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幽世放浪記  作者: 田中
幽世に住む人々
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白い帽子とワンピース

 長同士のすれ違いによって仲違いしていた天狗と狐。

 二つの一族は大天狗の旋風(つむじ)、銀狐の(たまき)の和解によって表向き(いさか)いを止めた。

 旋風と環の話では、今後は天狗の里と狐の里は少しづつに交流を増やしていくそうだ。

 双方の跡取り、疾風(はやて)夕霧(ゆうぎり)の婚姻も正式に認められ事態は一応の収束を見た。


「ここでの仕事は終わりじゃな……まったく、骨が折れたわい」

「すいません、千影(ちかげ)さん。俺の我儘で……」

「構わんよ。家の近くで天狗と狐に騒がれるのも迷惑じゃしな」


 狐の里に二日程逗留し体を休めた弘樹(ひろき)と千影は、目的地であるきさらぎ駅に向かうため出立の準備を進めていた。

 まぁ準備といっても保存食等、消耗品の補充ぐらいだが。

 そんな準備をしていた弘樹達の下に旋風と環が連れ立って姿を見せた。


「もう出るのか? ……出来れば疾風と朝霧の祝言までいて欲しかったが……」

「すいません。俺もお祝いしたかったんですが、なるべく早く戻らないと、あっちでの居場所が無くなりそうなので」

「そうか……今回は世話になった。これはその礼じゃ、持っていけ」


 そう言って旋風は翡翠で出来た勾玉(まがたま)を二つ、弘樹と千影に差し出した。


「何ですか、それ?」

「儂と環で(しゅ)を込めた。願えば空を飛ぶ事と何にでも化ける事が出来る」

「何にでも……」

「お主らが行く先……きさらぎ駅じゃったか。(わらわ)も噂で聞いた事はあるが、随分と面倒な物のようじゃの」

「うむ、あのような若い妖は自我が薄く本能のままに行動する。それはお守り代わりじゃ、危ないと思ったらすぐに飛んで逃げよ」

「ふむ、飛んでか……儂は飛ぶのは苦手なんじゃが……」


 旋風の言葉にそう言って顔を歪めた千影だったが、最終的には心遣い感謝すると旋風から勾玉を受け取った。

 弘樹もありがとうございますと革紐の付いた勾玉を受け取り首に掛ける。


「そこな鬼がおれば、まぁ大体の事は何とかなるじゃろうが、それでも気を付けよ」

「最近は奇妙な者共が次々に生まれておる。先程、旋風殿が申した様に若い妖に話は通じぬ。戦うにしても逃げるにしても躊躇はするな」


 旋風と環の忠告に弘樹は表情を引き締め頷きを返した。


「はい、肝に銘じておきます」

「奇妙な者共か……」


 そんな弘樹の横で千影はふむと右手を顎に当てる。


「千影さん?」

「いや、最近、生まれる者共は呪いや祟りを伴う連中が多いと聞く。儂で対処出来るかと思うての」

「じゃから逃げれる様に勾玉を渡したんじゃろうが」

「空を飛ぶのは苦手なのじゃッ!」


 そう言って自分を睨んだ千影を見て、大天狗の旋風はガハハッと腹に響く声で笑った。


 そんなやり取りの後、疾風や夕霧、青葉に焔等、知り合った者達に別れを告げ弘樹達は狐の里を後にした。



■◇■◇■◇■



「うぅ……自分の意思で飛んでおってもやはり怖い物は怖いのじゃ……」


 狐の里を出た弘樹達は早速、もらった勾玉の力の一つ、空を飛べる力を用い先を急ぐ事にした。

 旋風の言っていた通り、勾玉を握り願えば自在に空を舞う事が出来た。

 出来たのだが、やはり元来空の飛べない千影は自らの意思で飛びながらも、その事に怯えていた。


「そんなに怖いんですか?」

「お主は平気そうじゃのッ!!」


 笑みを見せ飛んでいる弘樹を見て、千影はブンブンと両手を振って憤慨した様子を見せた。

 その姿が可愛らしくて弘樹は思わず笑ってしまう。


「そんなに怖いなら手を繋ぎましょうか?」

「手を……うっ、うむ。よろしく頼む」


 おもむろに差し出された手を握り、二人は森を抜け南東を目指し飛ぶ。

 手を握った事で多少は安心したのか、千影は先程よりも飛ぶ速さが増していた。

 この分なら徒歩で歩いていた時の何倍も距離が稼げるだろう。


 弘樹がそんな事を思っている間に二人は山を一つ越えた。開けた視界の先には平原が広がり、雪で真っ白に染まっている。

 所々に民家らしき物が立ち、その周囲は防風林だろう高い木々で囲われていた。


「ここは人の魂が暮らす村の様じゃな」

「初めて会った時に言ってた、ひと時、心を休める場所って奴ですか?」

「そうじゃ……そろそろ日が暮れる。弘樹、今宵はこの村で休むとしようぞ」


 千影の言葉で弘樹が空を仰ぎ見ると、日の光は山の影にもうすぐ姿を隠すほど傾いていた。


「そうですね……どこか泊めてくれそうな所は……」


 弘樹がキョロキョロと視線を彷徨わせると、雪に覆われた平原で何かが体を揺らしている。


「なんだアレ?」

「弘樹、見るなッ!!」

「ちっ、千影さんッ!?」


 その何かに気付いた千影がいきなり顔に抱き着き弘樹の視界を塞ぐ。

 硬い鎧越しだったが、鎧の匂いとは別の甘い香りが鼻腔をくすぐり、弘樹は思わず赤面してしまった。


「あれは最近、ここ十年、二十年で見られる様になった妖じゃ。その正体をハッキリ見てしまうと、心が砕かれ惚けてしまうという話じゃ……」

「心が砕ける……あっ!? もしかしてくねくねッ!?」

「知っておるのか?」

「はい、ネットの掲示板……現世(うつしよ)の噂で聞いた事があります。千影さんが言った通り、その正体を見ると気が触れてしまうとか」

「うむ……この村も中々に危険な様じゃの……」


 千影は弘樹の顔を胸に抱きしめたまま、周囲を見渡す。


「……所で千影さん」

「なんじゃ?」

「そろそろ放して頂けると有難いんですが……」

「ぬっ、そっ、そうじゃなッ!!」


 千影は自分が鎧越しとはいえ、胸を押し付ける形で弘樹の頭を抱えていた事に気付くと、頬を赤らめスッと彼から離れた。


「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ」


 そんな二人を白い服に白い帽子の女が奇妙な声を放ちながら、じっと見上げていた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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