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幽世放浪記  作者: 田中
傲慢な天狗とひねくれ者の狐
14/63

残された時間

 弘樹(ひろき)達が奥座敷に駆け付け襖を開けた先では、鼻に皺を寄せ牙を剥いた七尾の銀狐とその狐に羽団扇を翳す大天狗の姿があった。

 睨み合う両者は一触即発の雰囲気を醸し出しており、何か切っ掛けがあればすぐにでも戦いを始めそうだ。


青葉(あおば)さん、狼の睫毛を」

「おまッ、こんな時に何言ってんだッ!? 正体なんて覗き見なくても、長も狐もさらけ出してんじゃねぇか!!」

「いいから」


 二人の妖気に怯え弘樹の懐に潜り込んでいた青葉から狼の睫毛を受け取ると、弘樹はその睫毛越しに銀毛の狐と大天狗を見た。


「……うーん、二人とも素直じゃないなぁ……」

「弘樹、何をするつもりじゃ」


 奥座敷に歩みを進めようとする弘樹の肩に千影(ちかげ)が手を置く。


「お二人に相手の本当の姿を互いに見て貰おうかと」

「ふむ、なるほどな…………なれば少し彼奴らの気を逸らすか……二人とも耳を塞げ」


 千影の言葉を聞いて弘樹と青葉が耳に手をやると、それを確認した千影は妖気を用い黒鉄の棒を作り出した。


「喝ッ!!!!」


 千影はその妖気で作り出した黒鉄の棒を床に打ち付け、それと同時に大音声を上げた。

 声は空気を揺さぶりガタガタと奥座敷を揺らし、互いの事しか見えていなかった狐と天狗の気を弘樹達に向けさせた。


「ぬぅ……鬼と人の子か……今はこやつの相手で忙しい、後にせよ」

「そうじゃ、今は妾と天狗、それ以外は不要な時ぞ」

「そうはいきません。お二人ともこれを翳し互いを見て下さい」

「おっ、おい止めろよ、弘樹ッ!?」


 そう言って慌てて懐から抜け出す青葉を横目に、弘樹は奥座敷に足を踏み入れると、対峙する二人の真ん中に立ち、左手で狼の睫毛を掲げてみせた。


「……それは狼の睫毛か? そんな物で何が見える?」

「いいから見て下さい」


 睫毛の事を知っている様子の大天狗、旋風(つむじ)に弘樹は手にした睫毛をスッと差し出す。

 先程までは殺し合い直前まで行っていた旋風と(たまき)だったが、千影の一喝とその噴き出す妖気を全く感じていない様子の弘樹の登場で、場は少し白けた物になっていた。


「さぁ、早く」

「……小僧、お主、人の子の癖に妙に押しが強いのう……」


 グイッと睫毛を自分に突き出す弘樹に苦笑を浮かべつつ、旋風は睫毛を摘み目の前に掲げ銀毛の狐を睫毛越しに見た。

 牙を剥きこちらを睨む狐は、睫毛の向こうでは静かに涙を流していた。その姿に旋風は怒りでは無く、深い悲しみしか感じなかった。


「これは……」

「見えましたか?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、次は環さんですね」


 旋風は差し出された弘樹の手に茫然と睫毛を置いた。

 睫毛を受け取った弘樹は今度は鼻に皺を寄せる銀狐、(たまき)に同様に睫毛を差し出す。


「狼の睫毛……確か、その者の本性が見えるとか……彼奴の本性など……」

「旋風さんは環さんを見ました。いいんですか、あちらにだけ見られても?」


 弘樹の言葉を聞いた環は牙を収め、鼻を鳴らした。


「フンッ、そなた、中々に策士じゃな……どれ……」


 環の背中で揺れる尾の一つが弘樹の手から睫毛を拾い上げ、その瞳の前にスッと据えられる。

 視線の先には赤ら顔で長い鼻を持つ大天狗では無く、悲し気な瞳の老人が立っていた。

 環の記憶の中、若く生き生きと空を飛んでいた旋風はもうそこにはいなかった。


「……老いたのう、旋風殿……」


 小さく呟き、弘樹に睫毛を返すと、銀毛の妖狐は十二単を着た銀髪の女性へと姿を変えた。

 同時に旋風も大天狗から先程、環が見た老人へと姿を変える。


「本当に死ぬのじゃな」

「うむ、まぁすぐという訳ではないが、恐らく二百年の後には儂はこの世におらんじゃろ」

「二百年……たった二百年……」


 人にとっては長い時間だが悠久の時を生きる妖にとって、二百年は短すぎるようだ。


「……夫婦として添う事は出来なんだが、これから結ばれる者の親として付き合ってゆかぬか?」


 旋風の言葉に環の目が潤む。


「…………そうじゃな……せめて二百年だけでも……」

「そう、悲しそうな顔をするな。疾風には多く子を儲けるに様に言うておく……」


 歩み寄る二人に合わせ、弘樹はそっと座敷を出て襖を閉めた。


「一件落着じゃな」


 襖を閉めホッと息を吐いた弘樹に千影が微笑みかける。


「ええ、上手く行ってよかったです」

「弘樹、お前、よくあんな状態の長達の前に割り込めたな」

「あんな状態って? 確かに修羅場な感じでしたけど……」

「いや、修羅場っていうか、妖気がバチバチで、近寄っただけで焼き殺されそうだったじゃねぇかよ」

「……そうなんですか?」

「うーむ。多少は散らしたが……やはり妖気の大きさを感じ取れぬのが一番大きいのじゃろうな」


 千影が大妖にも怯えない弘樹に苦笑いを浮かべていると、バタバタと足音を響かせ疾風(はやて)夕霧(ゆうぎり)、そして(ほむら)が駆け寄って来た。


「妖気は収まった様だが、一体何があったッ!?」

「弘樹の機転であの二人はお互いの腹のうちを見た。もういがみ合う事は無い筈じゃ」

「父上が環殿と……」

「それは本当なのかやッ!?」

「ええ……」

「なれば、我らの婚姻は両方の一族に認められて……」


 何百年もいがみ合っていたのだ。長が命じたからといってすぐにお互いが歩み寄る事はないだろう。

 だが、疾風と夕霧が結ばれ、二人が子を生せば認める者も出て来る筈だ。

 夕霧の言葉を聞きながら弘樹がそんな事を思っていると奥座敷の襖が開き、素顔のままの旋風とそれに寄り添う形で銀髪の女が姿を見せた。


「長、本当に天狗共と和解をッ!?」

「焔か……長く妾の嫉妬に付き合わせてすまなんだ……」

「これからは狐とも仲良くするんですね……」

「青葉……そうじゃ、もとはといえば儂が寿命を気にしていたのが原因じゃ……疾風、お前も狐の姫を残し先に死ぬじゃろう……これからの時間を大事にせよ」

「……はい、父上」


 大天狗、旋風の言葉を聞いた疾風はそっと夕霧の肩を抱き、ゆっくりと頷いた。

お読み頂きありがとうございます。

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