表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/322

閑話休題7『一方その頃、フォレストリーグでは……』

 一方、その頃のフォレストリーグでは、大きな変化が現れていた。

 この街の病巣とも言える者達が一同に集まり、現状の打開が可能なのかと何が原因なのかを話し合うためだ。しかし、その部屋にはもう一人、隠れて聞き耳を立てている者が居た。だが、彼らは気づかない。気づけない。外套を着込んだ黒蜥蜴の存在には……。

 そもそも彼らの商売が狂いだしたのは、ガハルト公爵の手勢が魔の森の開拓に失敗した頃からだ。

 その頃から公にはされていないものの、不可解な事件が頻発しているのも事実。特に懐を痛めたのは悪徳奴隷商だった。この男は違法奴隷を扱う非合法な奴隷商でそのやり方もあくどい。横のつながりとして、この部屋に居る地上げ屋と娼館街の元締めも居る。

 彼らが狙うのは商売をしている土地持ちだ。現在は戦時課税という名目であちこちで重税が課せられており、その支払いに四苦八苦している者ばかり。そういうところを突け狙う。また、ゴロツキを使い、冒険者の女性を襲わせたり、孤児を売り払うなどは常。最も稼ぎが出るのは、時折見かける放浪エルフや妖精族だ。そういう存在は辺境の街に多い。それを狙っている場合もある。


「どういうことだッ?! 目を付けていたエルフ共どころか、獣人にドワーフまで忽然と消えやがったぞッ!!」

「えぇ、こちらも困っています。本来ならお支払いの形として娘さんをいただくと契約した商家が、ご家族もろとも忽然と消えてしまいましてね」

「貧民街もおかしいぞ。スラムから来ていた娼婦共が一斉に消えやがった」

「一部のごろつきの話では例の狐獣人の宿がある場所に地下通路があって、そこから脱出したという話です。なんとも不愉快極まりない。そのような物は見当たりませんでしたからね」


 彼らの情報網ではまだ伝わっていないが、彼らはもうどうしようもないところまで追いやられている。バックとしてついていたガハルト公爵家の長男、ケンベルクは先日の『魔の森開拓』、『辺境開拓遠征』などと声高らかに喧伝したにも関わらず大失敗。彼らを守る余裕などないのだ。

 奴隷商の男はどこかへ移流しているエルフが居るという話を聞き、起死回生も兼ねて南のエルフ王国側に網を張ったが散々たる結果に終わっていた。手配したゴロツキや盗賊団は手練れの者に討たれた形跡があり、エルフどころか他の亜人奴隷まで奪われる始末。商売が立ち行かない。本来目玉としていた商品が得られないのだから。

 地上げ屋も大きな損失だった。いくらかは回収できていたが、それも本来出る利益の内のホンの一部。しかも、買い上げた土地を有効活用してくれるであろう、ガハルト公爵とのつながりが危うい状況だ。彼らは今、一刻も猶予がない状況なのである。ここは支店の一部だとしても、現在はどこも不景気でフォレストリーグはまだ羽振りの良い方だった。地方の魔境が近い都市特有の金回りである。魔境からの採集で冒険者が稼ぐことで、この街は維持されてきたのだから。それがどうだろう。地上げ屋が買い上げる前に宿、食堂、武器屋など、軒並み大小の商店やそれに関係する人物が消え、街が機能不全に陥った。


「いくらかは代官が支援して回っているようだが、それもいつまで持つか……」

「なんでも、エルフ王国側にエルフの開拓村ができたそうじゃないか。おい、奴隷商の、一旗あげらんないのか?」

「無理です。私も考えたのですが、あそこには何かあります。忍び込ませた斥候が一人として帰って来てません」

「冒険者が稼いだところで、どこぞとも知れない開拓村に金が流れる。こんな不安定な街を拠点にする冒険者などいないぞ」

「既におらんわい。受付嬢共もどこぞへ飛んだしのう」


 ケンベルクとずぶずぶだった冒険者ギルドのギルドマスターも、この苦境で苦しんでいる内の一人だ。冒険者が逗留しないとなると、この街の雑用係が居なくなる。例外的にこの街は辺境最大の都市であるために、衛兵がしっかり機能していれば魔物対策にはなる。だが、既にその歪みは深くなりつつある。

 薬師が薬を作るのに必要な薬草が全く入ってこないからだ。また、ドワーフの職人が居なくなろうと人間の職人は居る。……が、材料となる鉱石も揃わない。他にも魔の森浅層で得られる資源に依存し、冒険者がそれを食い扶持にしていた都市ならではの大きな歪みが健在化している。

 その怒りの矛先は全て街の管理者に集まる。この街はガハルト公爵直営の街。つまり領主直轄なのだ。その街がこの体たらく。下手をすればもう回復の兆しさえない。彼らは、現在ファンテール王都方面の水害から南方へ集まる移民にかけているが、それも的外れな方向へと動くこととなる。本来ならば問題なのだが、代官もこれを黙認せざるを得ない状況になりつつある。

 薬不足や道具不足だけにはとどまらず、食料不足も深刻だったのだ。それを魔の森外縁に住み着いた移民が開墾した畑で補って何とか都市の内部も回る状況。しかし、彼らは都市内に居住していない為、保護を受けることもできない代わりに税をとることもできない。代官は普通に働いているだけの男。政務を行う上でこの後手後手の様相は落第点だった。そして、ここにいる男たちも何に縋っているのかは知らないが、着実に自分の立場が危うくなりつつあることに気づけていない。いや、既に取返しがつかないところに来ているのではあるが。


「ふむ、しかし、不可解な事件ばかり続きおる」

「そうだな。不確かな情報だが、どうやら公爵夫人まで消えたらしいぞ」

「何ィ? 公爵夫人が消えた? アレは確か先代の当主ともめてここに幽閉されてたんだろ?」

「確かな……。しかし、それだけじゃねぇ。俺が狙ってた宿屋の女狐、それと大金持ちの魔道具店のババアも確か同時期に消えたはずだが?」


 そこに居る全員がセリアナの姿を思い浮かべる。政治的な手腕は一流で、この街の代官を裏から支配しているとまで言われる存在だった。表っパリの書類仕事をしていただけだから癒着にある内部事情は知らないにしろ、セリアナが中心になっているのでは? ……と、訝しむが。

 冒険者ギルドマスターがそれを否定する。

 セリアナは事実『病弱だった』。城からは脱出できても衛兵に見つからずに、この辺境都市『フォレストリーグ』から脱出するなど不可能である。この都市は元から『大暴走』に晒される事を前提にされているため、城壁も大扉も堅固。警備も腐敗しているとは思えない程しっかりしている。それを28歳にもなるのに、幼女と見まがうような夫人が単独で逃げ出せるとは思えない。協力者が居たとして、連中はどこに逃げた? 最近できたエルフの開拓村は本当にエルフしかいない。正確にはエルフと『魔人』しかいないのだが……。

 彼らが知らないのか、知っているのかは解らない。だが、彼らは本当にそのきっかけを作った人間を間違えている。確かにセリアナは関係しているし重要人物には違いないが、ことの発端は異なるのだ。その発端はエリアナ。公爵家から追い出された娘。エリアナが大きな発端である。エリアナが全ての元凶である。

 ……いいや、事の本当の原因は彼らを金蔓にしていたガハルト公爵家の現当主、ケンベルクだった。何故なら、自らの立場を守るため、彼女を追い出し、暗殺しようとしてクロやツェーヴェと出会う原因になったのだから。


「んっとに……どうなってんだよ。そういや……不可解といや~よ。見ないと思ってた闇ギルドのヤツ。原因不明の死ってやつだったらしいぜ」

「あぁ、あれだろ? その公爵夫人が脱走した云々の日に大量死した話のことだよな?」

「それであってるぜ。どうも、額を何かで貫通して死んでるらしい。それも全員……な」


 その場に居た男達は各々の反応を見せる。訝しむ者、青ざめる者、あざ笑う者……。しかし、冒険者ギルドのマスターのみ、表情一つ変えずに言葉をつづける。その話は話題を振って嘲っていた地上げ屋すら震え上がらせる。知識が無いならばこんな物なのだ。

 ギルドマスターの話は可能な方法を消去法で潰していくというもの。話し方としては合理的だが、この場に居る者はその殺害手段に恐怖しか感じない。暗部や暗殺者の額を貫いている攻撃だが、大人の指一本程の貫通痕が特徴。まずありえそうな魔法だが、複数人を数秒ごとに狙い撃ちできる魔導師が居るならば既に名が売れているし、こんな辺境に居ればすぐわかる。これで魔法の可能性はない。次が火薬銃だが、どんなに遠距離を狙おうともけたたましい音が響くう上で、その銃も連射は難しい物だ。銃の可能性も消えた。残りは近接戦闘員が……っとなるがそんな手練れが居るならこちらもすぐ素性が割れる。

 その場に居た男達は……完全に沈黙した。

 そこに、効き目たっぷりの警告が叩き込まれる。そう、その場にいたクロによる一策だ。まぁ、今回彼が撃ったのはもっと小さな銃で窓ガラスと飾り鎧の頭部を貫いただけだが……。肝試し中に、ポルターガイストに襲われたように縮み上がる。それから男達が外出時、挙動不審になるのは必定。


「馬鹿だね~」

「ね~……」

「エリアナ姉様は慈悲深いのですが、どうにも命を絶つ事に良い感情が無いようですから。私達がやるしかないようですね」

「ホントは気がすすまね~けどな~」

「それは我々も同じですよ。兄上。では始めましょう」


 その日、フォレストリーグの内部で凄惨な処刑が数件行われ、人知れず悪人達の命が散った。しかし、その悪人達が消え去ったことが衆人に知れ渡ったのは10日以上経過してからの事……。それまでに以前の形に縋り、1つの街を牛耳っていた者達は忘れ去られていたのだ。こうしてフォレストリーグは徐々に自浄作用で浄化され、セリアナに頼り切りだった普通の才能しか持たない代官でさえ、難なく仕事を回せるだけにまで回復していくことになる。

 それは同時に、エリアナを追い出したケンベルクの大きな手ごまを失う事に繋がっていった。このフォレストリーグは辺境も辺境。しかし、フォレストリーグから出荷される魔境の素材はガハルト公爵領に留まらず、ファンテール王国の運命を握っていた。それは言うまでもなく、この先に大きな波紋を生むこととなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ