閑話休題11『獣人族の御嫁さん会議』
エリアナが管理する王祖の迷宮にある獣人族居住区にて、十数人の女性が額を突き合わせとあることを相談する建物があった。そこにはこの迷宮内に居る獣人族の族長の娘が大半を占めており、彼女らは移住したばかりの頃のような不安などなく楽し気な口調が目立っている。
ここに集まるのは基本的に十代前半から十代後半の少女が多い。その中に1人。その中で1人だけ居る30の大台を踏み抜き、未だ未婚で男性経験すらない女性が盛大に咳ばらいをした。
女三人寄れば姦しいとは言うが、若い女性がこれだけ集まれば自然と近況報告のような流れになり、議題は進んでいない。今日、ここに集められた族長の娘達は皆、その方向へ注目する。視線の先でこの集会の中心となる獣人族総代表『九尾族』のホノカが重々しく口を開いた。
「それで、移住から結構立つけど……私はともかく他のこも誰もお手付きにすらなってないの?」
その言葉に全員が俯く。それもそうだ。ここに居る子女全員が本来はクロに向け、差し出された扱いなのである。最初こそ皆困惑したし、中にはこういった扱いを受けねばならない事に嫌悪感すらあった娘も少なくなかった。しかし、移住からしばらくしてクロの人格を知り、仕事の真面目さや対人関係での公平さにこの場に居る者には彼を嫌う物はいなかった。しかも、初期から好意を持っていた子女に至ってはそれなりにアプローチもしていたのだ。
それなのに誰一人手を出されていないという結果に、自身のことは置いておいてホノカは頭を抱えていた。
確かに獣人族は万能選手だ。体力もあり身体能力も高く、環境順応性も非常に高い。それ故、女性である彼女らの中にも斥候兵である娘も居れば、魔法活性のある種族であれば魔法銃を担いで隠密狙撃を行う娘もいる。近接戦の特異な娘、農業、鍛冶、建築、配送業、家事手伝い、事務仕事などなど。各々の特技を活かしてあちこちで活躍はしているのだ。何事も均一にできてしまう故、目立たないだけで。
「最近、クロさんに逃げられるんです」
その時、斥候兵の中でも指折りの少女から声が出た。それを聞いて、ホノカは嫌な予感が的中した……と額を抑えた。獣人族はクロとの接点はそれ程多くない。街中に居てもクロはそれ程目立たず、いきなり消えたり現れたりする。鼻や耳のいい獣人族でさえそれなのだ。下手をすれば他の種族も絡みが減っている可能性がある。
セリアナから言われていたのだ。少し前にいろいろな種族からクロは追いかけまわされた。クロは周りに平等ではあるけれど、それほど社交が広いという訳でもない。人見知りという訳でもないが……。そのクロを過剰に多くの女性が狙えばこうなることは目に見えていた。他の女性達に先を越されて、考えていた上で一番面倒な状況に陥っているのだ。
とはいえ、セリアナはそれを超える作戦を既に考え付いている。クロは魔人だ。魔人がどういう生態なのかは解らないことの方が多く、クロのことも本人にさえよくわからないところがあるのだ。そのクロでも逃げられないことはある。逃げはするが諦めは早いクロ。……クロの寝所に直接配送されてしまうという状況が近づいているのだ。
「はぁ……。ねぇ、この中で我こそはって子は居るかしら?」
「「「「「はい?」」」」」
「そ、その……あのね? 他の種族の方々がクロ様に相当過激に迫ったみたいで……。クロ様はそれを警戒して逃げているらしいの。だから、無理のない子を選抜して、よ、よ、夜這いを決行するって……セリアナ様から言われているのよ」
しかし、少女達からは誰からも挙手はない。そればかりか、自分以外の少女達はホノカそっちのけで顔を見合わせ、全員がホノカを指さした。ホノカが手塩にかけて育てた三人の娘達まで……。
ホノカは最初は『?』……と頭上にクエスチョンマークの嵐を噴き出して考えを回した。それでも周囲の少女達の視線はどんどんトゲトゲしさや呆れが混じりはじめ、殆どの少女がジト目をホノカに向けていた。
そして、ホノカが育てた娘で最年長のコスズがため息交じりに口を開いた。
ここに居るのは何も族長の娘などだけではない。中には希少種族の娘も混ざっている。特に絶滅ギリギリの種族の娘は優先的にこの場に組み込まれていた。もちろん、セリアナから事前に相談があり、本人の意思も加味された決定であるが……。
その上で下手をすれば娘のような年ごろの少女に囲まれているホノカだが、何故ここに居るのか……それを思い出せとコスズに言われてホノカは思い出した。ホノカは九尾族。狐の獣人は居ても妖狐族はとても数が少ない。魔術とは別に妖術という術系統を使用可能で、年老いない不老の種族。また、幻獣族とも大別される彼女は、本来子を残すべき種族なのだ。しかも、ホノカはその中でもプレミア中のプレミア。ホノカは通常の妖狐ではなく白妖狐である。
「もうッ……。私達は種族の血を残すって意味が強い訳なんだからさ。お母さんが頑張らないでどうするのよ」
「そうそう。いくら30超えてても、不老の種族、妖獣はほとんど見ないんだし。しかもその中でも神聖な白狐族と、妖狐族の血を両方もつお母さんが最初に行かないでどうするの?」
「というか、こう言う時は一番人生経験豊富な人から行くべきだと思う」
散々な言われ様のホノカであるが、実際そうなのである。この場に居る十数人の半数がその特殊な血筋。半数が族長の娘だ。両方の理由を持つ娘ももちろんいるが。
それに獣人族はまだまだ数が居る。実はここに居るのは適齢期の娘の居る種族に限っているのだ。無理に番う意味はないので、順々にというセリアナからの配慮もある。いくら獣人が早熟でも、早すぎる場合はあまりよくない結果になることも多い。逆に年が行き過ぎていてもクロとカップリングが上手くいかない場合がある。その点、ホノカは実年齢32歳とは言えど、外見年齢は20歳前半くらいだ。
妖獣族特有の艶のある美しさと怪しい魅力も、年齢を重ねた妖獣族であればあるほど濃い。不老の獣人は繁殖時期もかなり長く、繁殖期の概念を除けば基本的にいつでも繁殖可能。数が少ない妖獣族は出会ってすぐに繁殖となることも多いので、それが種族としての生存戦略となっているのだ。
まぁ、通常の獣人族であっても発情期はお熱い上に多産。人族など比にならない繁殖能力を持つ。その代わり、通常の獣人は若干寿命が短いという弱点はあるが。
「えッ? 私?」
「そうですよ! ホノカ様はなんたって獣人族の総代表ですからねッ!!」
「うんうん。私達のようなオボコの為に、ひとばし…ごほんっ……。そうです。見本となってもらえればと」
「そうですよね~。ホノカさんなら男性をメロメロにして傅かせるくらいできそうだし。きゃーッ!!」
「……ね? 皆の前で赤っ恥かく前にさ、私達四人だけで行くようにしておかない? その方が身のためだと思うよ?」
その時のホノカは激しい羞恥に圧迫されたことで、正常な判断能力を欠いていた。……もちろん、これはホノカが育てた三姉妹による演出であり、他の娘達と共謀して義母を人身御供に仕立て上げたわけだが……。
しかし、母と共に四人で行くことになったホノカ一家の三人娘も、漏れなく地獄を見ることとなる。それはまだまだ先の話ではあるが、これだけは言えるだろう。戦う相手の戦力を見誤ることなかれ。情報の重要性は戦場の生死を分けるのだ。
それから連続で獣人族の娘達が阿鼻叫喚の中、地獄を見続けた。最終的には被害に遭った全員で連合を組むようになるまでに、それほど時間はかからなかったとかなんとか……。




