魔物と言う存在
蛇の魔物、ツェーヴェが同行者になった。僕にとっての1番の収穫は情報だった。彼女はぽや〜っとして、どうやってもアホな感じが抜けない蛇なんだけどさ。それを感じさせないレベルで知識は持っていた。特に周りのパワーバランス。何がどこに居るかと、縄張りの主張理由だ。あとは、彼女の興味がある資源の位置だね。
(私は食べなくてもいいんだけど、たまに食べないと気分乗らなくて~。そしたら美味しそうなお肉の匂いがしたのよ)
(あ〜そう。で? 今はどこに向かってるの?)
(クロはまだ小さいもの。この辺りで1番安全な場所に行くのよ)
(へ〜。やっぱりあの辺は危なかったんだな)
ツェーヴェの頭の上は予想以上に快適だった。揺れないしいきなり加速しないから、凄く安定感がある。必要なら鞍と鐙が要るかな~? と、思ってたけど、昼寝しながら移動できるくらいには超安全。
+αツェーヴェが意外と物知りで、興味深い知識と収集癖がある事が解った。
ツェーヴェはたぶん、僕も魔物の仲間だろうと言っている。僕も体に魔素の吸収が見られるかららしい。その辺りの知識もツェーヴェは詳しかった。なんでもツェーヴェは魔物の中でも浮いた存在で、人間の落とした物を収集する趣味があるようだ。今はそのツェーヴェの穴蔵に向かっているらしい。ツェーヴェ自身は狩りは苦手でも、強い魔物だからツェーヴェの周りは極めて安全なんだろう。
本人の人柄? 蛇柄は凄く温厚なんだけどね。そんなこんなでツェーヴェが倉庫兼住処にしているらしい場所に到着。そこは凄まじい汚部屋だった。整理のできない人…蛇の部屋を体現したような部屋だ。あらゆる収集物が雑多に積み上げられている部屋だね。
(なぁ、この統一感のない収集物? は何なの?)
(え~? 私のコレクション)
(粗大ごみの集積所の間違いじゃないのか? というか、これどうやって運んだんだよ)
(クロったら忘れちゃだめよ~。私は魔物。大きさの変化くらい造作もないのよ?)
魔物ってそんなこともできるのか。まぁ、そんなことはどうでもいいや。
このツェーヴェの倉庫は僕が生まれた場所から、この世界の人間の距離を測る単位で直線距離10㎞。僕が歩き通しで移動しても1か月くらいかかる距離だとツェーヴェに教えてもらった。癪に障るけど、ツェーヴェって教えるの凄く上手なんだよね。
それにツェーヴェからしても攻撃してこずに理性的な対話をしてきた僕は珍しい存在だったとのこと。もしかしたらツェーヴェも寂しかったのかもしれない。
そのツェーヴェの話で人間は『衣服』を作る。その前段階として、『生地』を作ると教えてくれた。その『生地』もツェーヴェの穴蔵には大量にあるから、それなら使いたければ使えばいいと……。随分と太っ腹だが、理由を聞いて落胆することになった。
(クロならお料理できそうだし。狩りも得意そうだから)
僕は食料確保と調理要員のために連れてこられたようだ。
まぁ、ギブ&テイクと考えよう。それにツェーヴェの話だと、生きていく上で人間の知識は役に立つ。その人間の知識を収集しているツェーヴェのところに居るのは僕にとっては理想中の理想な上、超良い環境。しかもツェーヴェは教えるのが上手いと来る。爬虫類生の先輩でもあるし、……ちょっと残念なことは横に置いといて、尊敬には値する。
僕の元住処はキャンプとしてこの後も活用するべきだと言われ、痕跡だけ消して残してきた。道具の類だけは全部持ってきたから、こっちでも即行動可能だ。
午前中は大きさを小さくしているツェーヴェに付き添われて食料の採集。午後はツェーヴェの集めて来た書物を元に、今は本を読むために人間の文字を教えてもらっている。ついでに魔物がどういう存在かも教えてもらっているから、存外ためになるんだよね。
(そうそう、魔物は魔法が使える野生動物よ。基本的に2種類いて、私や貴方のように知能が高くて自我のある者。魔素の浸食に負けて自我を持てず、近づくものはなんでも攻撃する者よ)
(ふ~ん。じゃ、僕らは希少な存在なのかい?)
(そうね~。私はこれまで貴方以外見た事はないわ)
(そうとう少ないんだね。そうなると、僕らは魔物ではないんじゃないか?)
(その辺りは人間が考える領分ね。私達は日々を生きれればいいのよ。だから、狩り、頑張ってね?)
僕の元住処からこちらに移って4日目。少し大きくなった気がする。人間の書物にも書いてあったけど、よく食べてよく寝るのはいいことだ。
字が読めるようになったのでいろいろ読み始めた……。ツェーヴェの収集した書物が雑多に過ぎる。どういう経緯で集めたかを聞くと、死体のそばだったり、魔物に襲われた馬車の積み荷だったりと、結構殺伐とした感じのとこから引き取ってきてたのね。
あと、僕は魔法が使えないのに、ツェーヴェは意外と器用に使う。こればかりは年の功だろう。ツェーヴェが何年生きてるかは解らないけど、確実に僕よりは長生きだろうし。これまでは苦労して火起こししていたのも、燃やすための枝や木の葉の切断、乾燥もやってくれる。ツェーヴェは知識はあるのにやろうとしないんだよな。僕が教えて提案して、セッティングするとようやっとやってくれる。僕も人間の書物で勉強したから、武器を持つことを学んで、これまでよりも大物を狩れるようになっている。
ツェーヴェは面倒見はいい。けど、食いすぎ。
(クロ、大きくなってない?)
(前にも言ったけど、僕はツェーヴェと会った時でも生後5日とちょっとだったからね。ある意味大きくなるのは当たり前じゃない?)
(それはそうなのだけどね? 大きくなる速度が速いというかなんというか……)
ツェーヴェが戸惑うのは珍しい。ツェーヴェはツェーヴェのコレクションの中にある、娯楽小説で言う所の天然令嬢系の蛇だ。物腰は穏やかで口調も丁寧。多少大食いでずれてるところはあるけど、僕の面倒を見てくれるくらいは優しく面倒見も良い。戦闘時は怖いけど……。
僕は大きくなったと言っても所詮は5㎝程度だ。生まれたころは体感3㎝くらい。……ちなみに、これは全長。口の先から尻尾の先までを合わせた長さだ。僕は尻尾の長さがそれ以外の部分と同じくらいだから、二足歩行で立ってるときは3㎝もない。悲しい。ま、所詮は蜥蜴ですからね。一応、ツェーヴェの所有物の中にある書物であらかた調べたけど、僕の種族は解らなかった。……とはいえ、解らなくても問題なし。ツェーヴェの言うように、僕らは日々を生きれればそれで問題ない種族。書物に記されている人間のように、国とか街とか村とかをまとめる必要は一切ない。
でも、ここに来て僕は解らなくなったことがいくつかある。僕が『本能』と言っていた物の中に『街』や『村』の知識があった。本当に僕は何者なんだろうか?
(それで、今日のメインディッシュは何かしら?)
(フォレストディアーのローストと、森の薬草のサラダ、デザートにチグリの実があるよ)
(本当に器用よねー。貴方)
(そうかい? ツェーヴェは人間の姿も取れるんだろ? なら、これくらいできるんじゃないの?)
そう、ツェーヴェは時折人の姿になってこの近くにある都市へ行っているらしい。
何をしているのか聞いたけど、聞いてからまた落胆した。ツェーヴェは食道楽だ。僕を見つけたのも、肉を焼く匂いを嗅ぎ取り来たと聞いた。それと同じくらいツェーヴェは知識欲が強い。貪欲と言ってもいい。それくらい書物や石板、魔法に関する道具の収集に余念がない。あと、青い宝石。
だが、それ以外は全く興味を示さない。特に僕が残しておいている獣の皮革や、魔物の素材、人間の使っている貨幣には一切興味がないと思われる。
実際に彼女は僕の面倒を見る時以外は基本的にどこかに出かけ、この森で帰らぬ人となった人間の所有物を収取してくる。時には巨大化して馬車と呼ばれる乗り物ごと持ってくるんだけど……。基本的に貨幣や金品は穴蔵には残さない。怪しまれない程度に街へ持ち込んで本や、食料に変えてしまうらしいね。
(というか、昨日も言ったけど僕の調理程度だと、手の込んだ人間の食事の方がいいんじゃない?)
(それがそんなことはないのよね~。何と言うか……。貴方のお料理は魔力が乗るのよ。たぶん、この土地で取れた素材って言うのも大きいのだけどね)
街の食事は美味しいというけど、それは味だけ。彼女や僕は基本的には魔素を体に取り込んで生きていると、書物には記されている。それが魔物の定義だ。食物からもできなくはないけど、効率的には高濃度の魔素が滞留している土地に住んでいる方が良い。魔物はこの森のような魔素溜まりの周囲に発生し、人間を害する脅威という認識らしいよ。
けど、僕やツェーヴェは違う。特にツェーヴェは僕よりも深い造詣があり、かつ思いやりもあるから魔物という区分には入らないと思う。
僕は生まれたばかりだからね。生まれて20日も経たない存在を、どうのこうの言うのは違うとも思うし。けど、実際に僕やツェーヴェは森から出ると食料を多めに取らないと衰弱してしまう。そんでもって、僕の勝手な推測だけど、ツェーヴェの存在から、ここってこの森の中心地で、魔素溜まりの中でも一番魔素の濃い場所なんじゃないかな? それなら僕が急激に大きくなれたのも頷けるからさ。
(貴方本当に人間みたいな物言いするわね)
(そうかい?)
(うん。私は街に行くこともあるからさ。なんとなく感じるのよ)
(う~ん。でも、この森で生まれたのは本当だよ?)
(その辺りは信じてるわ。というか、身長3㎝の人間なんて見た事ないもの)
判断基準の差が凄い。まぁ、この辺りの意識差は一生埋まらないと思うから気にもしない。実際、僕は蜥蜴、彼女は蛇。生き物として考えても大きなさがある。
彼女が僕に肉や薬草を加工させるのは彼女に手足がないから。人間の姿になっている時は手足があり、自由自在に動かせていたけれど、どうあがいても彼女は不器用。大雑把な扱いはできても細かい扱いは一切できない。それもあってツェーヴェと僕の関係は僕からすると『庇護』だったのだけれど、ツェーヴェの視点では違った。ツェーヴェから見た僕の立ち位置は『保護対象』ではなく、『共生相手』だったのだ。そういう違いもある。
明日も毎日のルーティンをこなすんだろう。午前中を採集&狩り、午後はツェーヴェ先生の講義。これがいつまで続くかは……わからない。
~=~
・成長記録→経過
クロ (命名 森の主ツェーヴェ)
???族
全長3㎝→全長5㎝……身長3㎝
人間の間で魔の森と呼ばれる場所に生まれた爬虫類? と思われる小さな生物。本人も知らないが転生した存在。現在は自称蛇の魔物、ツェーヴェの庇護下で狩猟と調理担当として爬虫類生を謳歌中。転生者の人格的データのインストールおよび補完が完了。これよりこの存在はこの世界の存在とみなす。