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幽世放浪記  作者: 田中
きさらぎ駅と人攫い
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人の形をした霞

 人を見知らぬ山中の駅に誘う怪異、きさらぎ駅。

 その駅のホームで千影と引き離された弘樹(ひろき)は、遠ざかっていく列車を見ながらどうすべきかと考えた。

 勾玉を使えば列車を追えるが千影はホームで待てと言っていた。それに追いついた所で通力を持たない自分に何が出来るだろうか。


 そんな事を考え駅のホームに立ち尽くしていた弘樹の耳に、若い男の声が響く。


「大丈夫ですか? もし困っているなら最寄り駅までお送りしますよ?」


 その声に弘樹が振り返ると、そこには二十半ばに見える青年がいつの間にか立っていた。

 もしかしてこの近くで暮らす死者だろうか。


「いえ、連れがいますのでお気遣い無く」

「ご遠慮なさらず、ここは無人駅ですし、夜はかなり冷えます。私の家はこの近くですし、そこでお連れ様を待ってはどうです?」

「……有難いお言葉ですが、ここで待ち合わせをしているので……」

「お困りでしょう? 最寄り駅までお送りしますよ」

「いや、だから……」


 弘樹がニコニコと笑う青年に再度、断りを入れようとすると、青年は何やらブツブツと呟きながらおもむろに腰から小ぶりのナイフを抜いた。


「お前は森の中、地中深くに埋められて死体は永久に見つからない、魂は永遠に列車に囚われ新たな魂を呼び込むのだ……そして我らと共に永遠を……」


 それ以降は支離滅裂な上、声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れない。

 弘樹はふと思いついて懐から狼の睫毛を取り出し、睫毛越しに男を観察した。

 これまで見た相手はその正体と本音をさらけ出した姿を見せていた。だが男は真っ黒く揺らぐ人の形をした霞の様にしか見えなかった。


「はぁ……あんたもきさらぎ駅の一部って訳か。いいよ、相手をしてやる。だがその前にその物騒な物を渡すんだ」

「…………グルルルルアアアアアッ!!」


 弘樹が右手を差し出すと、青年は暫くその右手を虚ろに見つめた後、いきなり奇声を上げて右手に向けてナイフを振り下ろした。

 弘樹は咄嗟に後ろに跳び、腰を落し拳を構える。


「ふぅ……きさらぎ駅の顛末は女性が行方不明になって終わっていたが……」


 どうやら目の前の男がその原因らしい……森田に聞いた話では女性はその後、数年経ってから無事、戻ったとか戻らなかったとか……。


「ふいhさkjfさじょはあslgytydhslッ!!」


 意味不明の言葉を叫びながら男は弘樹に襲い掛かる。

 振り回されるナイフを持つ手をパンパンッと(はた)き、斬撃を反らしながら、弘樹は腰に下げた太刀の柄にチラリと視線を向けた。

 リーチを考えれば、素人とはいえ太刀を使った方が有利に事を進められるだろう。

 だが、素人だけに扱いを間違えれば怪異の一部とはいえ、男を殺してしまうかもしれない。


 死者が暮らす幽世、そして相手が妖怪あったとしても、ごく普通に一庶民として生きて来た弘樹にとって殺人は大きすぎる禁忌だった。


「クソッ、暴れるのを止めて話を聞いてくれッ!!」


 駅のホーム、ナイフを振り回す男に素手で対抗しながら、弘樹は声を張り上げる。

 弘樹と男の立ち回りは十分以上続いただろうか。流石に斬撃の全てを捌き切る事は出来ず、千影から与えられた鎧、その金属の手甲にはいくつか傷が刻まれていた。


「あんただって他の妖みたいに人と上手くやれる筈だッ!!」


 そう弘樹が叫ぶと同時に、唐突に男の動きがピタリと止まった。


 説得が功を奏したのか? そう考えた弘樹が男に歩み寄ろうと足を踏み出した瞬間、男は両手で体を抱え、そのまま透ける様に姿を消した。


「えっ、えっ!? どういう事ッ!?」


 星明かりの下、茫然と男が消えた場所を見つめていた弘樹の耳に、列車が生み出す走行音が飛び込んで来る。

 その音で慌てて振り返ると、車両の窓から身を乗り出し大きく左手を振る千影の姿が見えた。


「弘樹ぃ!! 無事じゃったかぁあッ!?」

「千影さん!! 無事だったんですねッ!?」


 その後、ホームに走り込む車両を追って、弘樹は千影の乗る車両に駆け寄る。

 千影もドアが開くのを待ちきれない様子で、窓からその身を躍らせホームを蹴って弘樹に飛びついた。


「わわッ!?」

「ふぅ……どこも怪我はしとらんな? 河童から力を得た弘樹なら大丈夫じゃとは思うておったが、それでも心配したぞ」


 弘樹の体を一通り確認し、千影はようやく笑みを浮かべる。


「ハハッ、俺は千影さんの方が心配でしたよ……ともかく無事でよかった……」

「フンッ、儂は千年を超えて生きる鬼ぞ。高々生まれて数十年の新参の(あやかし)に負けはせぬ」


 フンスッと鼻を鳴らし胸を張る千影に苦笑しつつ、弘樹は列車の中から二人の様子を見る三度笠の男に目を向けた。


「所でそちらの方は?」

「こやつは油取り、その名の通り人を攫い油を搾り取る(あやかし)よ」

「人から油を……?」

「うむ。きさらぎが攫った者達を(かすめ)め取って、油を取っておったようじゃ」

「何で人間の油なんか?」


 そう呟き、弘樹は皮肉げな笑みを浮かべた三度笠を被った股旅の様な恰好の男を改めて見る。


「けっ、それが俺の存在意義だからさッ。まったく、せっかく具合のいい(あやかし)を見つけたってのに(なばり)の鬼が……」

「……千影さん、きさらぎ駅はどうなったんですか?」

「きさらぎ駅というか、この電車という車を操っておったのは、そこな油取りよ。こやつは儂が下し、弘樹を現世(うつしよ)に運ぶよう命じた」

「えっ、この人が電車を?」

「そうさ。けっ、こいつをあのまま育てりゃ、いくらでも現世から人を呼び込めたのによぉ……」


 顔を(しか)め千影を睨みつつ股旅風の男はぼやく。


「あのー……俺は瀬戸弘樹(せとひろき)っていう大学生なんですが……実は生身のままこっちに迷い込んでしまいまして……それで、千影さんが言う様に送ってもらえるんでしょうか?」

「一応、幽世(かくりよ)現世(うつしよ)が重なる場所には連れてってやる。その鬼の命令で乗せた生身の奴らを解放しねぇとだしな」

「じゃあ、俺は……」

「うむ、これに乗れば帰れるはずじゃ」


 やったッ!! 両こぶしを握り破顔する弘樹を見て、千影も嬉しそうに笑う。

 そんな二人に油取りが声を掛ける。


「喜んでるとこ悪いが、そう上手くいくかは分からねぇぜ」

「何?」

「きさらぎの奴は現世の列車に身を重ね人を翳め取る。そんな風に連れて来た奴は多分戻せるだろうが、別口で来たてめぇが戻れる保証はねぇ」

「そうですか…………まぁ、ダメ元でやってみましょう」

「チッ、前向きな野郎だぜ……さっさと乗れ」


 油取りは顔を上げ、自分を見て笑みを浮かべる弘樹に顎をしゃくり、列車の中へ姿を消した。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナイフで襲われるシーンはヒヤッとしました((((;゜Д゜)))弘樹、落ち着いててエラい。
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