ジェネレーションギャップ
きさらぎ駅の話がひと段落ついたので、弘樹は長老の村田に別の都市伝説について尋ねてみた。
村田は様々な話を語ってくれた。
エレベータで異界へ移動する話、施設にある地下の穴から別の世界へ行った話、人のいない街に迷い込み、そこで出会ったおじさんに追い返される話、中には街を歩いていたら、見知らぬ土地へいつの間にか辿り着いていたというのもあった。
ただ、どれも何者か、つまり妖怪の様な存在によって異界へと導かれた訳では無く、現象として何処か別の場所へ移動していたという話が多かった。
まぁ、エレベータや穴が怪異と考えれば、それが妖怪と言えるのだろうが、流石に機械であるエレベータやただの穴と話が出来るとは思えない。
やはりここは聞いた話の中で一番可能性がありそうな、時空のおじさんに頼むのが良さそうだ。
きさらぎ駅が駄目だったらおじさんだな。村田の話を聞き終わった弘樹はそう考え口を開く。
「村田さん、時空のおじさんが何処にいるか知りませんか?」
「おじさんの居場所ねぇ……僕も噂でしか知らないけど、東京にいるみたいだよ」
「東京……幽世に東京があるんですか?」
「弘樹、とうきょうとは何処じゃ?」
「えっと……千影さん、江戸って分かる?」
「えど?」
「そうだなぁ、武蔵国って言えば分かるかな」
村田の助け舟で千影はようやく「おお、武士の治める地じゃな」と頷きを返した。
「今はそこが日本の中心になってるんです」
「ふむ、もう京の都は都では無いと」
「うん。多分だけど、幕府が長く江戸で政をしていた事と、地理的に日本の丁度中央ってのも都合が良かったんだろうね」
「ふむ……して、その東京に行けば弘樹を現世に戻せる者に会えるのじゃな?」
「あくまで噂だけどね……東京にもこの村と一緒で死者が暮らしてる。彼らは願いの力を使って、自分達が住んでいた東京の街を復元しようとしている。けど、幽世は現世みたいに一極集中はしてないし、さながらゴーストタウンみたいになってるそうだよ」
ゴーストタウン……先程聞いた話でも、無人の大学で主人公はおじさんと会い、時間もズレ的な物はあった物の現実へ戻って来ていた。
都市伝説の存在、八尺様やきさらぎ駅、くねくねが幽世に存在しているなら、おじさんもきっと幽世にいる筈だ。
「お話、聞かせて頂いてありがとうございました」
「どういたしまして……弘樹君、千影さん。さっきはきさらぎ駅を何とかしてもらえると助かるって言ったけど、無理しなくていいからね」
「分かっておる。弘樹は生身じゃし、危ないと思ったら儂が責任を持って逃がしてやるわい」
「いや、逃げるなら千影さんも一緒ですからねッ!?」
逃がしてやる。その言葉を聞いて漫画でよくあるシチュエーション"ここは俺に任せて、お前達は先に行けッ!!"なシーンを思い浮かべた弘樹は慌てて口を挟んだ。
そんな弘樹の様子を見て千影は楽しそうに笑う。
「フフフッ、分かっておる。弘樹が無事、現世に戻るのを見届けねばならんからの」
「本当ですね?」
「うむ、本当……いやマジじゃ」
「フフッ、君達、仲がいいねぇ」
「え、あ」
「うむ、儂らはマジで仲良しじゃ」
頬を染める弘樹の横で千影はそう言うと、牙を見せ微笑んだ。
■◇■◇■◇■
村田に礼を言って彼の家を辞した弘樹達は、昼を用意すると言っていた優子の家へと戻った。
家では優子とぽーちゃんが二人でお昼ご飯の準備を行っていた。
雨音に似た油の跳ねる音と馴染みのある香辛料の香りが鼻をくすぐる。
その香りで食欲を刺激されグゥと弘樹の腹は盛大に鳴った。
その後、台所でお昼をご馳走になる事になったのだが、出された料理に千影は眉根を寄せた。
「弘樹、お主ずいぶんと嬉しそうじゃが、この料理は一体……?」
「へへッ、これはカレーって料理です。元はインド発祥の料理ですけど、今じゃ日本の国民食と言っていい料理になってます。しかも今日はカツカレーッ! これはカレーの中でも最強の組み合わせですよッ!!」
弘樹はそう言うとギュッと右の拳を握り締める。
「ウフフッ、やっぱり若い男の子は、カツカレーみたいなボリュームのある料理が好きなんだねぇ」
「ええ、そりゃあ嫌いな人もいるでしょうけど、俺は大好きですッ!!」
「ぽぽ、ぽぽぽッ!!」
テーブルに置かれたカツカレーの皿を前に満面の笑みを浮かべた弘樹に、ぽーちゃんがチョイチョイとジャガイモを指差す。
「何、ぽーちゃん? あっ、もしかしてジャガイモを切ったのはぽーちゃん?」
「ぽぽぽっ、ぽぽ!!」
テーブルの椅子にチョコンと座ったぽーちゃんは嬉しそうにうんうんと頷きを返した。
「この娘、意外と器用でねぇ。家の畑で取れたジャガイモをあっという間に剥いてくれたよ」
「へぇ……ありがとう、ぽーちゃん!」
「ぽぽぽ」
弘樹がぽーちゃんに礼を言うと彼女は大きな体を竦め、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ぬぅ……弘樹がそこまで言うのであれば、相当に美味いんじゃろうなぁ?」
「千影ちゃん、美味しいのもあるんだけどねぇ、それはきさらぎ駅に行く二人のゲン担ぎの意味もあるんだ。勝負に勝つってね」
見慣れない料理に尻込みしていた千影に、優子はそう言ってウインクを送る。
そんな優子の言葉に千影はゴクリと唾を飲み込み、ままよッと、カレーを乗せたスプーンを勢いよく口に入れた。
「ぬっ!? う、美味いッ!! ……んんッ?……かっ、辛いのじゃッ!?」
優子の作ったカレーは香辛料の効いた辛口カレーだった。
弘樹は後から来る辛さにより食欲を増進させたが、食べ慣れない千影はヒーと舌を出して慌てて水を呷る。
「弘樹……美味いが辛いのじゃぁ……」
「うーん、これもコーヒーと一緒で慣れですかねぇ……」
「千影ちゃんは辛いの苦手だったかぁ……じゃあお水の代わりに牛乳を飲むといいよ」
優子は冷蔵庫からパックの牛乳をコップに注ぎ、千影の前に置いてやった。
「うぅ、すまぬのじゃ……ふぅ……儂が山奥で暮らしている間に、現世は随分変わったんじゃなぁ……」
牛乳を飲み一息吐いた千影はしみじみとそう呟いた。
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