外務副長官と古龍達の結論
三話連続で僕なんかがナレーションで申し訳ない。副外務長官のギルだよ。
ヴォルカニアス殿とアース殿と続き、キアント=レアさんと彼女を案内してきたベルトール殿も加わった。この国の動きではなく、『魔人衆』の動向における問題についてだ。
クロ君の眷属の皆も、根本の部分は優しく思いやりのある子達だと思う。僕も接してきてそう感じた。彼らは無益な争いを忌避している。それは野心的な侵略行為を毛嫌いするクロ君の意向を指示している現れだ。しかしながら、彼らも根本は魔人である。魔人という種族は自分達の縄張りや、自身への危害に敏感。生存本能も人間種よりも野生に近い事から闘争も選択肢に入るし、その本能により強者へは頭を垂れて死からは逃れようとするという理性的な部分もある。そんなクロ君の子達がいかに規格外な存在かはこの地に住まう龍族にはわかっている。この中枢の部分に来ない龍達であってもだ。タケミカヅチ君の縄張りである『龍の領域』に住まう龍……。各首長が派遣した様子見の中継ぎ役達もしっかりと理解したと思う。
タケミカヅチ君は龍の戦闘訓練も付けてくれる。彼には老練の神代龍族だとしても勝てない。相性の悪いメリア姉さんは前からだし、神代龍族に次ぐ実力の守護龍族で、相性のいいはずのアース殿も今では勝てないと言う。
そんな巨大な勢力に喧嘩を売ろうものなら、どうなるかわかりきっているのだ。僕もいろいろ聴けたのでここに居る長命な古龍の皆の見解をまとめた。現状の情報ではいろいろ足りない。問題は先送りにしておこうという事だ。なるようになるさ……という逃避である。どのみち僕らでは止められない。現状一番幼い集団ならまだまだ戦闘経験が無く、技への習熟も浅いので意表を突き、奇襲すれば勝てる。けれど、それで仕留められないとなれば死ぬのは確実にこちらだ。メリア姉さんが手ずから育てるポセイドン君なんかは生まれた瞬間から並みの海龍より強い。それはナタロークが教えているネプチューン君も同じ。爆破魔法が使え、クロ君がいろいろ技術を教えたケイオス君などにはもう僕では勝てない。時空龍の長であるガトール殿が言うにはクロノーサちゃんも、もうティティ殿ですら危ないかもしれないと言う。
「ここ最近のヨルムンガンド様は少々考えごとが増えていますね。おそらく、旦那様が『バール魔王国』を消し去ったことを考え、魔王国領側からの攻撃に際した『返礼』をどうすべきかを考えているようすです」
「ゲンブ……、かの娘、牙を隠す。されど、憤怒の様相、明らか。あの娘、黒の眷属におき最も危険」
「タケミカヅチ君もかなりピリピリしてるね。彼は特にだと思う。彼もこの場には居ないけど、古龍連盟の重鎮ではある。責任を感じているんだと思う」
「ここの誰も知り合いが居ね~のはイオ嬢ちゃんとアポロンのボウズか。あそこにも誰かしら入れとかないと拙いんじゃないか? つっても、他の理事で空きのあるヤツは……居ないか」
うん。ヴォルカニアス殿のいう事は正しいね。僕も回りの全員も同感だった。
そして、呼んでは居ないけど長命の『古龍連盟』の重鎮の最後の1人が加わる。星龍コスモ殿だ。本名は頑なにかくしていらっしゃるが、この中では間違いなく最強で最長老。見た目は20代初頭の少女ともつかない若々しさで、その眠たげで伏し目がちな視線から気が弱くも見えるが、そんなことはない。なんたってメリア姉さんと拳で殴り合って勝つような化け物だから。それでいて権能自体は防御特化のこのお方だけは僕らの中でも別格。ちなみに同じ位階にあるはずの白龍王ブランジェリア殿もこのメンバーに本来含まれるべきだけれど、彼女からは断固として拒否されたので席はない。
コスモ殿を加え、コスモ殿の見解を聞いて全員が亜然。この人は世界を破壊したいのだろうか……。
コスモ殿は『やりたいようにやらせればいい』と、しっかりと何かの考えを持った上で告げた。理由はぼやかされたけど、コスモ殿はクロ君だけではなく彼の眷属全員と深い交友がある。男子の眷属はそれ程でもないけれど、たまに顔を見に行くらしい。特に自分の子扱いのコンゴウ君には首ったけで、べたべたとすることからコンゴウ君が逃げるほどらしい。その彼女が言うんだ。結論は先延ばしと言うことでいいのではなかろうか? ……と、アース殿も賛成の意向。僕もなんとなくコスモ殿の言いたいことは理解した。
クロ君はおそらくこの世界の掟に縛られない何かしらの特殊な存在だ。それこそ『使徒』とかね。彼を何度鑑定しても出ると言う『???』という表記。それから彼には僕達や彼の眷属にすら概念として存在する『位階数値』という物がない。それだけに留まらず、彼を詳しく鑑定すると驚くべきことに魔素板の大きさが半端ない。最近では称号欄やスキル欄の末尾に『e.t.c.…』という表記が有り、とても強力なスキル以外の下位スキルは全て省略されてしまっている程に所持スキルも多い。
この世界の基準にそぐわない存在の彼や彼の眷属をどうのこうのと抑えようと考える方がおこがましいのだ。僕らは彼らの側に付いた。それが僕らの立ち位置。確かに僕らの意思を伝えることは重要だけれど、クロ君を筆頭に『クロ一家』の歩む道に僕らが踏み入るのは愚かしい。
「まぁ、クロもまだまだ幼い。魔人としても生まれて一年経たない個体がここまでの力を吸収し、呼吸と共に魔境を浄化するという事態を引き起こしたこと自体……不可思議。私は……もう、クロの妻の1人。夫が世界を滅ぼそうと言うなら、私はそれを推す。でも、クロは暴君じゃない。クロも1人の魔人の子。あの優しいクロが『バール魔王国』で行われていたことに怒り、処断したようなことになりうるなら……この世界はそれまでという事だったってこと」
「なるほどな~……。俺もそれには納得できるが、できりゃ俺はこの世界を壊して欲しくはね~な」
「なら、クロに正直に言うべき。何度も言うけど暴君じゃない。クロはちゃんと聞き入れて、応えてくれる。それがクロという新たな生物がこれまで私達に見せてくれた姿だから」
コスモ殿のこの言葉に僕達年配……というと少し違う気もするけど、比較的長きを生きる大古龍は全員納得した。中堅どころのアホや若い血気盛んな勢力。以前から龍族社会に燻る悪しき部分などがその姿を露わにした現状でも、クロ君に僕らは従うのみ。彼が僕らに説得をさせるような一番穏便な手段を選ぶか、力に訴える交渉方を視野に入れた少々手荒い方法を選ぶか。はたまた世界を塗り替えるような大闘争の幕開けを宣言し、僕らのような身内の龍族のみを生かし、敵対した者は悉く討ち潰していくか……。
あぁ、……本当に心臓に悪い。
クロ君本人が部屋の隅で隠密の外套を脱ぎ、僕らの会話に参加するべくソファに座ろうとして……コスモ殿にだきかかえられた。いつの間にどのように侵入したのだろうか? 彼はほとんど全ての内情を聞いており、僕の事だから『いずれまとまり次第報告してくれるつもりだったのでしょう?』と完全に先を読んだ言葉がため息と共に漏れた。
別にクロ君は龍族のことは龍族の好きにすればいいと言う。ただし、クロ君自身に牙を剥けば言うまでもなく、彼の眷属達が直接手を出す場合もそちらを優先すると言う。クロ君は眷属達に対してはかなり放任しているところがある。それで子育てというか、親と眷属の関係が上手く行っているので問題はないけどね。クロ君は眷属の子達を信頼している。その上で、彼らがやり過ぎる様なら彼の力を使って眷属を止めるけれど、眷属がそう判断したことを非難することもない。つまり、眷属の子達の行動はある程度抑止してくれるけど、相手にも相応の落とし前を付けさせるという事か。クロ君らしい言葉だ。
それに『バール魔王国』を処断したことも、一つの転換点となったかもしれない。クロ君自身が手を出すことはない。魔王国領の風紀のようにあのような腐りきった状態ならば、クロ君は縄張りごと更地に帰す方針だとのこと。僕含め、男性陣が生唾を飲んだ音が響いたけど、クロ君は関係なくイシュリアの出すお茶を飲んでから、彼が僕らに対しての見解をくれた。
「僕は……この国の象徴です。ですが、『エリアナ女王国』が若い国なように僕も『幼い魔人』です。僕だけの判断で何かをしようとは思わないですし、皆さんの言葉はとても重要です。なので、遠慮なく僕に意見をください。僕はあくまでこの国の象徴で、この国が成熟するまでの物差しでありたい。この国が腐らないように育てるために、僕がこの国の祖として指針を作りたい。その上で僕は声を聴かない政治は嫌いです。それが民族ごとに相反する文言でも、行先を判断する材料には必要なんです」
僕らは心底安心したような表情をしたんだろう。クロ君が呆れている。
クロ君はしばらくはこの国の中枢で、各眷属の縄張りの整備を手伝いつつ状況を確認してくと言う。なので外部の状況が騒がしくなろうとも、強くは関与する気はないと断言。これは各眷属が魔人として土地を治めて行く訓練と、彼らが協力して眷属同士の交流を密にできる訓練も兼ねる。クロ君は幼いと言うけれど、とても達観している。確かに精神は若干幼いと言うか少々忍耐の部分が伴っていないところはあるけれど、スルースキルを得てからはそれもほとんど受け流すようにしているんだろう。
つまるところ、彼は『言いたいことがあるなら、各地の眷属にちゃんと言ってね?』という事もかなり遠回しに僕らに忠告したのだ。彼にお願いすれば早いと考えなんでも彼のところに集中することは彼も本意ではない。周囲のメンバーでできるならばそれはそれでいいのだ。彼が全てを見られる訳でもないのだから。喧嘩もコミュニケーションの1つだとカレッサさんが言っていたらしいが、クロ君もそれは同感らしい。行き過ぎは止めるけれど、それ以外は彼は請け負わない方針に舵を切り始めたのだ。
「……そうですね~。これだけはヒントとして言っておきます。僕は僕です。僕は魔人としてこの世界に眷属を増やしつつ版図を拡げるつもりはあるんですよ。その手段が穏健であることを望みはしますけどね。この世界の淀みを祓うために、僕は僕なりに生きていきますよ」




