道中合羽に三度笠 挿絵あり
列車の中、駅と列車に魂を囚われた無数の人々に纏わり付かれ、千影はギリリと歯を軋らせた。
どうやらこの怪異は本能に従い千影の話を聞く気は無いようだ。
ならば……。
千影は妖気を操り右手に黒鉄の棒を作り出す。
「お主らには何の恨みも無いが、儂のやる事を邪魔するのであれば全員叩きのめす!! 悪く思うなッ!!」
言うが早いか千影は両手を振って、体に組み付いた人々を弾き飛ばした。続けて棒を振り回し、次々と乗客を薙ぎ払う。
鬼の膂力によって振り回された黒鉄の棒は乗客たちを吹き飛ばし、生者も死者も壁に激突し動かなくなった。
うめき声を上げているので死んではいないだろうが、立ち上がり千影を止めようとする者はいない。
「ふむ……わりかし力押しでも行けそうじゃな。そうと分かれば……喝ッ!!!!」
そう言うと千影は牙を見せニヤリと笑い、棒を床に打ち付けると共に声を張り上げる。
その声と同時に妖気が込められた波動が広がり、列車内にいた人々はその波動を受けてビクリと体を震わせると、白目を剥いてガクンと頭を垂れた。
「まずはひとつ」
乗り込んだ先頭列車を黒髪をはためかせながら、千影は金の瞳を爛々と輝かせながら駆け抜ける。
そんな千影に怯えたのか、憤ったのか、列車はブルブルと小刻みに震えた。
「ふたつッ!! …………みっつッ!! …………」
千影は車両を駆け抜けながら波動を放ち、そのたびに囚われていた人々は白目を剥いて涎を垂らし、行動不能に陥って行く。
それに呼応して車体の震えは激しさを増す。
「人をかどわかし、身の内に溜めて何とするッ!! 嫌と言うなら姿を見せよッ!!」
しかし千影の叫びに列車が答える事は無く、ただ小刻みに車体を揺らすのみであった。
「むぅ……やはり自我が……致し方ない、言う事を聞く気になるまで続けるだけよッ!!」
千影はそう言って、四両目の車両に足を踏み入れた。
車両には前の車両と同様、多くの生者と死者が囚われていた。
ただ生者たちはこれまでと違い頬はこけ、ガリガリに痩せていた。
「困るんだよなぁ。せっかく具合のいい妖を見つけたのによぉ」
列車に囚われた人々の間から道中合羽に三度笠、紺の手甲に脚絆、口には長い楊枝を咥えた、まるで時代劇の股旅の様な恰好の男が姿を見せる。
「……お主は人では無いな?」
「まあな。それよりあんた、何で人のシノギの邪魔をする?」
「シノギ? 人間を攫う事がお主の仕事なのか?」
「ああ、俺は油取り。人間を攫って油を搾り取るのが己が存在意義よ」
油取り、そう名乗った男は咥えた楊枝を千影に放つと、腰の長ドスを抜いて彼女に切りかかった。
千影は楊枝を棒で弾くと、そのまま振り下ろされた男の刃を黒鉄の棒で受け止めた。
長ドスと棒がこすれ合いギチギチと火花が散る。その火花の向こう油取りが千影に顔を寄せ言う。
「なぁ、鬼のアンタにゃあ、多少、現世の人間が減ろうと関係ねぇだろ? 手を引いちゃあもらえねぇか?」
「確かに儂には関わりの無い事じゃ。じゃが囚われた者達を哀れむ者もいるのでな」
「チッ、鬼が情に流されてんじゃねぇよっ!」
油取りが舌打ちし、間合いを開けると千影の周囲を取り囲む様に数体の人影がユラリと現れる。
「影分身か……」
「へへっ、神出鬼没の人さらい、それが人間が俺に与えた本性よッ!」
妖は人の想いにより生まれ、その性や習性、特徴が決まる。
油取りに人々が重ね恐れたのは神隠しと呼ばれた人の失踪、それを行う者の姿だ。
人を攫い、攫われた者の行方は杳として知れず、それを為した者も霞の様に消える。そんなイメージだ。
「「「「「「引かねぇってんなら、消えて貰うしかねぇなッ!!」」」」」」
六人の油取りが一斉に千影に襲い掛かる。
「「「「「「なっ!?」」」」」」
振り下ろされた六本の長ドスは、千影の姿が自身の影に溶ける様に消えた事で空を切った。
次の瞬間、戸惑う股旅たちに背後、六つに分かれた影から六人の千影が現れ、手にした六本の黒鉄の棒が振り下ろされる。
千影の分身が振るった棒は油取りが生み出した五体の分身を一撃で押し潰し、残った一本は油取り本体の肩にそっと据えられた。
「クッ、鬼が分身だと!? てめぇ、何者だッ!?」
「儂は隠千影、美生山で隠遁しておった、ただの年を経た鬼よ」
「なばり……まさか隠形のッ!?」
「儂の事はよい。それより、きさらぎに一人、現世に運んで貰いたい者がおる。命までは取らぬ、きさらぎに駅に戻る様に命じよ」
「…………」
油取りは首を回し、無言のまま千影を見る。
千影の金の瞳はただ真っすぐに三度笠の下の男の瞳を見返した。
「……やれば俺達を見逃すか?」
「ふむ……見逃してもよいが、人を攫いこのように縛り付ける事は容認出来ぬ。先程言った様に、囚われた者達を哀れに思う者がおるでな」
「チッ……俺はその為に生きてんだぜ」
「ふむ……確かにお主も性を押さえるのは辛かろうな……では一時捕らえ、油を搾り解放するというのはどうじゃ?」
「人間どもを列車に止める事は止めろってか?」
「そうじゃ。現世の者は現世に、幽世の者は幽世に帰せ。それが飲めぬというなら……」
油取りの肩に据えられた黒鉄の棒がスッとその首の横に移動する。
「……分かったッ、分かったよぉ!! やりますッ、やらせて頂きますよぉ!!」
「フフッ、良い返事じゃ」
「クソッ、せっかく楽に人間を攫える方法を見つけたってのに……」
「どの道、他者の上前を撥ねる様なやり方は長続きはせぬ。やがてこのきさらぎにも自我が芽生えるじゃろうしな」
そう言うと千影は油取りに牙を見せ笑った。
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