黒の森事変
蛟の姿で怒りを抑えもしない珍しいツェーヴェを見ながら、僕はゲンブに叱られている。タケミカヅチにとりなしてもらって今は休憩中。僕が少し前に生えたことを確認していた固有スキル『黒焔』。このスキルは固有スキルというだけあり、灰汁が強く扱いにくい。僕がもつレアスキルではあるけど、固有ではない爆裂魔法など比にならない危険度であること。何故か体感的に理解できていたので、これまで使わなかった事もちゃんと説明した。使い場所が無い強力な力程危険な物はない。
だからこそ機を見て、こういう時に使って行かないといけない。本当に必要になった時に暴発し、実際に家族を巻き込むような事態にはしたくないのだ。
この『黒焔』のスキルがどういうスキルかも、結局よくわからず終いだし……。唯一解っているのは魔素のエネルギー効率が数百倍であることくらいだ。収束時間に対しての威力が高すぎる。僕らの体の中に取り込んで生きる糧になっている『魔素』。その魔素は何も生きる為だけのエネルギーではない。僕らが使う魔法はその間接的な利用法である。『魔素』を魔力に練り直し、自然に超常的な方向から影響を起こす力として還元する手法だ。あくまで、人間や僕らが『魔法』と呼んでいる事象自体は副産物で、本来は魔素を自然に循環させる行為なんだよね。
で、僕の爆裂魔法などのように、レアスキルと呼ばれる特殊な経緯で発現される魔法はまた別のカテゴリーだ。魔素を魔力に練り、生き物が扱いやすい形状にする必要が無いだけ威力が高い。その代わりハイリスクでハイリターン。今回の黒焔はそれが激しく出た現れなんだ。本当なら奥義とかそういう段階の技だと思う。
「それは確かに危険ですね。父上の仰りたいことも理解できました。しかし、それならば我々、魔人衆にはお話ください。誰も知らぬ内にお使いになるのでは誰も助けに入れません」
「そうですね~。クロ様は少しツェーヴェ姉様や私達のことを考えて欲しいものですね~。貴方を大切に思ってる人は貴方が考えているより多いですよ~」
ゲンブに言われると頷かざるを得ないね。ヴュッカの言いたいことは少し首を捻りたいところもあるけど……。ここで変なことを言えば墓穴を掘ることは理解している。だから、ここに居るメンバーにだけ、先に解る事は公開しておく。
どのみち、ゲキオコでゲキアツ、ガチギレモードのツェーヴェは簡単には収まらない。僕のお茶目程度なら小一時間で済むけど、今回の件はちょっとどころか無視できないからね。これでファンテール国王、リックスが同動くかで僕らもどう動くかが決まって来るんだ。僕ら魔人は能動的に人間のあれこれへ介入する気はない。しかし、魔境を刺激して起こりうる災禍がどんな物か……。今回のことで理解しないならば、僕らは自分たちの住処を荒らされる可能性をもっている危険人物であると、アイツを認定せざるを得ない。
結果的に僕はこの黒の森の主になってしまった。この黒の森には生き物の欠片すら残っていないのだ。僕の放った『黒焔弾』でもとより主の存在しない混沌の森を制圧した。主の資格は拒めない。再び、僕の位階も上がっていい事ずくめかと思われるがそうでもない。黒の森は王祖の迷宮のある魔の森からかなり離れている。タケミカヅチの管理することになるセンテン高地『龍の居城』やゲンブが管理する『月光の湿原』、スルトの管理する『豊穣の丘』このようにヴュッカも『水源の都』という名前に変えたらしいし、クォアさんやリャエドさんが管理する蛇神神殿の迷宮もそれなりに近い。
俺が主にならざるを得なかった黒の森改め、現在は何もない黒の荒野を繋げるか繋げないか……。
「一番近いのがセンテン高地だね」
「……ねぇ、今回いろいろあったんだけど。ミズチの大河から南方は乗っ取りやすくなるかもしれないかな?」
「それがな? 都市奪取のは相当のポイントがかかるらしい。いきなりはむずかしいと思う」
「まぁ、僕が出張するしかないよなー」
そして、面倒なことになっていた。王が上か神獣が上か……そんなことでもめている様なのだ。それに加えて、あの愚王は黒の森の領有権は自分たちにあるなどと声高らかに言い放った。まぁ僕からは勝手にしたら? というくらいのことである。実際、今の黒の森は僕の管轄だ。僕の子ら、スルト、タケミカヅチ、ゲンブがしてきたように魔境の主となった。別に欲しくないけどね。飛び地だし。
ただ、このようにも言える。僕が親になった魔境を、簡単に開拓できるなどと考えるなよ? とね
実際問題。スルトだって利益があるからあの周辺を開拓させているだけで、拒もうと思えば拒める。ゲンブに至っては性懲りもないラザーク王国の国策を踏みにじるように、地下に穴をあけて獣人族農奴を次々と救出している。人間は魔境の主がどのような存在かをしっかりとは理解していないのだろう。
実際、それを知っている人間は国王を諫めようとしているが、もう遅い。ツェーヴェはガチギレ状態だった。それ以前の段階から、ファンテール王国の王をただ手放しに観察するだけという時期は過ぎているのだ。そもそも、人間ごときにツェーヴェをどうこうできる訳もない。人間の中には魔法封じの魔道具という物があり、それさえあれば魔物も好きにできるとかいう売り文句が出回っているらしい。
実際、下位の魔物ならできるかもだが、僕達のように自然と一体化しているようなレベルの魔物や魔人の集団を相手に剣かを売るなど正気の沙汰じゃない。……まぁ、無知な子供の相手ができる程暇でもないから何もするつもりはないけどさ。
「ツェーヴェ。その辺りにしておこう。王様はことの大きさがよくわかってないみたいだから」
「……クロが言うなら仕方ないわね。しかし、次は無いぞ?」
「それは僕も同意だね~。次の大暴走はどこまで呑まれるか楽しみだ。……誰が誰に助けてもらったのか、その緩い頭が覚えていられるといいね」
人の姿でツェーヴェ、僕が飛びあがり、スルト、タケミカヅチ、ゲンブ、ヴュッカ、テュポーンも飛んでいく。各々の方法だから。僕とスルトだけ飛びぬけて速いんだけどね。
そんなこんなで黒の森を中心にした大暴走の一部は抑えられた。ファンテール王国のおおよそ8分の1が不毛の地と化したこの事件は後の世に、黒の森事変と伝えられる。その時、神の使いが愚王を諭すも、愚王は聞き入れず……。ファンテール王国はその後、急激に坂を転げ落ち始めることとなる。
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事変から数日後の黒の森周辺。
クロの黒焔により焼き払われた黒の森は、また新たな姿形をファンテール王都の眼前に露わにした。黒の性質を反映した魔境の森は樹皮が光沢色で美しく、葉の一枚一枚が透き通る鉱石のような物でできていた。生き物は未だその場には見られない。だが、一晩でファンテール王都の草原の目前までにその不可思議な大森林は拡がり、以前の唯一のラザーク王国遠征に使用できた悪路も閉ざされた。
そればかりか、今回の大暴走で飲み込まれたファンテール王国領土が不可思議な森へと姿を変え、その森は未だにファンテール王都側に拡大を続けている。この現状を重く見たファンテール国王はさまざまな策を講じては人を放つが、何をしようとも鋼のような樹木には傷一つつかず、魔法も火薬でさえも一切効果が無い。その時には既に王都から出ていく人の流れに歯止めが効かず、ファンテール王国北方は以前にもまして酷い機能不全に陥っていたのだった。
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「それにしても凄いことになったわね~」
「まぁ、仕方ないんじゃない? 僕も望んでああしたわけじゃないから他人事だよ」
「ふふふ。貴方ってばやるときは徹底的だものね。次はどうするの?」
「それは今のところはエリアナ次第だね。馬鹿なケンベルクがなんかまたやりだしてるみたいだし」
「あ~。あれも懲りないわね~」
国王の次はガハルト公爵だ。どうも南方への移民流入を制限したり、通行に税を取るような行動をしているとのこと。まぁ、この点に関してはそうしたくなる気持ちも解らなくはない。北方からのガハルト公爵領への移民のほとんどが領内か微妙な外縁に住み着いて、課税対象の都市内に入らないからだ。
人が入ったところで都市に住み着かず、自分たちで危険な魔の森外縁に住もうとしている者が増え続ける事が面白くないのは当たり前だ。
ケンベルクもそこまでバカではないので、その開拓民へ課税しようと動いた形跡はある。けれど、残念ながら無理だ。魔の森は誰の領地でもない。しいて言うなら王家の直轄領だ。国王からの直接の達示ならば効果はあったかもしれないが、……さらに問題が根深いのがアルジャレド通商連合国との不干渉地域の外縁と言うところ。ここに至っては国王の管轄ですらない。掘り詰めると国交の関係で大きな問題なのだが、今はそのようなことを言っている場合ではないので大きなことも言えないのだ。
それよりもケンベルクは現在焦っていた。
これまでケンベルクというか、ガハルト公爵領の特産とも言えた魔境の素材が流通しなくなり、各所から突き上げに遭っているのだ。自業自得とも言えなくはないが、泣きっ面に蜂とはこのこと。ガハルト公爵領自体の生産能力は向上していくのに、一切公爵家や領地には資金が還元されない。市場が不活性化すれば自然と領の産業が低迷し、資金の巡りはさらに緩やかになってしまう。ここで投資して産業を盛り立てる必要があるのだが、今の彼にはそんな資金はない。
「魔の森開拓失敗。出征の空振り、都市の資金繰りがつかめない。最悪のパターンね。これ、セリアナの作戦でしょ?」
「魔の森開拓云々は関係ないと思うけどね。出征の空振り辺りからは見てたと思う。あの人はあの笑顔の内側に隠している素顔が本命だと思うし」
「セリアナみたいな人間は絶対に敵にしたくないわね」
「ははは……。むしろああいう人は力のある者を自ら逃すようなことはないさ。僕らと握った手を放すことはないと思うよ?」
「……『貴方も十分だけれどね。ここまで全部頭の中にあるんでしょ? 本当に怖いわ』」
ケンベルクが自滅と言うか、何もできずにのたうち回っている間は僕らはどうしようか。どこもかしこも放置で問題なさそうな感じだし。少しのんびりするのもありかもしれないね。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後85日~90日
主人 エリアナ・ファンテール
身長110㎝
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