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幽世放浪記  作者: 田中
傲慢な天狗とひねくれ者の狐
13/63

痴話げんか

 天狗の長、旋風(つむじ)に抱えられ弘樹(ひろき)千影(ちかげ)は空を飛んでいた。

 弘樹は空から見る幽世の姿に瞳を輝かせ、千影は意外にも両手で顔を覆って小さく縮こまっていた。


「ハハハッ、怖い物が無さそうな千影にも苦手な物があるとはなぁ」


 弘樹の頭の上で木葉(このは)天狗の青葉(あおば)が楽しそうに笑う。

 弘樹達と話した後、過去の事をアレコレ聞かれる事を疎んじた旋風は、二人を連れてコッソリと屋敷を抜けだした。

 それを報告を終えて木の枝で昼寝をしていた青葉に見つかり、結局、彼を連れ狐の里に向かう事になったのだ。


「やっ、やかましいッ!! 儂に翼は無いのじゃから、い、致し方なかろう」

「千影さん、景色が凄く綺麗ですよ」

「弘樹ッ、お前は落ちたら死ぬのじゃぞッ!?」

「落ちたら旋風さんが何とかしてくれますよ」

「フハハッ、ほんに肝の据わった小僧じゃ」


 そう言って笑う旋風の顔は赤く鼻の長い天狗の物に変わっていた。

 その天狗面の旋風の翼は、弘樹達が三日掛けて歩いた道中を半日で駆け抜けた。


 バサバサと羽音を鳴らし(たまき)の住む屋敷の庭に降り立つ。


「ふぅ……生きた心地がせなんだわ……」


 地面に降り旋風の腕から解放された千影はそのまま地面にへたり込んだ。

 よっぽど高い所が怖かったらしい。疲れた様子の千影に弘樹は手を差し出す。


「大丈夫ですか、千影さん?」

「お主は本当に怖くは無かったのか?」

「はい。竜の首を持った亀とか、人面の鳥とか……色々見れて楽しかったです」


 そんな事を話していた弘樹達を、侵入者の存在に気付いた兵士達が取り囲む。


「貴様は大天狗ッ!? それにそこにいるのはこの前来た鬼ども!?」

「あっ、(ほむら)さん。あの旋風さんが環さんに話があるそうなんで、会わせてもらっていいですか?」

「大天狗が長に何の話があるというのだッ!?」

「お前の知らぬ遠い昔の話よ……ともかく上がらせてもらうぞ」

「ウッ……」


 旋風が金の瞳を向けると兵を率いていた赤狐、焔と兵達はたじろぎ後退った。

 以前、青葉が言っていた妖気という奴だろうか。

 弘樹には全く感じられなかったが、青葉は弘樹の頭の上でビクリと体を震わせ、千影はほんの少し目を細めていた。


 動きの止まった兵士達を後目に旋風は下駄を脱ぎ屋敷へと上がり込む。


 そんな旋風の後を追い弘樹達は環の住む屋敷の廊下を進む。

 旋風は建物の作りを知っているのか、案内されてもいないのに迷うことなく奥座敷、弘樹達が環と対面した部屋を探り当て、スパンと襖を開いた。


「……相変わらずじゃな」

「久しいな環」

「鬼よ。お主は訳を聞いて来るのでは無かったのか?」

「あの、直接話して貰った方がいいかなと思いまして……えっと、後はお二人で……」

「えっ!? 俺も聞きたいのにッ!?」

「お主、ほんに知りたがりじゃの」


 千影はともすれば部屋に入ろうとする青葉を捕まえ、襖を閉めた弘樹と共に奥座敷を後にして縁側で待つ事にした。

 縁側に座り庭を眺めていると、弘樹達を見つけた焔が駆け寄って来た。


「貴様ら、敵の総大将を連れて来るとはどういうつもりだッ!?」

「天狗さんと狐さんがいがみ合う事になった原因はあの二人にあるので、直接、話合いをしてもらおうかと」

「確かに長が天狗を嫌っているから、我らもそれに(なら)っていたが……」

「なら、今後、遺恨が解消され、環の気持ちが変わったならそれに倣えば良い」


 千影が焔に話していると奥座敷の方から環の声が聞こえて来た。


「さような事で(わらわ)と添う事を止めたのかッ!?」

「さような事とはなんじゃッ!? 儂が消えた後もそなたは何百年、いや千年を超えて生きるのじゃぞッ!?」

「そんな物、一緒に生きた数百年の記憶があれば、いかようにも耐えてみせるわッ!!」

「その記憶が重荷になると儂は思ったのじゃッ!!」

「では、あの時そう言えば良かったではないかッ!!」

「言って聞く玉ではなかろうがッ!!」


 言い争う声と共にグラグラと建物が揺れ始め、妖気を一切感じられない弘樹にも何か不味い事が起きていると察せられた。

 気付けば青葉は弘樹の胸元に潜り込み、焔と千影は奥座敷の方を見据え、身構えている。


「あっ、鬼と人の子ッ!?」

「一体、何があったんだッ!?」


 声の方に視線を向ければ、慌てた様子で駆け寄ってくる疾風と夕霧の姿が見えた。


「ふむ、話合いは上手く行かなかった様じゃの」

「話し合いって……まさか、父上と環殿が!?」

「……はい、直接、面と向かって話せば問題は解決すると思っていたんですが……ふぅ……ちょっと様子を見て来ます」

「待て、弘樹。大妖二体の間に人間が入るのは危険じゃ」

「でも、放っておけませんよ」


 縁側から立ち上がり奥座敷に向かおうとする弘樹にやれやれと肩を竦め、千影もその後に続く。


「千影さん……」

「痴話げんかに巻き込まれて、お主が死んでも困るのでな」

「……ありがとうございます」


 弘樹は千影に苦笑を浮かべると、揺れる屋敷の廊下を奥座敷に向かって駆け出した。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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