おじさんの扱いが酷い
「へぇ……じゃあ二人はきさらぎ駅で手掛かりがつかめなかったら、東京に行くんだ?」
牛乳の力を借り何とか辛口カツカレーを食べ終えた千影と、それを心配そうに見ていた弘樹に優子は問い掛けた。
「はい、どうも時空のおじさんは東京にいる様なので……あの今更何ですけど幽世って現世と地形は同じ何ですか?」
「同じ所もあれば違っている所もある、でもまぁ、現世で人が集中している場所? 大きな街なんかは揺らぎが無くて現世とほぼ一緒だねぇ」
「そうですか……村田さんは、東京は住む人が無人の建物を作ってるって言ってましたが……」
「うん、私もそう聞いてるよ……何だろねぇ……無理矢理、都会って感じにしても意味が無いと、私なんかは思うんだけどさ……」
「ふむ……儂が現世におった頃にも、都を真似て屋敷を構える者はおった。人は無くした物、手に届かぬ物を求めるという事かのぉ……」
失ってしまった物……都会の喧騒や行きかう人々、それは無理でもせめて景色だけは慣れ親しんだ物を……そういう事だろうか。
弘樹は千影の言葉を聞いてそんな事を思った。
■◇■◇■◇■
お昼を食べ終え優子とぽーちゃんに礼を言った弘樹達は、村を出て再び南東、きさらぎ駅を目指し旅を再開した。
「千影さん、きさらぎ駅って中核になるのは何なんでしょうか?」
「中核……そうじゃな。弘樹はマヨヒガというのを知っておるか?」
「マヨヒガですか? いえ、聞いた事無いです」
「森深い山中に唐突に立派な屋敷が現れる。屋敷には座敷に膳が並べられ、その上には湯気の立つ料理が並んでいる。じゃが人の姿はまるでない。その不思議な屋敷に迷い込んだ者は、屋敷にある品を一つ持ち帰っても良いという」
「へぇ……そのマヨヒガの場合、その屋敷全体が妖という事になるんですか?」
弘樹と手を繋ぎ空を飛んでいた千影はうむと頷きを返した。
「持ち帰っていい品はどれも不思議な力、神通力の様な物を秘めておる。例えばその椀で米を汲めば、いつまでも米櫃から米が尽きる事が無い、とかな」
「おお、貧乏学生には有難い話ですねッ、それ!」
「うむ。実際、その椀のおかげで、飢饉の村が助かったという話を聞いた事がある……マヨヒガ、あれは家の形をした福の神なのやもしれん」
「福の神ですか……じゃあきさらぎ駅は……人さらい……神隠しが形を変えた物……?」
「さてのう……子を攫う妖は古来よりいくつかあるが……」
そんな事を話しながら二人は山を超え、目的地であるきさらぎ駅へと近づいた。
眼下にはコンクリートで作られたホームと山中を走る線路が見える。
駅は弘樹もよく利用する電車の駅と変わらず、作りは現代的に見えた。
「ふむ……では早速降りてみるか……」
「……はい」
ごくりと唾を飲み込み、大天狗、旋風に貰った勾玉を握りゆっくりとホームに降り立つ。
時間は夕暮れ時、山あいにあるホームはもうすぐ日が陰り周囲は真っ暗になるだろう。
「さて、村田の話ではここに電車じゃったか? 鉄の車が来るのじゃったな」
「はい。その電車には無数の人が囚われているという事でしたが……」
千影と二人、ホームに立ち弘樹が周囲を見回していると、何処からか呼び掛ける声が聞こえる。
「……ーい、おーい」
声の方に目をやれば線路の先、男性と思しき人影が両手をこちらに振って声を張り上げている。
「ふむ……妖じゃな」
「えっ、死者じゃ無いんですか? 俺には人に見えますけど……」
「人は片足を無くして、あんなに真っすぐ立って両手は振れまい?」
「片足……?」
夕暮れ、逢魔が時と呼ばれる相手が人か魔か曖昧になる時間。
薄暗く茜色に全てが染まっている中、弘樹は目を眇めこちらに手を振る男に視線を向ける。
「ホントだ……右足が無い……」
よくよく見れば男の右足は付け根の辺りで消えている。
「ふぅ……では彼奴を捕らえて話を聞くとするかの」
「えっ、千影さん!?」
驚き弘樹が隣にいた千影に視線を向けた時には、彼女はもう線路の先、男の後ろに立っていた。
「ふぇええ、狐さんと戦っていた時も思ったけど、速いなんてもんじゃないな……」
千影の動きに呆れの様な物を抱きつつ、弘樹も慌てて彼女の後を追って線路の先へと急ぐ。
「正直に言え。お主はきさらぎ駅という妖の一部じゃろう?」
「せ、線路の上を歩くと危ないよぉ……」
左手を背後に回され、首を黒鉄の棒で押さえ付けられた年配の男性は苦しそうに言葉を吐き出している。
ただ、言っている事は千影の問い掛けとは全く関係なく、決められたセリフを言っているだけの様だ。
「はぁ、ふぅ……あの、実は俺、生きたまま幽世に来たみたいなんですが、帰る方法を知りませんか?」
千影と男に駆け寄った弘樹が息を整え男に尋ねる。
「せ……線路の上を歩くと、危ない……よ……」
「……うーむ、こやつはぽーと同じで、まだ普通に喋る事が出来んようじゃな」
「どうしましょう? この人に根気よく話しかけていれば、いつか自我が芽生えるんでしょうか?」
「さてのう……ぬ、光が見える……どうやら電車という奴が来たようじゃ」
千影の言葉で弘樹が振り向くとホームの先、電車のヘッドライトと窓から漏れる光が、急速に暗さを増す空の下、こちらに向かって来ていた。
「よし、では本丸に乗り込むとしようぞ」
「はっ、はいッ!!」
「せっ、線路の上を、歩くと、あ、危ない、よッ!?」
千影は男を小脇に抱え飛ぶように走りホームへと飛び上がった。
弘樹も千影に少し遅れ、ふうふう言いながらホームへと辿り着く。
その弘樹に少し遅れる形で電車は駅へと走り込んで止まり、やがて二人の目の前でプシューと音を立てて扉を開いた。
「これは……」
「千影さん、何か分かったんですか?」
「うーむ……強い妖気は感じるが……」
「おーい、おーい!!」
千影に抱えられた男がバタバタと手足を暴れさせ、懇願する様に叫びを上げる。
「そうじゃなぁ……取り敢えず、こやつを放り込んでみるか」
「……千影さん、さっきからおじさんの扱いが酷い様な……流石に可哀想というか……」
「何を言う弘樹。こやつは人の姿をしておるが、間違いなくきさらぎ駅という怪異の一部ぞッ」
「おっ、おーいッ!?」
千影は言うが早いか暴れる男を、まるでボールでも投げる様に片手で電車の中に投げ込んだ。
「お、おーいッ!? おーいッ!? お」
そんな男の体を電車内で無数の白い腕が絡め取り、電車の床に埋めて行く。
「ふむ……本体に戻ったか……弘樹、では儂らも乗るとしようか」
「い、いいのかなぁ……」
余りに横紙破りな千影の行動に少し、きさらぎ駅という存在自体に哀れみを感じつつ、弘樹は彼女の後に続き、電車のドアを潜ろうとした。
しかし、千影が乗ると同時にプシューという音が響き、ドアは弘樹の鼻先で勢いよく閉じられる。
「なッ!? 千影さんッ!?」
「ぬッ!?」
千影の声はドアに阻まれくぐもっている。
「窓を開けて下さいッ!! 俺も乗り込みますッ!!」
千影は乗客をかき分け列車の両脇に付いた窓に取りつくも、それまで寝ていた乗客が起き出し、彼女の体にしがみ付き行動を阻む。
「クッ、放せッ!! 放さんかッ!!」
そんな事をしている間にも列車はウィーンと唸りを上げ、ゆっくりと加速していく。
「千影さんッ!!」
「クッ、弘樹、そこでじっとしておれッ!! こやつを何とかしてすぐに戻るでなッ!!」
「……分かりましたッ!!」
スピードを上げる列車に追いすがりながら弘樹が叫ぶと、千影は優しく微笑む。
弘樹はホームの端まで列車を追いかけ、立ち止まり肩で息をしながら遠ざかる千影の顔を見つめた。
「はぁはぁ……信じてますよ……はぁはぁ……千影さん……」
荒い息を吐きながら、弘樹は遠ざかっていく列車をずっと見つめ続けた。
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