狐達の里
木葉天狗の青葉が当たりを付けた場所には白い壁に囲まれた昔の京の都、平安京の様な街が存在していた。
その街の門近くで弘樹たちは狐の群れに囲まれる事になった。
「貴様ら娘達に何をしたッ!?」
「こやつらが話を聞かずに襲い掛かって来たのでな、返り討ちにした迄よ」
……あれは千影さんが挑発したからだと思うんだが……。
弘樹は心の中でそう呟きつつ苦笑を浮かべる。
「えっと、返り討ちにはしましたが、雪の中に放っておく訳にもいかないので、ここまで運んだんです」
弘樹が口を開くと、先程声を荒げた五本の尾を持つ赤毛の狐がスンと鼻を鳴らした。
「貴様、人間だな? 人間が何故、生身で幽世にいる?」
「こやつは偶然、こちらに迷い込んだのじゃ。儂はこやつを現世に帰す為に同道しておる」
「それはご苦労な事だ……仲間を送り届けた事に免じて見逃してやる。その者達を置いてさっさと立ち去れ」
「そうはいかん。儂らは大天狗から倅の事を頼まれておるでな。この里にいる事は白狐から聞いた。大天狗の倅に会わせてもらいたい」
千影は弘樹が担いでいる白狐を顎でしゃくりながら、赤毛の狐を金の瞳で睨んだ。
「フンッ、貴様らは天狗に付いたのだな?」
「あの、俺達はどちらの味方でも敵でもないです。ただ頼みを聞かないと天狗さん達が通してくれそうに無かったので……」
「…………天狗の頼みとは何だ?」
「疾風さんに事情を話しに一度戻ってほしいと」
「…………いいだろう。ついて来い」
「良いのですか?」
赤狐に金毛の狐が耳元で囁く。
「それで天狗の小僧が姫から離れるなら、願ったり叶ったりではないか」
「なるほど」
赤毛の狐が牙を見せ小さく笑うと、金毛の狐も口の端を持ち上げる。
「その者達は我々で運ぼう。小僧の所に案内してやる」
赤狐の言葉で弘樹たちを取り囲んでいた狐達は、その身を平安時代の様な古風な出で立ちの人へと変じ、弘樹と千影から白狐達を引き取った。
「この馬鹿者どもが。鬼に喧嘩を売るとは……」
「だって、あいつ等が長の威を借ってとか馬鹿にしたんじゃもの……」
「そんな軽い挑発に乗るな、よいか、狐は相手を掌で踊らしてこそじゃ、そもそも……」
年長者らしき狐の男に説教されながら白狐達は運ばれていく。
狐には狐の流儀があるんだなぁ……弘樹がその様子を見て少し感心していると赤狐が変じた狩り衣を来た男が口を開く。
「こっちだ。ついて来い」
「ふむ、行くか弘樹」
「あっ、はい」
「狐の里か……流石に入るのは始めてだぜ」
頭の上で狼の睫毛越しにキョロキョロと周囲を見渡す青葉に苦笑を浮かべつつ、弘樹は赤い狩り衣の後に続き、いつか教科書で見た平安の街並みの様な狐の都へと足を踏み入れた。
■◇■◇■◇■
碁盤の目様に張り巡らされた道を歩き、赤い狩り衣を着た狐の男は一軒の屋敷へと弘樹達を導いた。
「へぇ、こいつはまやかしじゃ無くホントに屋敷だぜ」
弘樹の頭の上で狼の睫毛越しに街を見ていた青葉が驚きの声を上げる。
「まやかしって、じゃあ今まで見えてた街並みは?」
「本物もあったけど、半分ぐらいは幻だぜ。へッ、見栄っ張りなトコは狐らしいぜ」
鼻を鳴らし憎まれ口を叩く青葉に弘樹が肩を竦めていると、狩り衣の男が屋敷の門を守る兵に口を開く。
「疾風殿に客人だ。取り次いで貰いたい」
「客人ですか……鬼に人に……それに天狗? 何者です、焔様?」
「大天狗に頼まれたらしい。小天狗は見張りだろう」
「……分かりました。お待ちください」
声を掛けられた兵の一人が門の中へと姿を消す。
やがて戻って来た兵は焔と呼ばれた男に頷きを返した。
「お許しが出ました。どうぞ中へ……」
「ご苦労。行くぞ、ついて来い」
「あっ、はい」
「さて、どんな者やら」
「偉そうな奴だぜ」
焔の言葉に三者三葉な答えを返すと、弘樹達は兵士に案内される焔の後に続き屋敷の門をくぐった。
その門の先には街並みと同じく、平安の貴族の館に似た広い庭と平屋建ての豪華な建物が建てられている。
庭に植えられた木には、弘樹が見た森と同様、季節は冬の筈なのに花が咲き誇り、一部の木々は紅葉していた。
また庭には池が作られ、その池には錦鯉が泳ぎ、その池の上に張り出す形で座敷が作られている。
「わぁ……豪華ですねぇ」
「確かに豪華じゃが、花も紅葉もその季節にあるから美しいと儂は思うがのう」
「まったくだ。これじゃ成金趣味もいいとこだぜ」
「フンッ、鬼や天狗には素晴らしさが分からんらしいな」
焔は鼻を鳴らし、皮肉げな笑みを浮かべる。
「疾風殿、客人をお連れ致しました」
そんなやり取りの間にも、一行を導いた兵士は疾風がいるのだろう離れの前で立ち止まり、建物内へと声を掛けた。
「ご苦労だった。そなたは下がってよい」
「ハッ」
兵士が持ち場に駆け戻るのを弘樹が見送っていると、離れの美麗な装飾のなされた襖が開き、中から白髪で金眼の青年が姿を見せた。
大天狗の息子の筈だが薄緑の狩り衣から覗く肌は白く、鼻も高いは高いが大天狗程、長くは無い。
「若ッ!!」
弘樹の頭から飛び出した青葉が、その青年の胸に飛び込む。
「おっと……お前は青葉か?」
「はいッ!! 青葉で御座いますッ!! 心配しましたぞッ!!」
「すまないな……どうしても夕霧殿に会いたくてな……それで、そちらの二人は?」
「疾風殿に大天狗から言伝を賜っているとか」
「……人と鬼……珍しい組み合わせだな。まぁいい、話は中で聞こう」
そう言うと疾風は弘樹達に離れに入る様促す。
「焔、君は席を外してくれ」
「しかし……」
「父からの言伝、狐の君には不快なものもあるかもしれん。もしそうならこの二人も話し辛かろう」
「……分かりました。しかし後程、仔細を聞かせてもらいますぞ」
「分かっている」
頷きを返した疾風に顔を顰めつつ、赤毛の狐、焔は庭を去って行った。
「さて、中で話を聞こうか?」
爽やかな笑みを浮かべた美形な疾風に、弘樹は若干気後れするものを感じていた。
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