まるでロミオとジュリエットのような
招き入れられた離れは、離れと言いつつ弘樹が住んでいたアパートよりも広く、なんなら千影の家よりも大きかった。
その離れの座敷の一室で相対した疾風に弘樹と千影は用向きを話す。
「大天狗さんからは連れ戻して欲しいとは頼まれましたが、疾風さんが狐のお姫様と愛し合っているなら、引き離すとかは考えていないんです」
「うむ、お主が狐の術で誑かされておらず、自分の意思でここにおるなら他人が口だしする事では無いからのう」
「あっ、ただ、事情を説明しに一回戻って欲しいと、大天狗さんは言っていました」
そんな弘樹達の言葉を聞いて、疾風は苦笑を浮かべる。
「事情を説明しにねぇ……君達はそれを聞いてどう思った?」
「どうって……一族の跡取りが何も言わずに消えたら色々困るんじゃないかって、だから大天狗さんの言葉は真っ当に思えましたが……」
「儂は半々かの」
「半々?」
「うむ、説明に戻った息子を閉じ込めるやもとな」
「わたしもそう考えている。父上は戻った私を軟禁するだろうとな。そうなればもはや夕霧と会う事は叶わぬ」
「そんな……長に限ってそんな事は……」
青葉はアタフタとしていたが、疾風と千影は当然だと頷きを交わしていた。
「千影さん、大天狗さんは本当にそんな事を?」
「我らより、彼の者の気性を良く知る息子がそう言うておるのじゃ。可能性は高いじゃろう」
「そんな……一体、どうしたら……」
「弘樹、お主はどうしたいのじゃ?」
「俺ですか? 俺は……」
いがみ合う一族、その一族の跡継ぎ二人が恋仲。まるでロミオとジュリエットじゃないか……あの二人は二人とも死んでしまったけど、あんな悲恋にはしたくない。
近々で恋人に振られた弘樹は、愛し合う二人には出来れば幸せになって欲しかった。
「えっと……俺は……」
弘樹が自分の考えを話そうと口を開きかけた時、バタバタと足音が聞こえ勢い良く襖が開かれた。
スパンッ、そんな音を立てて開けられた襖の向こう、そこには肩を怒らせ弘樹達を睨む銀髪の少女が立っていた。
「疾風殿は渡さぬぞッ!!」
十二単を着た銀髪の少女は開口一番そう叫び、弘樹達の横を駆け抜け天狗の跡継ぎ疾風へと抱きついた。
「疾風殿、そなたもゆうて下され!! この夕霧と添い遂げるとッ!!」
「勿論だ。私は夕霧殿以外の女人と一緒になるつもりはない」
「ああ、疾風殿……」
「夕霧殿……」
桃色の空気が部屋に充満するのを感じつつ、木葉天狗の青葉は飛びながらわなわなと両手を震わせ、千影はやれやれと苦笑を浮かべ、そして弘樹はこのままここにいて良い物だろうかと気まずさを感じていた。
「あのー」
「何じゃッ!? 疾風殿は渡さぬッ!!」
「いえ、そうじゃなくて。お二人はその両想いなんですよね?」
「そうじゃッ!! この状況を見てそれ以外、考えられんじゃろうがッ!?」
「だったら、その事をちゃんと双方の親に説明した方が良いと思うんですけど……」
弘樹が控えめに提案すると、疾風は渋面を浮かべ、夕霧は口をへの字に曲げて、ギュッと疾風の体に回した腕に力を込めた。
「そこの鬼が言った様に事情を話に戻れば私は幽閉されるだろう」
「そうじゃッ!! じゃから疾風殿は密かに里を抜けだしたのじゃッ!!」
「でもこのまま狐の里で二人が一緒になると、天狗さん側の反発が強くなると思うんですよ」
「確かに跡継ぎを狐側に取られた形になるからのう……」
千影が嘆息しつつ弘樹の言葉を肯定する。
「若、本当にこの娘と祝言を上げて、狐と暮らすんですか?」
不満気な青葉に疾風は困り顔で微笑んだ。
「夕霧殿の説得で狐の長である環殿には一応の許しを得た……狐達の中には先程の焔の様に、それを望まぬ者も多いようだがな」
「あの、そもそも、二つの一族がそこまで仲が悪くなったのは、何が原因なんです?」
「……母上に聞いた話では、全て大天狗が悪いと……」
「ふむ、具体的には大天狗は何をしたのじゃ?」
「それは教えてくれなんだ……ただ、彼奴が悪いの一点張りで……」
「うーん……夕霧さん、お母さんに会わせて貰えないでしょうか?」
母上に? 小首を傾げた夕霧に弘樹は言葉を続ける。
「はい。実は俺、最近、恋人に振られてて……」
弘樹の告白を聞いた疾風と夕霧はそうなのかと少し同情的な視線を送り、青葉は何の話だよとあきれ顔をした。
千影はチラリと弘樹に目をやり、なにやら思案しているようだった。
「だから二人には幸せになって欲しいんです。その為には天狗と狐、両方の一族が納得していた方が絶対に良い」
「しかしのう……母上も頑固じゃからなぁ」
「ともかく、話だけでもさせてもらえませんか?」
「……何故、そこまでする? 旧知の仲ではない他人に、そこまで干渉する必要はないだろう?」
「何故…………多分ですけど、後悔したくないからだと思います」
確かに疾風も夕霧も会ったばかりの他人だ。だが自分が動く事で状況が変わるなら弘樹はやってみたかった。
元カノの紗子と付き合っていた頃はかつての友人の怪我の事もあり受け身で、弘樹はイケイケの彼女の言うままにデート先や食事の場所を決めていた。
そんな受け身な弘樹の事を、紗子は気に入らなかった部分もあった様に思う。
"今日はイタリアンでいいよね?"
"ああ、いいよ"
"……弘樹って、何でも私の言うこと聞いてくれるよね"
"えっ? だって行きたいんだろ、イタリアン?"
"そうだけど……たまには提案して欲しいっていうか……ホントに楽しんでるのか不安になる"
そんな紗子との会話を思い出し彼女が別れを告げたのは、事無かれ主義だった自分にも原因があったのではと彼は感じ始めていた。
それは棘の様に弘樹の心に刺さり、事あるごとにチクチクとした痛みを彼にもたらした。
「確かに俺は二人とは他人だし、このまま、問題を放置して先に向かう事も出来ます。でもそれをやったら生きている間、ずっとその事を考えてしまいそうで……」
「後悔か……確かに私もこのまま一族の理解を得ないまま、夕霧殿と結ばれても後悔しそうだ」
「疾風殿…………人の子、天狗と狐、二つの一族をお主なら一つに出来るか?」
「それは……絶対とは言えません。ですが全力でやるつもりです」
現世とは別の場所。ひょんな事から迷い込んだ世界だが、しがらみがない分、やりたい事は心の命ずるままに思い切りやってみよう。
そうする事で今までとは違う自分になれるかもしれない。そうすればきっと俺は……。
そんな事を考えながら疾風たちを弘樹は真っすぐに見返した。
「こやつは人の子じゃが胆力は中々の物じゃ。任せてみてもよいと思うぞ」
千影も牙を見せ微笑みながら弘樹の後押しをしてくれた。
「……分かったのじゃ。母上と引き合わせよう。ただ、母上は娘の此方にも大天狗との事は話してくれなんだ。人のお主に話すとは思えんがの……」
「全く他人の、それもこの世界の住人でない俺になら、もしかすると話してくれるかもしれません」
「……前向きな奴じゃ……」
そんな弘樹を見て夕霧は呆れ顔で笑った。
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