クロの迷宮探索“水源の迷宮編”
昨日は夜遅くまで飲み歩くゴードンさんやカレッサに連れまわされた。……すっごい疲れたよ。そのまま、名残惜しそうなスルトや代表さん達の見送りに手を振りながら、爆走トロッコに乗せられて次の迷宮へ向かう。
水源の迷宮までは豊穣の迷宮から2時間くらいかかる。その間にいくつかの妖精族が独自に集落を築いているが、今回そこへは軽い顔見世だけだ。彼らの集落と産業もそこまで大きくないしね。何だかんだと3時間程かけて水源の迷宮へたどり着く。この迷宮の生産物は水中でしか生育しない特殊な薬草、野生水棲魔物から採取できる素材だ。直接的な生産物はそれ程多くない。水源の迷宮の駅に着くとヴュッカが居た。ヴュッカはこの迷宮の元々の管理者である。紆余曲折あり、現在はエリアナが管理している王祖の迷宮の子迷宮と化している。そこを引き続き管理しているのだ。
……とは言っても、彼女が主であった時とは迷宮の仕様は様変わりしている。以前は洞窟や遺跡を織り交ぜた20階層の迷宮だった。しかし、現在はその全20階層の深さを全て刳り貫き、ぶち抜いて巨大なドーム状の水中都市を形成するまでになっている。太陽光は入っていないが、光るクラゲ型疑似モンスターが広大なドームの天井付近を回遊し明かりの代わりとなっている。また僕は今回は客なので特別な魔法を使い、水中呼吸できるようにしている。街並みも陸上の街と比べて立体的。空気感は一定でしっとり柔らかな感覚のある街並みだ。割と陸上の種族にも人気の観光地と化している。
「ようこそおいでくださいました。クロ様」
「久しぶりだね。イレーヌ。元気そうでよかったよ」
「うふふ。私もうれしゅうございます。では、ヴュッカ様、クロ様、ご案内いたします」
人魚族の代表の娘、イレーヌだ。イレーヌは代表の娘であるだけではなく、人魚の薬師。つまり調剤師であり医師だ。水中の薬剤文化と陸上の薬剤文化は異なるため、解り難いが水中での医師と薬師はセット。その水中治療と陸上の薬学の融合を図るため、エルフ族もここにはよくいる。
また、ここの一次産業に当たるのが薬草栽培、水産物の養殖など。二次産業として、魚の加工品や醸造業、民芸工芸など。
一つの空間しかないのでこの巨大なドーム状の居住区には防衛区画が一切ないかと思えば……。人魚族の亜種、スキュラ族が水竜の騎兵として動き回ることで防衛は完璧。実はこの水源の迷宮は20階層の部分をかなり延長し、アルジャレド通商連合国沖の海底洞窟とつながっているらしい。もともとスキュラ族はその近海出身者とのこと。海水と淡水の違いとは? と聞きたいが、両種族とも問題ないとのこと。
なので最近では湖産の漁獲物と外洋産の海産物を両方得られるようになり、海中を移動できる特殊な船の製造などと技術も産業の範囲も拡充している。種族としては主に人魚族とスキュラ族、水妖精族の3種族が仲良く暮らしている。
「とは言いましても、やはり既存の産業のみではここは娯楽に欠けまして」
「確かに、食事と酒は他と比べても遜色ないけど、それ以外は景色と物珍しさくらいか」
「はい。できればもう少し何か風変わりな物が欲しいのです」
そうだね。確かに観光産業となるとここは些かアクセスが難しい。それでもここは人気はある。
特にエリアナの領地に住む住民からはかなり好評なのだ。最近では他地方から身を寄せ合い、恋仲になった若者たちも増えている。デートスポットや、プロポーズのために少し見栄を張るためとか……。そういう方向では凄くいい雰囲気なのだ。建物によっては内部は空気に満ちているし、陸の種族にも配慮されているし、一日中薄暗がりのしっとりした空気感はゆったりと過ごすには凄く好ましい。僕としてはこの雰囲気は壊したくない。その上で新しい産業ねぇ。
新しい区画を作るにも、ここはだだっ広い。ただでさえ広かったこの水源の迷宮を20階層全てぶち抜いたことで、広すぎるから一日で巡ることもできないしな。できるとしたら釣り渡船か? 地下の洞窟ツアーからのアルジャレド沖の沖釣りツアー。こういう旅行系の企画は無いはずだ。それなら湖面での船上レストランとかも変わり種にはなるね。水中から陸に上がるから、多少陸の人員が必要になるけど。
あ、大丈夫そうだ。
ここはプロポーズスポットだという話をしたでしょ? ここ、実は定住している元陸上の種族さんが結構いるんだよね。人魚さん達って割と恋愛が情熱的らしくて、人前で愛の歌を熱唱しちゃうくらいにはロマンチスト。もちろん、陸側に行った人魚さんも居るが、こっちに移って来ている種族もそこそこ居る。特に人族と恋に落ちる人魚さんが多い。で、人族の方々もこちらで働くためにいろいろしているしね。
「はい。そういう産業ならば我々でもこなせます。肌が乾くのが好ましくないだけで、薬さえあれば鰓呼吸を止める事も可能ですから」
「ふむ。ならそんな感じでどうかな? 確か、水中と水面の両用船は既に作り始めてるでしょ?」
「はい、それはもう。ドワーフの技術者さん達も結婚を期にこちらに移住なさってるので。その点は全く問題ありません。……これを機に大型船の建造も」
「ははは。ほどほどにね?」
「それはそうと~。ここにお出でになるという事は下見ですよね? クロ様はお相手はお決まりなんですか?」
「あ~、その話はセリアナさんを通してね」
「う~、いけず~」
このイレーヌも類に漏れずに情熱的な女性人魚。しかも適齢期のど真ん中で、元から美しい人魚族の中でも族長家系の有望株とのこと。……最近なんでかいろんな女性からアプローチを仕掛けられるんだよね。……とは言っても、僕はまだ成熟しきってないので、そういう感覚はよくわからず。この前セリアナさんに泣きついた。あまりにも多くて。激減はしたんだけど、このイレーヌ含め、数人からのアプローチは衰えないんだよね。豊穣の迷宮でもあった。キールとか、レレとか、コスズ、トリアもだ。
僕のことはどうでもいいか。
今はこの水源の迷宮で一番のレストランに来ている。どういう印象を受けるかとか、陸の魔人として利便性を含めた意見とかね。いろいろ聞きたいらしい。別に僕はそれ程食事には拘らない。このフロアも特に不自然に感じたりとかはない。物珍しくはあるけど。人魚族の文化なのか全体に白い装飾。絨毯のように見えるこれは板状に加工されているサンゴだし。どこからこの知識を取り入れたか、楽器を生演奏で聞きながら飲食できる。
このフロアは空気に満ちているフロアだ。地上の種族、もしくは鰓呼吸を止める薬を飲んだ人魚が入る二階。一階は従来の水中型で真水で満ちている。二階とは逆のパターンだね。地上の種族には珍しいデザインで見慣れたとしても、格式高さはしっかりとある。
サンゴを模した飾りやステンドグラス、シャンデリアなど。確かにちょっと見栄を張らないときついだろうね。金貨が必要なんじゃない? このレストラン。
「そうですね。一番高いコースですとおおよそ金貨5枚程。一番お求めやすいコースでも金貨1枚程かと」
「ここ以外にも似たようなレストランはあるんだよね?」
「そうですね。ここは上流階級向けと言いますか……。例えばエリアナ様とクロ様がいらした際はここ以外はお通しできません。セキュリティやおもてなしの格式など、様々な問題もありますから」
「ははは……。まぁ、高すぎて気づかれするような人もいるだろうから、もう少し柔軟に考えてもいいかもよ?」
「そうですね。ご意見ありがとうございます」
レストランの次は醸造蔵。様々な酒類を生産している。温度の問題で生産不可な物以外は、迷宮都市のほとんどの酒類を生産しているらしい。
ここの深度は20階層の位置でドーム状の最下層。ここは蔵街と呼ばれている。全体的にしっとりとしていて大人な雰囲気の、水源の迷宮中心街とは違う。ここは真っ暗な中にランタンのような魔道具の明かりに照らされ、マッシブな男の人魚やスキュラ、ドワーフが働いている。ここでは水中の高圧低温下での醸造により、また趣の違う酒を造る施設らしい。ここの酒造のために来ているドワーフも居る程だという。ドワーフは古今東西で酒好きなのだ。もちろん、豊穣の迷宮でも酒類は生産しているぞ。主にドワーフが趣味で。
それ以外にも東方出身のエルフがもたらした『味噌』や『醤油』。人魚族直伝の『魚醤』など。熟成が必要な物を治める蔵が多い区画なのだ。僕はキュウリの漬物が凄く好き。ここは豊穣の迷宮から様々な野菜類が持ち込まれ、様々な漬物にされるため、細マッシブな男性エルフもたくさんいる。僕は詳しくは知らないけどね。赤くて辛い漬物はちょっと厳しいね。
ごめん、試飲したいけど酒もまだ飲めないんで……。酢をストレートで行くのはきついかと……。みりんも似たようなもんですから。……だからお酒は無理ですってば。
ここはきれいな水にも事欠かないし、お隣が豊穣の迷宮だから蒸留施設にも事欠かない。立地は最高だよね。だから、隙を見て僕に酒を勧めないでくださいって。
ここからが僕の目玉だね。機械というか、工場的な物を組むのが僕は大好き。だから、ここは僕の肝いりだ。エルフが作る動力魔道具で魚を各部位毎に解体していく流れ作業の工場だ。魚は傷みやすくて内陸では未だに流通していない。原産地では美味しく食べれてもファンテールでは魚は王侯貴族の珍味扱い。美味しいのにね。
「と、いう事で形にはなりました。ですが、やはり人魚族に長い立ち仕事はつらいようです。魔道具も完全ではないので監視が必要ですから」
「やっぱ最初から上手くはいかないね~」
「ですが、難なく頭を落とすことと、最後の瞬間冷凍は画期的です。他の作業もそうですが圧倒的に速度が上がっています」
「味に変化はあった?」
「はい。漁場での瞬間冷凍の技術により、かなり良くなったかと。生臭さが激減です」
ふむふむ。やっぱり簡単にはいかないね。まだ改善の余地ありだ。こういう物はゆっくりと浸透していくものだし、こんな物。……と言うか、かなり最初の方から完全に空気状態だったヴュッカ。君は何をここでしているの?
ヴュッカはヴュッカで『ほえ~』とか言いながら酒の試飲をずっとしていた。そのヴュッカはここでは教師役をしているらしい。ツェーヴェのような探求欲はないヴュッカだが、あれで意外と容量が良く教えるのが上手とのこと。特にウエイトレスの教育とメイドの教育? それって学校で教える事なのか?
なんでも、ここには人魚族向けの学校という物は無いらしい。エリアナの意見で各居住区に学術機関を作ってあるはずなのに、人魚族の居住区にはそれが無いという。まず大きな問題として、人魚族は独自の文字を持たない。文字らしき物というか、必要な物を『象形文字』のような物で残している程度でほとんど文字文化という物が無いという。その代わり、頭がとてもよく共通語は一瞬で覚えたし、記憶力がとても良い。そのためデスクでの学習と言うよりは、肉体的にマナーなどを習得するなどがメインなんだと。初めて知った。まぁ、水の中では文字を書いてもね。絵みたいなもので記憶した方が効率的なことはよくわかる。その為、人魚族の魔法は独特。歌唱に合わせて魔法を使うとのこと。それもヴュッカが教えているらしい。
「ヴュッカ様はとても素晴らしいお方ですよ」
「うん。初めてヴュッカが何してるか聞いた気がする」
「まぁ、そうですね。私、基本的にここから出ませんし。引きこもっているのが大好きなんです」
「いや、たまには外に出ようよ」
「で、でしたら、私とデートなんてどうですか?」
「キャー!! ヴュッカ様ったら~、だ・い・た・んッ!!!」
「……『人魚族のこの独特のノリに、いつまでたっても慣れらんないよ』」
まぁ、仲良きことはいいことだ。ずっと1人で病んで、狂っていたヴュッカが人魚族に囲まれて恥ずかしそうにクネクネしている。うん。順調にヴュッカも人魚族に毒されてるね。はぁ……。まぁ、ヴュッカが引きこもりから脱出するならたまにはいいか……。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後90日~95日
主人 エリアナ・ファンテール
身長120㎝
全長15㎝……身長8.5㎝
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