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幽世放浪記  作者: 田中
きさらぎ駅と人攫い
24/63

淡く揺れる街

 人攫いの(あやかし)、油取り。

 その油取りが操る列車に乗り、弘樹(ひろき)千影(ちかげ)は山中の真っ暗な森の間を走る線路を潜り抜け、街灯が照らす街中の高架へと辿り着いた。

 高架から見える街の景色は淡く蜃気楼の様に揺れている。


「あれは現世の風景が見えてるんだ」


 座席に座りその風景に見入っていた弘樹に油取りが口を開く。


「じゃあ、あそこに行けば俺も?」

「そんな簡単だったら、俺はわざわざこいつを利用したりしねぇよ。見える通り、ありゃ幻……いわば現世の光で出来た影みてぇなもんだ。見えはしても触る事は出来ねぇ」

「ふむ……弘樹から話は聞いていたが、本当にあれほど家があるとは……」

(なばり)、お前いったい何年引き籠ってやがったんだ?」

「そうじゃのう……幽世を点々しておったが……今の場所へ居を構えてからは二百年程かの」


 ふぅ……。油取りは千影の言葉に深いため息を吐くと、やれやれと首を振った。


「まったく、こんな時代遅れに俺がいい様にやられるとはなぁ……」

「千影さんは現代の事は知らないかもですが、それが強さと何の関係が?」


 馬鹿にした様子の油取りの様子に、すこしカチンと来た弘樹は眉を寄せて彼を睨む。


「確かに妖の強さに知識は関係ねぇな。だが妖の力は地力もあるが、その名の大きさが左右する。俺は引き籠ってたそこの鬼と違って、これまでずっと地道に名を売って来た、それが隠居してた奴に負けたんだ。愚痴も言いたくなるぜ」

「名の大きさ……千影さんって有名だったんですねぇ」

「うーむ、どうかのう? 主様が身罷(みまか)ってからはずっとこちらにおるから、さほどでもないと思うが……」

「俺が仕入れた噂じゃあ、絵巻や遊び、ゲームとかいう奴に名前が出て来るそうだぜ」

「ゲームですか……」


 鬼の登場するゲームはいくつかあったと思うが……しかし、妖怪の強さが知名度に左右されるとは驚きだ。

 だとすれば河童や天狗、化け狐等のメジャーな妖と渡り合える千影は、中々に強力で有名な鬼なのだろう。


「ちなみになんて名前なんです?」

「こいつは藤原(ふじわらの)……」

「さような事はどうでもよい。儂は隠居した鬼、隠千影(なばりちかげ)。それ以上でもそれ以下でもない」


 油取りが弘樹に名を告げようとしたのを、千影が割って入り遮る。

 彼女は何故だか分からないが、自分に何者なのかを知られたくないようだ。


「そうかよ……そろそろだ。ガキンチョ、もうすぐきさらぎは現世の列車と重なる。そしたら何処でもいい、人間の座っていない椅子に座れ。この時間だ、座席は十分開いている筈だ」

「他の者はどうするのじゃ? このままで良いのか?」

「ああ、こいつ等は俺が分身で適当な椅子に座らせる。隠、てめぇも分身して手伝え」

「承知した。空いた席に座らせれば良いのじゃな?」

「分身!? 千影さん、そんな事も出来るんですか?」

「まあの」


 目を丸くした弘樹を見て苦笑を浮かべた千影に、油取りが声を掛ける。


(なばり)、きさらぎと現世の列車が重なっている時間はさほど長くねぇ。もたつくなよ」

「誰に言うておる」


 そんなやり取りをしている間に、弘樹達が乗った妖の列車は現世を走る人の疎らな列車へとその身を重ねた。

 終電に近い事もあり、油取りが言っていた様に現世の列車に客は疎らだった。

 弘樹は空いていた席に腰を下ろし、千影たちは分身を使い、乗客のいない席に取り込んだ意識の無い人々を座らせていく。

 先程、油取りが言っていた様に、乗客も列車も現世の影のようで、揺らめきその姿は透けている。


 そんな透けた人々の間に千影と油取りが座らせた者達は、やがて揺らめき透けていった。


「ふむ、無事、現世へと戻ったようじゃな。弘樹は……」


 千影が視線を向けた先、うたた寝をするサラリーマンの横に座った弘樹の体は、透ける事無く輪郭もハッキリとしたままだった。


「どうですか、千影さん?」


 こちらに視線を向け尋ねる弘樹に千影は静かに首を振った。


「……やっぱりこっちに来たルートが違うと無理みてぇだな」

「……そう……ですか……」


 これで帰れるのではと少し期待していた弘樹は油取りの言葉を聞いて多少、落胆した様子をみせたが、すぐに気を取り直し勢い良く立ち上がった。


「うん! 仕方ないですね! 別の方法を探すとします!」

「なんとかならぬのか油取り?」

「なんともならねぇよ。きさらぎはまだ自我が薄い、今は幻術を使って簡単な指示しか出せねぇんだ」


 そんな二人の会話を聞いていた弘樹は、パンッと自らの両頬を叩いて千影たちに歩み寄った。

 やがて幽世を走る列車は現世の電車と離れていき、車内に残されたのは弘樹達と、現世に戻ろうと乗り込んだ死者の魂だけとなった。


「あとはこいつ等を放り出せばいいだけだな」

「手伝います。どうすればいいですか?」


 先程、二人を手伝う事が出来なかった弘樹は、気分を変えようと手伝いを申し出た。


「普通に駅に戻って下ろすだけだ、その後は駅から離せばこいつ等の眠りも覚める筈だ。だから駅に戻るまでやる事はねぇ」

「そうですか……分かりました」


 体を動かしていれば、戻れなかった事で凹む心を紛らわせる事が出来ると思ったのだが、じっと座っているとどうしても先を思い不安を感じてしまう……。


「思いつめた顔をするな。お主が言うておった様に元の世界、現世へ送り返す男を探せばよい」

「ええ、分かっています……」

「現世へ送り返すねぇ……」


 油取りは車両の両サイド、横長の座席に座った弘樹と千影の正面に腰を下ろすと笑みを浮かべ呟く。


「何じゃ? 何か知っておるのか?」

「知ってるって程じゃねぇが……俺はきさらぎを見つけるまで、どうにか現世と行き来する方法を探して来た。生身の人間を確保しねぇと俺の仕事は成り立たねぇからな。その為の候補の一つがその男だったんだ」

「えっと、じゃあ、油取りさんは時空のおじさんが何処にいるか知ってるんですか?」

「噂だけだがな。そいつは幽世じゃ新東京って呼ばれる街の中心近くにいるらしい」

「新東京の中心……人が少なくてゴーストタウンみたいになってるって聞きましたが?」

「ああ、その通りだ。なんせ死者は短い奴は一年と経たず転生していくからな、土地は余ってるのさ。それより……」


 油取りは身を乗り出し、両腕を自らの太ももに乗せながら顔を上げ弘樹に視線を送る。


「幽世と現世を行き来する方法を探して来た。さっきそう言ったが、俺はその男以外の噂もいくつか知ってる。お前が知りたいっていうなら教えてやってもいいぜ」

「本当ですかッ!?」

「ああ、その代わり少し油を搾らせろ」

「ふざけるなッ!! さような事、儂がおる限りさせる訳なかろうッ!!」

「そういきり立つなよ。ほんの少しでいいんだからよぉ」


 油取りは声を荒げる千影を両手を上げてまぁまぁと宥める。


「あの、それって痛いですか?」

「弘樹ッ!?」

「千影さん、俺は現世に戻ってやりたい事もあるし、その為の情報ならどんな物でもほしいんです」

「ぬぅ……油取り、どうなのじゃ、痛いのか?」

「痛くはねぇよ。ちょいと炙って、(にじ)んだ油を頂戴するだけだ。血行が良くなって逆に調子が良くなる筈だぜぇ……さぁ、どうする?」


 ニヤついた笑みを浮かべる股旅風の男を弘樹は真っすぐに見つめ返す。

 千影の存在がある以上、彼が弘樹の命を取る様な事は恐らく無いだろう。

 帰還に関する情報と油を搾るという未知の行為、それを天秤に掛け弘樹は決断を下す。


「……分かりました。お願いします」

「本当に良いのか? こやつはきさらぎが取り込んだ者達を骨と皮だけにしておったぞ」

「少しって言ったろう。そこまではしねぇよ」

「……やります」

「ふぅ……仕方ないのう……油取り、妙な真似をしたらその瞬間に首を落すからな」

「分かってるよぉ。んじゃさっそくだが、服を脱いでもらおうかねぇ」


 そう言うと油取りはニタリと嬉しそうに微笑んだ。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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