白い服に異常な背丈 挿絵あり
その日は優子の家に泊めてもらい、夕食をご馳走になり、その後、風呂を貰った。
風呂はいわゆる五右衛門風呂という奴で、これも優子の願いで生み出されたそうだ。
弘樹は泊めてもらった礼にその五右衛門で使う薪の薪割りを申し出て、風呂焚きも優子と千影に教わりながら行った。
その風呂焚きのご褒美で現在、一番風呂を楽しんでいる。
薪で炊かれた湯は暖かく柔らかく、弘樹のアパートのユニットバスとは明らかに違っていた。
「まぁ、このシチュエーションがそう思わせてるのかもだけど……」
一人呟きながら湯で顔を洗い湯舟の端に両腕を掛け、開けられたガラス窓から空を仰ぎ見る。
曇りガラスの窓からは、都会では見えない星の瞬きが見える。
「なんだろ、ここが田舎だからかな。星が近い気がする……」
ふぅ……慣れない薪割りで疲れた体が湯に溶けていくようだ。
ため息をついて弘樹が綺麗だなぁとボンヤリ星を眺めていると、突然、その星たちが何かで遮られた。
「ぽぽっぽ、ぽぽ、ぽ」
「えっ、ええっ!?」
窓の外、白い帽子を被った黒髪の女が弘樹を見てニッコリと微笑んでいた。
女は窓から手を突っ込み弘樹へと伸ばす。
「わっ!?」
女の異常な行動に弘樹は思わず湯舟を飛び出し、脱衣所に駆け込んだ。
「ぽぽっ、ぽ、ぽぽぽ」
その女は窓ガラスを破壊し窓枠を通って弘樹ににじり寄る。
その事で女の全身が弘樹にも見えた。
女は異常な長身で前述したように白い帽子の下には長い黒髪、その巨体には帽子と同様、白いワンピースを纏っていた。
「白い服に異常な背丈……もしかして八尺様……?」
「ぽぽぽ、ぽぽっ、ぽ」
女は微笑みを湛えながら、嬉しそうにゆっくりと頷いた。
「弘樹ッ、何事じゃッ!!」
物音を聞き付け駆け付けたのだろう。脱衣所の外から千影の声が聞こえる。
「千影さんッ、八尺様っていう都市伝説の妖怪がッ!?」
「新参の妖じゃなッ!! 弘樹、開けるぞッ!!」
「えっ!?」
弘樹が慌ててバスタオルを腰に巻くのに前後して、黒鉄の棒を手にした千影が脱衣所の足を踏み入れた。
「そこな妖ッ!! この弘樹は儂の連れぞっ!! 手を出す気なら容赦はせぬッ!!」
「ぽ、ぽぽぽっ、ぽぽ」
「クッ、環が言うておった様に話が通じんか!? 致し方ないッ、フンッ!!」
気合と共に千影は黒鉄の棒を女の胸に突き入れた。
「ぽぽっ!?」
その一撃で女は風呂の壁を破壊しながら家の外へ吹き飛び、「ぽぽぽ……」とどうやら苦痛の声を上げている。
「ああーっ!? お風呂の壁がッ!?」
千影に遅れ駆け付けた優子が、破壊された風呂の壁を見て悲痛な声を上げた。
「……すいません。俺があそこにいる多分、八尺様だろう怪異に襲われて……」
「えっ、八尺様……」
優子はその名前を聞いて風呂の壁の向こう、家の裏庭に転がった女に気付いた。
「はぁ……ぽーちゃん。何やってんだい……」
「ぬ、ぽーちゃん? 優子、知り合いか?」
「ええ、あの娘はぽーちゃん。まぁ、ぽぽぽしか言えないから便宜上そう呼んでるだけだけど……背が高くてぽぽぽとしか喋れないけど、たまに農作業を手伝ってくれる優しい娘だよ」
「優しい……あの、俺の知識では八尺様は気に入った人間を連れ去るって……」
「うーん、あれかねぇ、弘樹君が生きてる子だから、本能が出ちゃったのかもしれないねぇ」
「ふーむ……」
千影はぽーちゃんに視線を向けながら唸ると、妖気で作り出した黒鉄の棒を消した。
「へぇ、器用なもんだ。千影ちゃんは願いで出した物を消せるんだねぇ」
「まっ、まぁ、この世界でそれなりに長く生きておるからのう」
「そうかい……えーと、それじゃあ、取り敢えず風呂を直して……」
優子は祈る様に両手を組み目を瞑った。するとぽーちゃんがぶつかり壊れた壁と窓が、時間が逆転する様に再生される。
その様子に弘樹が感心していると、吹き飛ばされたぽーちゃんは「ぽぽぽ」と呟きながら起き上がり、窓に歩み寄ると瞳に涙を溜めつつ弘樹をじっと見つめた。
「ぽぽ、ぽ、ぽぽぽっ」
「……うぅ……なんだかこっちが悪い事をしている気がしてきました」
「ぬぅ……じゃが弘樹をどこぞに連れ去られても困るぞ」
「しょうがないねぇ……ぽーちゃんちゃん、話を聞いてあげるから玄関に回りな」
優子が窓から顔を出しそう言うと、ぽーちゃんはぽぽと返事をして玄関のある家の表へと向かって行った。
その際、脱衣所にいた弘樹を名残惜しそうに見つめたが、千影が彼を庇う様に前に立ち睨みを効かせると、残念そうに姿を消した。
「ふぅ……優子が言っていた様に生者……生身の肉体を持つ者をあの妖は求めるのやもな」
「生身の肉体ですか……ハッ、ハクションッ!! うぅ、折角、風呂で温まったのにスッカリ冷えちゃいましたよ」
「ぬっ、それはいかん」
千影は湯舟に駆け寄るとお湯に手を突っ込む。
「ふむ、弘樹、湯はまだ暖かい。体を温めるがよい……ついでじゃ、背中を流してやろう」
「そっ、それは大丈夫ですからッ!!」
ニコニコと微笑みを浮かべ服を脱ごうとする千影の肩を弘樹は掴み、クルリと回れ右させると慌てて彼女を脱衣所から追い出した。
「ふぅ……千影さん、初心なんだか大胆なんだか……」
嘆息しつつ弘樹は再び湯舟へとその身を鎮めた。
■◇■◇■◇■
優子の家の居間、こたつで向き合い白いワンピースの女と割烹着の女性が話している。
「ぽぽ、ぽぽ、ぽ、ぽぽぽっ!!」
「ぽーちゃんちゃん、いくら我慢出来なかったからってお風呂を覗いたり、無理矢理入って来たりしたら駄目だよ」
「ぽぽぽッ、ぽぽ、ぽぽぽぽッ!」
「ぽーちゃんちゃんだって同じ事されたら嫌でしょう?」
「ぽぽ……」
優子に諭されたぽーちゃんはぽろぽろと涙を零しながらションボリと頭を垂れた。
「ふむ……優子、お主、こやつの言葉が分かるのか?」
「ううん、全然。ただ、それなりに付き合いが長いから、こうじゃないかなぁって」
「若い怪異は本能に従い動くと聞いたが……」
「そうらしいけど、ちゃんと駄目な事は駄目って教えれば、言う事聞いてくれる子はいるよ……きさらぎ駅みたいな全然話も出来ない、もう現象みたいなのもいるけどね」
現象……こやつは女の姿、つまり個として存在するから教え導く事が出来ると言う訳か……。
千影はションボリと涙ぐみテーブルを見つめるぽーちゃんを見ながら、そんな事を考えおもむろに立ち上がると帽子を被ったその頭をポンポンと撫でてやった。
「ぽぽ?」
「お主はまだ赤ん坊のような物の様じゃしな……優子に学び、人との付き合い方を覚えよ」
「そうだねぇ、それが出来たら、ぽーちゃんちゃんなら誰かと一緒に暮らせるかもねぇ」
「ぽぽぽ?」
そう言って小首を傾げるぽーちゃんに千影は優しく笑い、再度ポンポンと頭を撫でてやった。
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