油絞りと子守唄
「はぅうう、あっ、熱いッ!!」
「これはなんと破廉恥な……」
「へへへッ、流石に若くて健康なだけあって、上物の良い油が取れるぜぇ」
人攫いな妖、油取り。彼の提案を受け入れ現世に行ける噂と引き換えに、油を搾り取る事を受け入れた弘樹だったが、開始後すぐにその事を後悔していた。
油取りが人から油を取る方法、それは下着一枚になった弘樹の体を縛り上げ大の字にして吊るし、その体に揺らめく赤い蝋燭の炎、恐らく通力の炎なのだろう、を翳して、その熱で噴き出た油を金属のヘラでこそぎ取るという物だった。
その様子はまるでSMの様で、弘樹は油売りが妙な事をしない様に、すでにかなり妙な事をされているが、見張る千影の視線が気になってしょうが無かった。
「あッ、熱いです!! 油取りさんッ!!」
「我慢しろよ。高々この瓶一杯分なんだからよぉ」
そう言って油取りが持ち上げた瓶の大きさは牛乳瓶程の大きさで、その瓶の中にはすでに半分ほど油が溜まっている。
「うぅ……そういえば聞いて無かったですけど、その油、なんに使うんですか?」
「あん? こいつは焼き物を焼く時に釜にぶち込むんだ。油が燃えた熱で独特な紋様が焼き物に付いて、結構な値で売れるのよぉ」
「はぁ、やきも、あっ、熱ッ!! 近いですッ!! 火が近いッ!!」
揺れる車内での作業で不意に炎が弘樹の体を翳める。
それを避ける為に体をくねらせるのだが、その際、噴き出た油で弘樹の体はテラテラと輝き、余計に怪しい雰囲気を醸し出していた。
「男だろ、根性見せろやッ!」
「むぅ……段々と弘樹の体が締まって来たような……」
「へへ、ナイス上腕二頭筋だろ? どうだい、このキレッキレの肉体、あんたも見惚れてるんじゃねぇか?」
油取りが油を取る程に弘樹の体はまるで大会に出場するボディビルダーの様に、筋肉の筋が強調されて行く。
「ぬぅ……確かに男らしく美しいとは思うが……」
「千影さん、そんなにマジマジと見ないで下さいッ!! 熱ッ!!」
その後、千影に見つめられながら弘樹は体中を炙られ、全身から油を搾り取られる事となった。
全てが終わった後、顔を両手で覆ってさめざめと泣く弘樹を見て、油取りはニタニタとした笑みを浮かべ、千影は弘樹に外套を羽織らせ、そっとその肩を抱いてやった。
「うぅ……まさか、こんな恥ずかしい事になるなんて……」
「気にするな弘樹、お主は自分の未来の為に体を張ったのじゃ。なんら恥じる所はない。それに余分な油が落ちてスッキリとした分、男っぷりも上がったぞッ!」
「ち、千影さぁん……」
「へへ、ありがとよぉ。きさらぎの攫う奴は夜が深かった所為か、酒に酔って眠ったり、疲れてる奴が多かった。健康で若い人間の油は久しぶりだぜ……今後はお前みたいな奴を狙っていくかねぇ……」
手にした瓶を列車の照明に翳しながら油取りは満足気な笑みを浮かべている。
顔を上げた弘樹はそんな油取りをキッと睨み付け口を開く。
「クッ、とにかく約束です。現世へ行けるという噂、聞かせて下さい」
「へいへい。とその前に服を着な」
「ググッ、わ、分かってますよッ!!」
体中を炙られ噴き出た油をこそぎ取られた事で火照った体を、弘樹は八つ当たり気味に脱いだ服へと突っ込んだ。
■◇■◇■◇■
辿り着いたきさらぎ駅のホーム、その駅舎に取り込まれた死者たちを運び込んだ弘樹、千影、油取りの三人は駅舎に併設されていた駅員の宿直用の部屋で、ストーブの火に当たりながら膝を突き合わせていた。
「こいつは俺が集めた噂の中の一つなんだが、ここから東に向かった山の中に廃墟になった病院……いや、療養施設だったかの地下にある穴の話だぁ」
「地下の穴……もしかして別の世界に繋がっているっていう?」
「知ってるのか? なら話は早ぇ。その施設にゃあ、なんかおかしな連中が住み着いているらしいが、穴に入っちまえば恐らく現世に戻れる筈だぁ」
「何じゃ、そのおかしな連中というのは?」
千影の質問に油取りはさてねぇと肩を竦めた。
「俺はその穴が一方通行だって聞いて、それ以上は情報を集める事はしなかった。まぁ、変な奴がいても隠がいればどうにでもなるだろ?」
「ふむ……どうする弘樹、行ってみるか?」
「そうですね。可能性がある物はぜんぶ見ておきたいですし……」
「そうか、まぁ行くなら気を付けろ。言った通りおかしな連中がいる様だし、他にも施設は怪物が守ってるって噂も聞いたしな」
「怪物ですか……油取りさんも俺から見れば人を超えた怪物なんですが……」
「あん? 俺は意思の疎通が出来るだろうがよぉ。いいか怪物ってのは問答無用で襲ってくる様な奴の事を言うんだよぉ。んじゃな」
そう言うと油取りは椅子から腰を上げ、宿直室を出て行った。
その後、列車の走り去る音が聞こえたので、それに乗って去ったのだろう。
「ふむ、怪物か……弘樹は儂の事も怪物と思っておるのか?」
「えっ!? 千影さんの事は優しい鬼のお姉さんとしか思ってないですよッ!」
慌てる弘樹にさようかと言って、お姉さんのうと千影はクスクスと笑った。
■◇■◇■◇■
油取りが言っていた廃墟の地下にあるという穴。
長老の村田に聞いた似た話では元の世界、つまり弘樹がいた現世では無いようだが、一応、確認しておいた方がいいだろう。
そう結論付けた弘樹は千影と共に廃墟へ向かう事を決めた。
ただ、その日は日も落ち雪もチラついて来たので、きさらぎ駅の宿直室で一晩を過ごす事にした。
列車から救い出した死者たちがいる駅舎にも大型のストーブが置かれているので、彼らが凍える事も無いだろう。
身に着けた鎧を脱いで、千影が宿直室にある小さなキッチンで作ってくれた雑炊を掻き込んだ弘樹は、ほうと一息つく。
「ごちそうさまでした。でもラッキーでしたね。駅舎に宿直室が付いていて」
「ふむ……弘樹。儂にはお主の言う言葉が時々分からぬのじゃが……らっきーとは?」
「あっ、すいません。ラッキーは幸運って事です」
「幸運……確かにの。畳の上で眠れるのは僥倖、ラッキーじゃったな」
千影はそう言うと室内を見回した。
宿直室のストーブからは金属の煙突が伸び、話をしている土間の奥には畳の部屋が見える。
「さて、明日は廃墟探索じゃ。ともかく寝るとしようぞ」
そう言って千影は畳の部屋に上がり押し入れを開けるが、流石に布団までは用意されてはいなかった。
「ふむ……」
小さく頷くと熊の毛皮で作ったという寝袋というか、毛布を二枚、背負い葛籠から取り出した。
その一枚を畳の部屋に敷いて横になると、ポンポンとその敷いた毛布を叩く。
「……あの、千影さん?」
「何をしておる。早う来い、寄り添って眠らんと火があっても凍えるぞ」
「えっ、でも、流石にそれは……」
確かに寂れた社で肩を寄せ合い眠った事はあったが、同じ布団、この場合、毛布だが、に一緒に寝るというのは弘樹の理性的にヤバい気がする。
「ええい、毛皮は二枚しか無いのじゃッ!! 一人一枚では儂は平気でも弘樹は風邪を引くッ!!」
土間に降りると千影は腰の引けた弘樹の手を掴み、無理矢理毛布へ横にならせた。
その後、千影は毛皮の毛布を被り弘樹の体に身を寄せる。
ストーブがあるとはいえ、外は雪が降っており床からは冷気が上がって来る状況だ。そんな中で千影から伝わってくる体温は暖かく心地よかった。
「ほれ、眠れぬというなら子守唄を歌ってやる」
「ああ、眠れます眠れますッ!! だから子供扱いは」
「ねーんねん、ころりよ、おころりよー、坊やは良い子だ、ねんねしなー」
弘樹の言葉をさえぎって、千影は彼の腹をポンポンと叩きながら子守唄を歌い始める。
「うぅ……俺はもう二十歳で日本の法律だと成人、大人なんですよ……」
「二十年しか生きておらん者など、儂にとってはまだまだ子供じゃ」
「はぁ……」
そんな事を言われたら自分はいつまでたっても、恐らく死ぬ間際の老人になっても千影にとっては子供のままだろう。
その事を少し理不尽に想いながらも、自分の腹を叩きながら歌う千影の歌声に弘樹はいつの間にか眠っていた。
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