その頃後方では……
とーちゃんとスルト姉が物凄い勢いで吹っ飛んで行った……。ありゃ~もう飛行じゃないね。何て言うのかは解らないけど、とにかく飛んではない。
俺ことタケミカヅチはツェーヴェ姉やゲンブ、ヴュッカでは不利な空を飛ぶ連中の掃討のためにここに残る。羽虫の魔物はホントに処理が面倒なんだ。羽虫の魔物は魔の森にも割と多い。魔の森は繁殖地ではないけど、黒の森から出張ってくんだよ。黒の森がなんで黒の森かって~とだ。先ず木の葉が全部真っ黒。そして中が真っ暗。あの森は特殊なやつでもなけりゃ食えない毒素を持った樹木が生い茂る森なんだ。しかも、その木の名前は幻惑樹。木が分泌する成分は方向感覚を狂わせ、どこを動いているかを錯乱させんだ。だから、元から知性とか理性とかの細かいことを考えられる能力の無い虫しか生き残れねー。あそこで主が生まれないのもそれが理由だろう……ととーちゃんが言ってた。
あれ? ツェーヴェ姉だけ残ったね。ま、ツェーヴェ姉のことだから俺やテュポーンが心配で残ってくれたんだと思う。
つーか……埒が明かねーよ。何て数だ。こんだけの数の虫が湧きだすってなると、かなりの面積をいきなり攻撃したんだろうな。俺も空を飛んで哨戒任務をするようになって理解したんだが。魔境ってのは通常の生物の生態系と魔物の生態系が混在する、それこそ混沌の地。魔物でも弱ければやられるし、野生動物でも強ければ生き残る。
「面倒だ。おい、テュポーン!! 注意してくれ、荒巻風を使う!!」
「はうっ……よ、呼び捨て。これはついに妾を番に……」
「ちげーから!! 急いで離れねーと巻き込むぞ!!」
「クルフフ、妾を誰と心得ようか? 妾は汝の妻、龍貴妃テュポーンぞ! 夫に合わせることなど造作もないのだ!!」
「……最近テュポーンも発言がぶっ飛んできたな」
俺が地面ギリギリで小さく回転飛行を行う。その際に大量の魔素を巻き込むと、その風は刃のように鋭くなり、巻き込んだものを切り裂いていく。それにテュポーンが沿い合わせるように火炎を吐き掛ける。その火炎と俺の荒巻風が混ざり合い、火災旋風ができあがった。
この時の注目点として、周りに巻き込む物が無いことが重要。味方を巻き込む可能性が非常に高いんでね。
虫の魔物は基本的に光に向かって飛ぶ。その上で風に対して反抗できるような力強い飛行はできない。できるヤツも居るがそういうヤツらは、俺やテュポーンが優先的に格闘で叩き落としてやっている。魔物って言っても、とーちゃんみたいな自然の摂理を大きく外れた魔物はすくねーからな。あ、ツェーヴェ姉もか。そういう意味じゃ、俺達クロ一家全員が自然の摂理からは外れてるかもな。
火災旋風に巻き込まれ、自分から突っ込んで燃えていく虫。ただ、油断はできねー。ほら、ツェーヴェ姉が一匹撃ち抜いた。
時折居るんだ。甲殻の表面がオリハルコンとかダイヤモンドとか意味不明な虫がさ……。今のはテュポーンを狙ってたカブトムシだ。ツェーヴェ姉の魔法は俺達の使う魔法とは違う。ミスリルゴーレム戦で考え方を変えたらしく、あれから無茶苦茶強くなった。やっぱ頭いいと強いよなー。
「ふっ……殲滅したぞ」
「?! 危ねぇっ!! 油断すんじゃねぇっ!!」
「す、済まぬ……。助かったぞ。……キュン♡」
「……」
俺とテュポーンは狙われた先を見た。アレは地上からだ。何だ? バリスタにカタパルト……。人間が使う遠距離兵器なだ。対竜騎士に使われることもあるから、今の俺達の高度だと狙い放題な訳か。チっ……これだからバカな人間は嫌いなんだ。
……でも、今の人間はちょっとかわいそうに見える。
狙われたはずのテュポーンも最初こそ怒りに満ちた表情をしていたのに、下をしっかりと確認した時には……人間を哀れみの視線で見ていた。それもそうだ。俺やテュポーンを狙った大型の狙撃兵器はバラバラにぶっ壊され、その場にいた人間はみんな水に押し流されて巨大な斧の刃を向けられている。
俺達の為にツェーヴェ姉がキレているんだ。ツェーヴェ姉は天然な感じで、よくボーっとしているけど、こういう時は凄く怖い。何と言うか、仲間と認識した物に手を出されることを極度に嫌がる。あと昔に何があったのか知らないけれど、ツェーヴェ姉は人間に容赦ない。一回は投降勧告をするけど、その先は無慈悲だ。
俺とテュポーンはさすがに見かねてツェーヴェ姉の横に着陸。人化して止めておいた。かーちゃんは流血や無益な殺しを嫌うからな。
ツェーヴェ姉曰く、この軍勢はガハルト公爵の軍勢とのこと……。あ~なるほど。かーちゃんを実家から追い出したくそ野郎の軍か……。腹は立つが、こいつらはその下っ端。こいつらに当たるのは間違いだ。その本人が出てきたらどうしてやろうか……とは考えるけどな?
「さて、貴様らに二つの選択肢をやろう」
「……」
ツェーヴェ姉。それ、実質1つしか選択肢無いから。
ツェーヴェ姉は先ほど空を埋め尽くし、俺とテュポーンの火災旋風で燃やし尽くした魔物の原因をかたった。物凄く大仰に語った……。テュポーンが立ち寝するくらいには……。そこに何人も偉いヤツだろう連中が集まって来る。ツェーヴェ姉はそれを機に、神獣の形態へ変身してより低い声音で脅す。うん。怖い。
鼻提灯を作って立ち寝しているテュポーンを只ならぬ覇気に、飛びあがりながら起きて、『ジャンピング土下座』をかました。うん。テュポーンの最初の高慢なキャラが完全に崩壊したわ。そんな俺らがアホみたいなコントをしている最中もツェーヴェ姉はここに集まる領主達を脅している。……え? ここに来ているのは全員じゃない? なんで?
理由は暈されたからわかんないけど、とりあえずツェーヴェ姉としてはこれが最後通牒であったらしく怒りは頂点に達していた。だって、急いで馬を走らせれば間に合う距離に軍隊は固まっていたのだから。大暴走の兆候というか、空を埋め尽くす虫魔物の大群に対応するために集結したのに……。大軍の後ろで踏ん反り返るだけのヤツも居るんだな。まぁ、来ないならそれまでってことなのかな? 頭の悪い俺じゃよく分かんねーけど、ツェーヴェ姉は水の足場を作り、王都を救う気概のある領主のみ連れて飛んでいく。俺らもついていく。広い範囲を蛇行するように飛行し、虫魔物のあぶれが居ないかを確認するためだ。先ほどのイレギュラーがあり得るので、俺とテュポーンはバディを組んで必ず2人1組での行動を義務づけられた。そう言われた時……テュポーンがめっちゃ嬉しそうだった。
「あ、ヴュッカだ」
「ゲンブも居るのう。手を振っておる。迎えに行こうぞ」
「おう」
ヴュッカとゲンブが担当していたらしい足の速い大型の虫魔物は……。ひでぇ……。
ヴュッカの戦闘形式はとーちゃんから聞いていたから知ってるけど、基本守り通しのゲンブがどんな戦い方をするのか知らなかったけどな。これは酷い。地竜だとしても耐えられる訳ないだろ。自分の身長の倍以上の大きさの盾を片手でブンブン振り回している妹。アイツを怒らせちゃいかんな。マジ怖い。
あちこちに可哀そうな大型虫魔物の轢殺死体が転がっている。特に昆虫系が可哀そう。昆虫って言うのは頭、胸、腹って感じで節が分かれてんだけど……、ほとんどの虫がその胸と腹の辺りで真っ二つに割れてるんだ。百足とか蜘蛛とかダンゴムシとか、ちょっとイレギュラーな連中はまたえぐいけど。たぶん、節の別れ方が違うせいで即死しなかったんだろう。吹っ飛ばされてのたうち回った結果、ヴュッカによる高速輪切りの刑に処されたのだと思う。後ろでそれを聞いて想像したのであろうテュポーンが二度見した後に身震いしたのが解った。うん。マジでこの2人のコンボはヤバい。
スルト姉みたいに一瞬で殺してくれる攻撃なら、死ぬ側も苦しまないからな。問題ないとは言わないが、苦しまない分マシだ。ゲンブの攻撃は大きな盾で轢き殺されるわけで……。人間みたいに脆ければ即死だろうけど、魔物だと生き残る可能性は高い。想像したくね~……。
「それで、母上は何をお考えなのでしょうか?」
「それはわかんね~な。ツェーヴェ姉は時々よくわかんねー事するから」
「おそらく、王を断罪するのかと。あの連れている軍勢は志の高い領主の物ですよね? ならば、ツェーヴェ姉様は愚王に最初の罪を叩きつけるのですよ。次は…無いとね」
「ヴュッカ姉様、ならば我々も急いで行きませんか? 父上とスルト姉上のことも気になります」
うん。フラグって言葉の意味がよくわかる瞬間だった。俺達が情報の擦り合わせをしている中、スルト姉の『カッ!!』が何度も閃いていたのは確認していたんだよね。そろそろバテ始めるんじゃないかな? と思った頃に、ゲンブが『行きましょうか』と言い出したんだ。
そしたら、なんか魔素が直接はじけたみたいな強烈な圧力が俺達の体を襲った。それと同時に世界が終わったんじゃないか? と思えるような白色の閃光が黒の森側に閃き、爆風がこっちにも押し寄せた。
ダメージこそないけど、俺はアレを直接体に受けた時のことを想像した。してしまった……。テュポーンは俺にしがみつき、激しく身震いしている。ゲンブとヴュッカも互いに抱き合い、体を震わせ動けないようだ。それは空中で今の閃光を見たツェーヴェ姉も同じようだ。俺らよりも胆力があるから耐えられては居るけど、冷や汗は止まってない。
俺も自分の頬を叩いて回りの全員に喝を入れ、何とか移動を開始。
もうだいぶ王都方面に近づいていたからすぐに見えて来た。間違いない。アレをやったのはとーちゃんだ。頭の悪い俺でも知っている常識ではあるんだけどもな。魔物の生命力って言うのは基本魔素だ。一部の例外、魔人級の魔物なら人間などと同じように食物の栄養でも生きられるが、それでもアレほどの魔素を収束して一瞬で放てば存在ごと消失してもおかしくない。とーちゃん……。一瞬、冷たい物が背中を伝った気がしたけど、ちょっと離れたところにスルト姉の気配と……あ、これはとーちゃんだ。生きてた……。良かった~……。
(生きてらしたようですね。一瞬、最悪の想像が脳裏をよぎりましたが……)
(だな~。しっかし……。とーちゃんはこれどうする気だろうな。俺、まだ生まれて100日過ぎてねーけど、誰からもこんな話聞いたことねーもん)
「妾も長きを生きて居るが……このようなことは見も聞きもしたことはない。まさか……」
(魔境を……たったの一撃で消滅させるなんて)
俺達は目の前でツェーヴェ姉がキレ始めたのが見えた辺りで回れ右をして。とーちゃん達と合流するために地に足を付けた。これからどうなっちまうんだろうな~……。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後85日~90日
主人 エリアナ・ファンテール
身長110㎝
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