしめて、みんなを……生者も死者も解放させたんです」

「そうなんだ……しかしこれは……どうやって運ぼうか……」


 駅舎で眠っている人々は総勢で二十九人、現在はきさらぎ駅のホームにいる為、眠っているが、ここから離れれば目を覚ますだろうと油取りは言っていた。

 それはいいのだが、問題はどうやって運ぶかだ。


「そうだ、村田さんの願いでバスを出せば……」

「車の運転は出来るけど、僕はバスなんて大きな車、安全に運転する自信はないよ……はぁ、しょうがない。村の人間全員でピストン輸送するしかないな」

「あの村って何人ぐらい住んでいるんですか?」

「今は六人だったかな……そもそも、あんまり干渉されず、のんびり暮らす為にあの村にいる様な人が殆どだから、優子(ゆうこ)君以外、手伝って貰えるかどうか……」


 そう言って村田はポリポリと頭を掻くと、取り敢えずと助手席に一人、荷台に二人、この二人は弘樹(ひろき)達が運んだ、眠っている人を乗せ、荷台の二人はロープで落ちない様に固定した。


 なんだろうか、千影が片足のおじさんを列車に投げ込んだ時にも感じたが、幽世に住む人達は何となく、他人の扱いが雑な気がする。

 人とは比べ物にならない力を持つ妖であったり、元は人でも願いを叶える力を持っていたりするからだろうか。


「さてと、それじゃあ一旦、村に戻って皆に声を掛けるから、僕らが戻るまで番をお願いしていいかな?」

「分かりました。朝ごはんがまだなんで、作って食べる事にします」

「そうなの? ちなみに何たべるの?」

「儂が持ち込んだ保存食で何か作るつもりじゃ」

「保存食か……ちょっと待ってね」


 村田はそう言うと手を組み目を瞑った。すると彼の前に笹の葉の敷かれた竹の笊が現れ、その上に鮭に、藁に包まれた何か、豆腐に太葱、それに米等が現れる。


「定食の形で用意しても良かったけど、味付けの事もあるしね。よかったら使ってよ」

「あっ、ありがとうございます……無茶苦茶便利ですね、それ」

「フフッ、幽世は死者が魂を癒す場所らしいからね……じゃあ、一時間ぐらいで戻るから留守番よろしく」

「分かったのじゃ」


 手を振り軽トラに乗り込んだ村田を見送り、弘樹と千影は分担し料理に取り掛かる事にした。


 宿直室にあるキッチンで弘樹が味噌汁を作っている間に、千影が塩を振った鮭を駅の外で焚火を起こし焼く。

 焚火は周囲の森の中で拾ってきた倒木を使った様だ。


 弘樹は昆布と干し椎茸で出汁を取り、豆腐を入れて太葱を散らせた。その間に別の鍋で米を炊く。

 あと藁に包まれた何かは納豆だったので、それも器に入れて良くかき混ぜておいた。


 その後、出来上がった鮭定食に弘樹達が舌鼓を打っていると、村田が村人を連れて駅へと戻って来た。


「いい匂い、朝から豪華だね」


 宿直室に顔を見せた優子が弘樹達を見て笑みを見せる。


「あっ、優子さん、おはようございますッ!」

「おはようじゃ」

「おはよう、弘樹君、千影ちゃん……って、千影ちゃん、その角……」

「あ……」


 優子は千影の角を見て一瞬、驚いた様子を見せたが、すぐに言ってよぉと苦笑を浮かべた。


「すまぬ。妖と死者は幽世でも距離を置いておるでな……怖がらせては悪いと思ったのじゃ」

「死んだ直後なら驚いたり恐がったりしただろうけど、私はぽーちゃんと友達になったんだからさぁ……」

「そうじゃな……悪かった」

「すいません、優子さん」

「まっ、全然いいんだけどね」


 そう言って嘆息し笑みを見せた優子の後ろから、白い帽子の女が顔を覗かせる。


「ぽぽぽ」

「ぽーちゃん、おはよう」

「おはようじゃ、ぽー」

「ぽぽぽッ!!」


 嬉しそうに笑みを浮かべたぽーの後ろ、駅舎の待合室では村人だろう男女が、眠っている死者たちを駅から運び出していた。


「長老が皆の家を廻ってきさらぎ駅に行くぞッ!! って朝から乗り込んで来たから、二人に何かあったのかって心配しちゃったよ」

「そうですか、お騒がせしてすいません」

「……弘樹君、帰れなかったんだね……」


 そう言うと優子は少し困った様な顔で笑みを浮かべた。


「ああ、気にしないで下さい。現世に戻れるかもって情報も得る事が出来たので。それよりすぐにごはん食べて手伝いますね」

「いいのいいの、あの人たちの事は私達でやっとくから、二人はゆっくり朝ごはん食べてて。じゃあ行こうかぽーちゃん」

「ぽぽぽッ!」


 優子は手を振りぽーと共に、きさらぎ駅によって眠らされた死者たちを運ぶ作業に加わった。


「ふむ……これからは人に化けるのは止めるとするかの」

「そうですね……ただ、優子さんみたいな人ばかりじゃないでしょうから……」

「その時はその時じゃ。さて、優子はああ言ったが早う平らげて、村人に手を貸すとしようぞ」

「ですね」


 弘樹と千影はその後、鮭定食をかきこみ、村人達を手伝って彼らの車に死者たちを乗せた。

 その作業の際、千影の角に一瞬ぎょっとする者もいたが、怪異であるぽーが普通に運搬作業を手伝っていたので、すぐに慣れた様子だった。


 大型の箱バンに乗っている村人も数名いたので、残った死者たちは一度で運ぶ事が出来る算段となった。

 村人を送り出し、最後に残った村田が弘樹達に声を掛ける。


「いや、ありがとね。村の元住人もいたからさぁ。胸のつかえが取れたよ」

「お役に立てたなら嬉しいです」

「……村田、あの者たちをどうする気じゃ?」

「うーん……みんな現世に戻りたくて駅に行った人達だからねぇ……千影さん、きさらぎ駅はもう人を攫う事はしないんでしょ?」

「うむ、きさらぎ駅を操っていた油取りには灸を据えたし、狙いは生者から取れる油だった様だしのう……恐らく死者が乗っても、彼奴は叩き出すじゃろうな」

「じゃあ、彼らにはそう話しておくよ……それでも戻りたい人は別の何か探すかもだけどね」


 そう言った村田の顔はどこか寂しい様な、虚しい様な、そんな物を感じさせる笑みが浮かんでいた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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