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幽世放浪記  作者: 田中
幽世に住む人々
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第一村人

 人の魂の暮らす村、弘樹(ひろき)達が降り立ったそこは、現代の日本でも田舎に行けばまだ残っていそうな、いたって普通の農村だった。

 暮らす人々も現世と変わりないようで、尋ねた家の敷地には軽トラが止まっていた。


「車が普通にあるんだ……」

「ふむ、山に引っ込んでいた間に、人の暮らしは随分変わった様じゃの」


 白い軽トラを眺めて千影(ちかげ)は興味深そうに頷いている。


「うーん、駅もあるし、文化の度合いは集落によって違うって事でしょうか?」

「そうじゃろうな。元々、儂の様な(あやかし)と人の魂、人間は相容れぬでな。お互いに離れて暮らしておるのじゃ」

「へぇ……じゃあ、この村で泊るのは無理ですかね?」

「いや、事情を話せば泊めるぐらいはしてくれるじゃろう……そうじゃ、早速こいつで」


 千影は大天狗の旋風(つむじ)に貰った首から下げた勾玉を握り締めた。

 勾玉が光を放ち、次の瞬間には千影の頭から角は消え、金の瞳は落ち着いた茶色に変わった。


「あ……」


 人の姿に変わった千影に弘樹は思わず見とれてしまう。


「なんじゃ? 何処か化け損じておるか?」

「いえ……ウッ、可愛すぎる……」


 体を捻りながら、キョロキョロと自分の体を確認する千影の姿に弘樹はボソリと呟いた。

 そんな弘樹を他所に確認を終えた千影は、玄関に歩み寄りドンドンとガラスの引き戸を叩く。


「すまぬ。旅の者じゃが一夜の宿をお借りしたい!! 納戸でも何でも、屋根があれば良いので頼めぬか!?」


 千影の声に家の中から、はいはい、ちょっと待ってねと女性の声が返事を返す。

 やがて現れたのは割烹着を着た二十前後の、黒髪を後ろで一つに束ねた女性だった。


「先程も申したが旅の道中、夜を明かす場所に難儀しておる。礼はする故、一晩、泊めて頂けぬだろうか?」

「あれまぁ、随分の古風な喋り方をする人だねぇ。それにそっちのアンタは刀なんて下げてるし……」

「フフッ、古風か……まぁ、生まれて随分経つからのう」

「長くお迎えが来ないって事は、生前は酷く疲れた暮らしをしてたんだねぇ」

「あの、俺はこの幽世に来てから日が浅いんですが、生前がキツイとここでの暮らしは長くなるんですか?」

「ああ、ここは人の魂を休める場所だからね。長老から私はそう聞いてるよ……一晩、泊めて欲しいんだったね。立ち話もなんだ、上がんなよ」


 女性はそう言うと引き戸を大きく開け弘樹達を家へと招き入れた。

 青木優子(あおきゆうこ)、そう名乗った女性は集落の事を弘樹達に教えてくれた。


 それによればこういった集落は幽世の各地にあるらしく、そこでは人の魂が生前と同様の暮らしているらしい。

 ただ、生前と違うのは願えば何でも叶う事、それは食べ物でも家電でも家でも、手に入る事だという。

 なので死んで暫くは殆どの者が好きな場所に家を建て、だらだらと過ごすのだそうだ。

 ただ、ぐうたら生きるのも限界がある。大半の者はやがて何か趣味か仕事を始めるらしい。

 そしてやがて心が癒えた者から来世へと旅だってゆくのだという。


「で、私は今、心の休養の為に生前、憧れてた農業しながらのスローライフを満喫中って訳さ」


 座敷に置かれた掘りごたつに足を突っ込み、こたつの上の蜜柑に手を伸ばしながら、優子はフフッと微笑んだ。


「ふむ……すろーらいふか」

「ああ、んで、旅人だって言ってたけどあんた達は?」

「えっと、実は俺、死んでなくて生きたまま、こっちに迷い込んじゃって……」

「えっ!? あんた死人じゃないのかいッ!?」


 優子は驚きの余り、蜜柑を剥いていた手を止め、真ん丸に目を見開き弘樹を凝視した。


「弘樹は儂の家の近くで……なんじゃったかのう……すきーじゃったか」

「あっ、スノボです」

「そうそう、すのぼをしていて、気が付けばこちらに来ていたそうじゃ」

「へぇ……そういう人がたまにいるとは聞いてたけど……」

「それで儂らは弘樹を現世へ戻す為に、ここから更に南東にある、きさらぎ駅を目指して旅をしておるのじゃ」

「きさらぎ駅……悪い事は言わない。あの駅には近づかない方がいい」


 弘樹達の旅の目的地を聞いた優子は、蜜柑をこたつのテーブルに置いて静かに首を振った。


「何か知ってるんですか、優子さん?」

「……死人の中には前世へ未練を引きずってる人も多い。そんな人達は現世に戻れるって噂を頼りにあの駅に行くんだ……そんで誰も戻ってこない」

「戻ってこないのは、現世に行けたからではないのか?」


 千影の問い掛けに優子は再び首を横に振った。


「この集落でもきさらぎ駅に行った人がいたんだ。んで、その人は見ちまった……」

「見たって……一体何を……」


 弘樹はゴクリと喉を鳴らし、優子の言葉を待った。


「その人は駅のホームまで行ったそうなんだけど……駅のホームに入ってきた電車の中には以前、きさらぎ駅行くって言ってた見知った顔が乗ってたそうだよ……あの駅に着く列車には生者も死者もごった煮で詰め込まれてる……多分、囚われてしまって来世にも行けず現世にも戻れず、ずっと列車に乗ったまま永遠に時を過ごすんだろうって、話を聞いて見に行った長老は言ってた」


 電車に囚われ永遠に……。


「ふむ……じゃが、生者が乗っておると言う事は、何処かに現世との繋がりがあるのじゃろう?」

「多分、そうなんだろうけど……その生者を乗せるのもあの怪異の匙加減だと思うし、都合良く現世に戻れるとは思えないけどねぇ」

「うーん……」


 優子の言う様に確かに現世に行く行かないはきさらぎ駅、駅が怪異なのか列車がそうなのか、全部含めて怪異なのか分からないが、ともかくその怪異の気分次第だろう。

 銀狐の環の話では若い怪異は本能のままに振る舞い、話も出来ないというから現世に戻りたいと言っても言う事は聞かないだろう……。


「どうしましょうか……」

「そうじゃのう……取り敢えず行くだけ言ってみんか?」

「千影ちゃん、話聞いてたかい? 延々と電車に乗るはめになっちまうんだよ?」

「じゃが儂らの知り合いは、きさらぎ駅が現世への道じゃと言うておったしのぉ」

「ですね。虎穴に入らずんば虎子を得ず。行ってみましょうか」

「はぁ……どうしてもって言うなら止めないけど……」


 優子はため息を付いて、困り顔で蜜柑を口に放り込んだ。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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