神獣降臨
予想以上のアホで呆れが出る。僕がエリアナやセリアナさんからの依頼で、ガハルト公爵領の公都に潜入した時には、既にかなりの準備が整っていた。アレは完全に侵略する気だ。
ガハルト公都はミズチの大河の真横に位置し、上流に位置することで河口側への流通も牛耳る大家だったのだろう。加えて南方の玄関口の1つ、ミズチ大橋も近くを通っていることから物流の中心でもあった。しかし、現在は橋の再建の目途も立たず、物流は難を逃れた輸送船による物に限られる。それだけで大きなダメージなのだが、現在のガハルト公爵領にはもう一つ大きな問題が浮上していた。ガハルト公爵が直々に抱えていたはずの荘園から管理していた荘園主、小作農、農奴がかなりの人数で消えていたのだ。そうなると農業生産は伴わない。南方最大の領地を持つガハルト公爵領に求められている食料増産命令の要求量など満たせるはずもない。
ケンベルクが行おうとしているのは単なる侵略などではない。逃げ出した人間の代わりに人手を略奪しようと言うのだ。
捕らえた人足は奴隷化してしまえば簡単には抜け出せない。そういった黒い思惑を回し、ケンベルクは魔の森の資源を利用して軍需物資を揃えたのだ。……しかし、それにも問題がある。食料を横流ししている事、法外な値を吹っ掛けて暴利を貪っている事。この辺りは既に領外へ漏れており隣領の正規兵のみならず、冒険者経験のある住民や逃げて来た元ガハルト公爵領民などが武装蜂起さながらに構えているのだ。この辺りを気にしていないことに呆れというか疑問が残る。戦力さが大きすぎる。どんなに大きく見積もっても普通に負けると思う。
最悪なのはガハルト公爵軍の士気の低さ。アレではまともな戦にはならない。
(どう考えてもアホだろう……。というか、この程度の軍需物資でいくつの領を襲撃する気だ? 領地を拡げるにしたって足りないだろう。その後のしっぺ返しの方が大きい)
そして、ケンベルクは知らないのだろうが、実質的に言ってガハルト公爵領と呼べる場所はもうほとんど残っていなかった。南方唯一の公爵領であり、上級貴族領であるガハルト公爵領は栄えていた時は、資金力もあり財政もまともだったのだ。しかし、何代前かは厳密には知らないがファンテール王国が傾き始めた頃から、ガハルト公爵領も徐々に財政は傾き、税を上げざるを得ず、ケンベルクに至っては魔境の開拓を推し進める王の太鼓持ちを始める始末。民衆の心は一部の繋がりのある者以外は冷え切っていたのだ。兵士の士気の低さもそれに起因している。
僕が出て来るほどの事でもなかったか? と思いながら、今回はケンベルクを……ガハルト公爵領を消滅させることを腹の中で画策している。その為にツェーヴェの協力も取り付け、僕はどこの領がどう動くかと、ケンベルク自身がどういう身の振り方をするかを監視しているのだ。
こんな横暴な行動に出るような奴が前線で、華々しく宣戦布告などする訳が無かろう。それくらいは僕にもわかる。絶対にケンベルクはここから動かない。どういう頭の構造をしているのかは知らないが、作戦は成功する物だと確信しているようであるからな。
「ふふふ……ふはははははは!!!! この従魔の首輪さえあれば、森の主を意のままに操れる! これからは俺様の時代だ!! 俺はこんな小さな領地に収まる存在じゃないっ! 俺は、俺は王になるんだっ!! 俺がガハルト王国を建国するんだッ!!」
何とまぁ……ツェーヴェをあの程度の魔道具で押さえつけようとしていたらしい。ツェーヴェから心が消えたような、汚らしい者を見る視線がケンベルクへ注がれている。
現在の僕らは魔物化してケンベルクの執務室内の死角に隠れ、様子を見ているのだけど……。
馬鹿らしい……。そこから僕がちょこっと粗を探った結果、ツェーヴェをあの首輪で操り、南方領を全て制圧し北方もその流れで襲撃、王座を簒奪するつもりとのこと……。そんなことができるならばどこかの時代の領主がそういう事例をやらかして、国が崩壊していてもおかしくないんだけどね。まず、土地の主に手を上げると、土地の主が抑えない限り、大暴走に近い現象の引き金になる。
土地の主って言うのは力関係で最上位だから、その称号を得ているんだ。その存在を上回る存在が現れれば奪われることもある。その中で、主の力を一時的にでも抑え込むと……。魔境のパワーバランスが崩れる。大暴走ほど露骨に動きはしないが、外縁から都市付近まで魔物が多数現れることは考えられることなのだ。
ケンベルクは以前の大暴走から学んでいなかったんだね。別に主は万能じゃない。……根本的に人間が考える理の外にある存在だと、理解せねばならないのだ。その力を抑えるためにはそれだけのリスクのある物を使わねばならない。
(まぁ、ツェーヴェをあの程度の魔道具で抑えられるなら、黒の森であんな大暴走は起きてなかっただろうね……)
(そうね……。ここまでの底抜けのアホを見たのは初めてかもしれないわ)
(ははは……。底抜けのアホか。そうだね。ここからは僕らはヨハネスさん達に被害が出ない程度に協力しようか)
(了解したわ。じゃ、またあとでね)
僕とツェーヴェは早々に見切りをつけ、ケンベルクの執務室を後にする。ここは魔素が薄いからね。魔境から出て長居するには、余りよろしくない土地なのである。僕達のような魔人クラスはそれ程問題ないとは言え、消耗はするので体力回復の為に魔境の外縁に帰り様子を見る。
そこにイオの配下から連絡が来た。ケンベルクが乗った馬車が魔境『魔の森』方向へ出発。必要があれば始末すると言うが……。必要ないので僕は首を振り、彼におやつを手渡して帰還を促した。ケンベルクは放っといても問題ないと思う。アイツ1人の力で何ができるかは知らないけど、それほど大きなことはできまい。
~=~
それから数時間後、ヨハネスさん伝いでガハルト公爵領に隣接する領地の領主へ伝令が回り、武装蜂起は収束しつつある。しかし、一部の者はまだ扇動を続けているようだ。ヨハネスさんについて念話魔法を飛ばして来る蛇魔人の斥候さんから報告が来ている。ケンベルクが混ぜ込んだサクラだろう。
僕も時間を見て公都から出陣を控えていた本陣の目の前に姿を見せる。
どうも僕が隠蔽せずに姿を見せると、常人では立ってられない濃度の魔素が漏れ出ているとのことで……。僕は出ていくだけで問題ないと言われた。むしろ、それ以上に激しい威嚇を行うと魔素に弱い人間が死亡してもおかしくないので控えろとまで言われている。僕らも探知魔法や各々の方法で身内の配置を確認し、ガハルト公爵領の全域に轟くように全員で咆哮を上げる。僕以外……。
~=~
最初に轟いたのはスルト。スルトもあれからかなり成長しているので、普通の姿から神獣姿になれる。四足系龍種は珍しいけれど、彼女はまさにそれだ。フォレストリーグ方面で火柱が上がり、スルトが演出込みで変身したんだろう。……(すちゃっ)とか言ってそう。
(パパたちはまだみたいだけど……。なんで? なんでスルは人気? まさか、そんなに怖くない?)
スルトは何故か人気になっているようだ。思念派で困惑が伝わってくる。
~=~
次はゲンブ。本当は人の姿の方が好ましいらしいけど、今回は神獣の降臨で魔境の主が怒っていることを誇示するのが目的なので何とかお願いした。ゲンブの咆哮と共に派手な噴水が上がったから、あっちも問題ないでしょう。
(やはりこの姿では怖がられますか……。私、けっこうこの街付近は買い物にも来るのですけどね)
ゲンブは怖がられているらしい。うん。外見は厳ついもんな。内面がもう少しマイルドなら外面には出ないと思うよ。
~=~
三番目はタケミカヅチ。タケミカヅチは空から垂直降下しながら神獣変化を行い、その背にはテュポーンを乗せている。正式にそういう仲になったとは聞いてないけど、もう実質的には妻だよね? タケミカヅチは稲妻の時点で民衆はビビり散らしているから、威圧には十分すぎる。
(おほ~! いいねいいねぇ~。たまには人里もいいなぁ~)
いや、今回の目的は観光じゃないから。行きたければ蛇神神殿にもいつでもいけるじゃない?
~=~
四番目はヴュッカ。ヴュッカって神獣変化できるの? え? できる? マジか。いつの間に。人魚族と交友を結び、エリアナ領での生活が続く中でそれだけの力を得たらしく、水源の迷宮と虹色湖畔をちゃんと自身の力と結び付けたのだ。そのヴュッカは蛇と言うよりは細長い魚のような姿だ。
(ひゃわ~ッ!! 私もついに神獣です!! 土地持ちの夢も叶って天にも昇りそうですぅ~ッ!!)
ダメダメ、その恰好だと本当に天に昇れるだろうから。この周辺だけならいいけど、それ以外で騒ぎになるととっても面倒だから……。
~=~
最後の威嚇は公都で僕が行う。僕だけ人の姿だ。神獣変化しても僕だけいつもと変わらないんだよ。すっごく悲しい。なんで僕だけ変わらないんだろう? ツェーヴェ曰く、僕もちゃんと神獣変化はしているらしいから、なっているはずなのに。まぁ、人間の姿でも魔素の隠蔽を解くと、ビビられた。かなりビビられた。ガハルト公爵軍、壊滅(笑)。みたいな状況になってる。
「ガハルト公爵に継ぐ。我は王都より北東の『黒鋼の森』が主、クロである。貴様の蛮行、目に余り罪を裁かんがためこの地に参った。釈明の言あらば一度のみ耳を貸そう。直答を許す」
まぁ、ケンベルクが居ないことは知ってるんですけどね。だから、わざわざツェーヴェに魔の森で待機してもらっているんだもん。今頃……、あ、ツェーヴェが神獣変化した。そんでもってガチギレですね。やっぱりあの程度の魔道具は僕らにはおもちゃ程度の効果もなかったのだろう。
そして、各所で威圧の為のパフォーマンスを行う。各々の属性の攻撃を空へ撃ち放ち、これ以上ない力の誇示を行った。もう、ガハルト公爵は引き返せない。さぁ、どう出る? ケンベルク君。
~=~
・成長記録→経過
クロ
オス 生後100日~105日
主人 エリアナ・ファンテール
身長120㎝
全長15㎝……身長8.5㎝
取得称号
NEW ・謎の少年
神獣変化→変化なし(強化はされている)
~=~
~神獣変化~
ツェーヴェ→蛟
〇巨大な深藍色の大蛇。河川と源泉の守護獣。水の大精霊との同化に必要な称号
スルト→加具土
〇四足の火炎龍。全身灼熱しており赤橙の重厚な体色をしており、火の大精霊との同化に必要な称号
ゲンブ→月夜見
〇月の大精霊のの同化に必要な称号。姿形に変化を与えることはなく。全強化と結界魔法を強化
タケミカズチ→アマツマガツチ
〇嵐を司る古代の神龍の魂と契約するのに必要な称号。龍族限定の称号。外観には特に変化は無し
ヴュッカ→黄龍
〇暗明を司る龍の加護。光魔法と闇魔法の特大ブースト。もちろん黄金の龍のように変身
~=~