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幽世放浪記  作者: 田中
幽世に住む人々
19/63

千影とコーヒー

 幽世で暮らす死人、優子(ゆうこ)の家に泊めて貰った翌日、朝食を御馳走になった弘樹(ひろき)達は約束通り、彼女に連れられ長老が住むという家を訪ねた。

 長老の家に向かったのは案内役の優子の他、弘樹と千影(ちかげ)、そして昨晩は優子の部屋で寝たという八尺様のぽーちゃんの四人。

 ぽーちゃんは随分と優子に懐いたらしく、現在も手を繋いで弘樹達の前を歩いている。


「ぬぅ……年の若い妖を人に慣れさせるとしても、あの様子ではかなり時間が掛かりそうだの」

「ですね。時空のおじさんは俺が読んだ話じゃ普通に話していたから、もしかすると直ぐに帰して貰えるかもですが……」

「ふむ、そうじゃと良いの」


 弘樹が千影とそんな話をしていると優子は一軒の家の前で立ち止まり、玄関のブザーを鳴らした。

 ピンポーン、そんな音が聞こえ暫くすると、ハーイと若い男性の声が返事をした。

 ガラガラと引き戸が開き、扉の奥から黒髪の青年が現れる。

 中肉中背のその黒縁眼鏡の青年は優子とぽーちゃんを見て、君も物好きだねぇと苦笑を浮かべた。


「この娘も村の住人でしょ」

「まぁ、そうなんだけど……それで後ろの二人は?」

「男の子は弘樹君、女の人は千影さんだよ。んで、弘樹君は生きたままこっちの世界に来ちゃったみたいでさぁ」

「生きたまま……そりゃ大変だ……」

「でね、弘樹君は現世に戻る方法を探してるんだって、長老は都市伝説に詳しいでしょ? 弘樹君に異界渡り系の話をしてあげてくれない?」


 青い作務衣を着た二十半ばに見える青年は、優子の話を聞いて改めて彼女の後ろにいた弘樹達に視線を向けた。


「異界渡り系か……分かった。ともかく上がってよ」

「あ、はい。お邪魔します」

「失礼いたす」

「あっ、私は農作業があるから。話を聞き終えたら家に来て頂戴。お昼用意しとくからさ」


「分かりました。ありがとうございます」

「面倒掛けたな、優子」

「いいって、いいって。困った時はお互い様だよ。んじゃ行こうかぽーちゃん」

「ぽぽ」


 家に戻って行く優子に頭を下げ、ぽーちゃんに手を振ると弘樹は改めて長老と呼ばれた青年の家に足を向けた。


 青年に案内された居間には炭を使う掘りごたつでは無く、普通の電気式のコタツが置かれていた。


「コーヒーでいいかな?」

「あ、ありがとうございます」

「こーひー? なんじゃそれは?」

「さっきも思ったけど、千影さんは随分古い時代の人みたいだね……」

「まあの。して、こーひーとは?」

「炒ったマメを煮だした苦いお茶って所かな」

「苦い茶か……儂もそれで良い」


 オッケー、そう言うと青年は弘樹達を残し廊下へと姿を消した。


「長老って聞いてたので、お爺さんかお婆さんだと思ってたんですが……」

「儂は死人ではないから良く分からんが、優子が何でも願いが叶うと言うておったしの、多分、年も自在なのじゃろう」

「え……じゃあ優子さんも……」

「弘樹、女人の年を詮索する物ではないぞ」

「あ、すいません」


 弘樹がポリポリと掻いた頭を千影に下げていると、お盆にカップを乗せた青年が居間へと戻ってきた。


「はい。お砂糖とミルクはご自由にどうぞ」


 青年の言葉にお盆を見れば、そこにはミルクポーションとスティックシュガーが乗っている。


「ありがとうございます」


 弘樹は置かれたカップをそのまま口へと運ぶ。

 インスタントではあったが、久々のコーヒーに弘樹は思わず笑みを浮かべた。

 それを見ていた千影も同様に砂糖なしでコーヒーのカップに口を付けた。


「ぐっ……に、苦いのじゃ……」

「ハハッ、千影さんの口には合わなかったかな」

「千影さん、お砂糖とミルクを入れると苦味が抑えられて美味しく飲めますよ」

「ググッ、では何故、弘樹はそのまま飲んだのじゃッ!?」

「俺は飲み慣れているんで……」

「ぬぅ……さようか……」


 千影はそんな二人を見て苦笑を浮かべた青年から、ミルクポーションとスティックシュガーを受け取り、それを弘樹に教えられながらカップに入れ、良くかき混ぜて恐る恐る口を付けた。


「むッ、香ばしく甘くて美味いッ!!」

「ハハッ、そりゃ良かった。そうだ、名前をまだ言ってなかったね。僕は村田(むらた)、この村では一番長くいる人間だよ」

「俺は瀬戸弘樹(せとひろき)です」

隠千影(なばりちかげ)じゃ、よろしゅう頼む」

「はい、よろしく。それで都市伝説について聞きたいって?」

「ええ、千影さんの知り合いに聞いて、現世に戻る為にここから更に南東の、きさらぎ駅って所に行こうとしてたんですけど……」


 きさらぎ駅と聞いて村田はうーんと唸り声を上げた。


「やはり危険なのか?」

「そうだねぇ。僕もきさらぎ駅に向かった人は何人か知ってるけど、全員、あの駅と列車に囚われて動けなくなったみたいだしねぇ……」


 顔を顰めた村田に千影は暫し思案した後、口を開いた。


「…………長であるお主には本当の事を言おう。実は儂は人では無い」

「千影さん!?」


 弘樹は突然の千影の告白に慌てたが、村田はそれを聞いても特に表情を崩さなかった。


「……うん。何となくそんな気はしてた」

「流石に幽世(かくりよ)が長いと分かるか?」

「まあね、千影さん、何だか普通の人……まぁ僕らは死人なんで普通と呼んでいいのか……ともかく、僕らとは雰囲気が違うなって」

「そうか……儂は鬼じゃ」


 そう言って千影は勾玉を握り自身に掛かっていた変化の術を解いた。

 頭に二つの角が伸び、瞳は金の輝きを宿す。


「へぇ……こりゃ、えらく美人の鬼さんだ」

「世辞はよい。それより、儂は見ての通り鬼でそれなりに力を持っておる。その力を使うてもきさらぎ駅は御しきれんか? お主の勘でよい。聞かせてくれ」

「僕の勘かぁ……そうだなぁ……」


 村田は黒縁眼鏡をクイッと持ち上げ、千影をじっと見つめた。


「…………分かんない」


 えっ、分からないのっ!? 思わず弘樹はツッコミそうになったが、真剣な村田の表情に口をつぐんだ。


「さようか」

「うん、ごめんねぇ……千影さんならイケる気もするんだけど、きさらぎ駅も相当にやっかいだからねぇ……あの駅は現世と幽世からドンドン人を取り込んでる。それでその力を増している様なんだ」

「ふむ……」

「力を増してる……」

「うん、僕も気になって定期的に見に行っているんだけど、そのたび、乗っている人が増えている気がするんだよね」


 村田はそこで一旦話を区切り、ズズッとコーヒーを喉に流し込んだ。


「人を取り込むか……逃れようとする人々の苦しみが呪いとなって新たに人を呼ぶ……?」

「まったくもってその通り、悪循環だよねぇ」

「うーん、取り敢えず、近くで見るだけ見てどうするか判断しましょうか?」

「じゃな」


 頷きあった千影たちを見て、村田は笑みを見かけた。


「千影さん達があの駅を何とかしてくれると、僕としても肩の荷がおりるよ」

「肩の荷?」

「うん……個人の意思を尊重して、強引に引き止めたりはしないけど、それでもやっぱり列車に囚われちゃう人を見るのは心苦しい物があるからね」


 そう言うと村田は寂しそうな微笑みを浮かべた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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