魔王国連合との開戦
お初にお目にかかる。私は元々はグマンナの士族、ギュグゾクフに属した戦士の1人、アザガだ。
私や数名の指揮官級の人員が数日前から主上より賜る任務に関して。それから我々の活躍についても少しはなしておこう。お付き合い願いたい。
私は現在お仕えしているゲンブ様のお父君、クロ陛下からの指示により故郷と隣接している土地に用意していただいた……巨大な城塞に駐屯している。このような巨大な城塞を私や数名の武官のみで管理するのは少々骨が折れると思っていたところに、思わぬ拾い物があった。時期は少しずれたが、幼馴染のギュベウが『エリアナ女王国』に移入し、同じくゲンブ様に仕える将となったのだ。人員管理や指揮系統の調整、何より倉庫番を統括して盤石に構えてくれているので私が苦労することもない。私は戦の指揮にのみ注視していられる。
我々の故郷であるグマンナの地は現在、悪魔族に攻撃されている。今更な話なのではあるのだが、私はゲンブ様の眷属となることで精霊様を直接この視界に入れられるようになり、グマンナが精霊様達から見捨てられていたのだと、まざまざと見せつけられた。会話こそできないが精霊様達からはグマンナや他の土地に居るよりも、あの地に住まう方が幸せであると感じられる。それは私と共に新たな氏族の長になったギュベウも感じたらしく、その晩は昔馴染みの2人で沈みゆく故郷と誇りある戦士達の魂を弔うため、酒を酌み交わした。
それから数日し、本来ならば恥ずべき事なのだが複数の生き残った戦士、主に女性の戦士達が我らの護る城塞に保護を求めて来た。
中には私やギュベウの知る顔もあり、現状を聞いた。どうもほとんどが女性の戦士であるのは悪魔族の蛮行が目に余る故とのことだ。逃げること、土地を捨てることを良しとしないグマンナの民の選択としては本来あり得ない。だが、頭の柔らかい者は一応居るのである。
それよりも私は別の所に気持ちが行っていたからな。ほとんどクロ陛下の仰るように事が動いていることに私は恐怖に近い物を覚えた。彼は全能なのではないか? ……と、思わされる。表情には見せないようにし生き残りの者達を保護。それから数時間後、複数の意匠の騎士団らしき集団がいきなり攻撃を行ってきた。宣戦布告も無しか。中には竜騎兵?も居る。……が、我々が何故ここに居るのかを連中は理解していない。
「アレが魔王国連合とやらか。ふぅむ……。攻撃力としてはそれ程でもない。……が、何か隠していると面倒だ。ギュベウ、お前はどう思う?」
「同じ見解だね。アレ、竜じゃなくて龍じゃない? 従魔の首輪がついているから下級の龍族に行動制限を付けているのかもね」
「だろ~ねえぃ。おら~、ああいうクズの所業は、ゆ~るせんのだがなぁ」
リキュテータス氏族のゴーメス殿だ。人によってはゴメス殿とも呼ぶが、この御仁の話口調は独特で少々聞き取りづらい。しかし、この方は荒々しい見た目に反し、最前線での指揮は大胆かつ繊細で、私も見習うべきところが多い。それに反骨気質なのかと思いきや全くそんなことはなく、気の良い兄貴肌という感覚の人物だ。外見が少々独特でとっつきにくいことは否定できんが。
私とゴーメス殿は最前線に出る騎兵隊と歩兵隊の指揮官である。だが、今回はゲンブ様の指示で我々のような最前線の戦士は出ることを禁じられている。その代わりに我が妹、リオのような精霊魔導師が城塞から極大魔法で潰しにかかると言う方法で戦う。
この城塞はクロ陛下に用意していただいただけあり、普通の城塞ではない。私も管理者としていろいろ説明は受けているが、正直こんな要塞が要所にあるならば戦にならないだろう。攻める気も失せるという物だ。敵は魔王領の大きな勢力が危機感に煽られた結果、同盟を組んだような物。急造の櫓程脆い物もない。気持ちも繋がらなければ堅固な信頼もない。よって敵陣の能力はそれ程高くないにも関わらず、この城塞は無慈悲だ。この城塞は防衛特化。敵対勢力の接近に際して超強力な物理攻撃と魔法攻撃の反射結界で展開され、跳ね橋が自動で上がる。深い水堀が間にあるので敵の近接戦闘を行う兵卒は近づくという愚を犯すだけで大変な目に遭う。
それに加えて我らが誇る精霊魔導師達が既に詠唱に入っている。
私もグマンナより出て学んだのだが、我々は精霊様との繋がりが非常に堅固であるので、彼女らの用いる術は強力なのだ。通常の魔法は使用者の肉体の中で魔素を魔力へと練り直し、自然現象へと還元する。しかし、精霊魔法は元から自然に存在する精霊様に魔素を直に手渡し、こちらの願いをより明確に練り上げて伝えることで状況に最適な術をその場で作ることができる。私の妹のリオは樹木の大精霊様と契約しているとのことで、樹木に関する魔法に長けている。今回のリオは指揮官だ。彼女に率いられている精霊魔導師達が明確な弱点である長く大仰な詠唱を終えて次々に精霊魔法を解き放つ。
「い~つ見てもぉ、おっそろしぃねえぃ」
「えぇ、それは同感です。私も魔法という物を学んでより、彼女らの用いる精霊魔法の強力さには戦慄を覚える思いです」
「あ~あぁ、精霊のぉ力ぁ……それをぉ十全にぃ解き放つ。普通の魔法使いじゃぁ~、対処もできんだろうなぁ」
精霊魔法はその者の性質を大きく酌み、その者の考え方次第でその形状や規模用途が全く異なる。妹のリオは草木を愛し、争いごとは嫌うのだが……。今回はスパレンティナの巫女として、故郷を侵略した者を蹂躙する復讐の鬼と化している。精霊魔法使い達が詠唱を終えると、理外の大きさであろう巨大な人形ができ上っていた。その性質はさまざま。人型もあれば獣型もあり、極めつけは不定形の巨大な水塊のような物を自在に操る巫女も居る。今回動員された巫女は30名。その30名の中に大精霊と呼ばれる精霊様の中でも、高位の方々の力を借りることができる物達の一斉攻撃だ。敵はその異質な攻撃方法を見ただけで大わらわである。
そのままリオや数名の大精霊様と契約している巫女の蹂躙により、最前線の敵軍は壊滅。散り散りになり逃げる。グマンナの土地のどこかに駐屯地でも作ったのか知らないが、グマンナの奥地方面へ逃げて行くが、我々はここから動かず追撃はしない。どのみちこの地点の要塞をどうにかしようと思えば魔王国連合や、クロ陛下から最近連絡を受けた闇龍族という連中の情報を鑑みても戦力が足りない。この城塞はそれ程に戦力が厚く堅固なのだ。
我々の陣容は以下のようになる。
最前線の特攻隊長にリキュテータス氏族の長ゴーメス殿率いる特攻歩兵槍兵団。別名『パルチザン隊』とそれに追随しうる速度で突貫攻撃が可能なユニコーン族の重装騎士団。族長のユニカ殿が率いるユニコーン族の陣崩しを得意とする走力重視の部隊と、簡易の外壁くらいならば単騎で突き破るゴーメス殿が居るのだ。普通の兵や通常の悪魔程度では相手にもならん。その次に我ら亀甲槍騎兵団と随行するユニコーンの長弓兵団。
私達スパレンティナ氏族は位階進化により皮膚が鋼よりも強固なため、背後から矢を射かけられても傷一つつかない。それがユニコーン族の強弓だとしてもだ。私達は速度が出ないので、ユニカ殿やゴーメス殿がかき乱した敵陣を槍衾隣押しつぶす役割になる。前線はこの程度だ。しかし、数は少ないが他にも居ないことはない。
「我々も念のためという事で配備されましたが、必要でありましょうか?」
「ケレンガ殿の狙撃は信頼できる。敵将を的確に潰せれば敵陣を狼狽させることが容易いからな」
「ですね~。ケレンガさんの狙撃は凄いです。私達のような飛行銃兵団に注意が向かなくなるのでとても助かってますとも」
ここには居ないが、我々の中で内包魔素量が桁違いな古代悪魔族の皆さんが、この城塞を囲う大規模結界を構築してくれている。細やかな魔素の制御は苦手らしいが、放出量と保持量が多い彼らはこういう仕事に向いているらしい。いざとなれば殲滅魔法も使えるので、前線戦力としてもとても優秀だが、この城塞を活かさない手はない。
それから先ほどから褒めちぎられているのが、インディゴ氏族から三名来ている超遠距離の狙撃手のケレンガ殿たちだ。驚くべきことに半径100㎞の範囲ならミスはないと言う。魔人としても驚異的である。それを補助するのがサブマシンガンを持つ、天使族を中心とした有翼人族の飛行銃兵団だ。彼らに空から衝撃魔法弾の雨あられを受けてしまえば、通常の魔法での反撃や弓撃では対処は不可。クロスボウなどを使っても無理だろう。連射力の差があり過ぎる。
この城塞は我々の命を守るための物だと陛下はおっしゃった。
何を考えたか通常ならば連携など考えない魔王国勢力が連合を組み、攻め落としたグマンナを中継地として抜けて来るならばここを必ず通る。海浜側へせり出すように広がる『不破の森』は悪魔族にとっては忌々しい土地であろうからあそこを強行軍であろうとも抜けることはできない。そもそもその周辺には陛下が魔境を疑似的に作り出し壁を創り出しているので、連中は攻め入る事は不可能だ。あの森は恐ろしい。私でもあそこで野営をしろなどと言われてもごめんこうむる。命がいくつあっても足りん。
そうなるとこの城塞のある平原を抜けなくてはこれ以上の北上はできない。航空戦力の龍であるが、龍は龍で『古龍連盟』といわれる、『エリアナ女王国』に所属する古龍族やそれに同調する龍族の長達が集う集会が目を光らせているのだ。危険な賭けどころか勝つ見込みのない賭けをするなど愚の骨頂。
「それ以前に私達がここに居るよりも、内地にいる『クロ一家』の皆様の方がよほど恐ろしいでしょうに」
「うむ。それは間違いないな」
「ああ……、親方ぁ様方ぁ~、規格外ぃだからぁなぁ~」
「叩き潰すことなど容易なのであろう。それをしないのがまた陛下らしい。省みる機会を未だ残していらっしゃるのだ。その慈悲を酌めるかは……連中次第だろうがね」




