外務副長官の仕事
はい、ナレーションを務めるのは初めてかな? 僕はギル。リヴァイアサン族出身で、古龍連盟の重鎮という付加価値のあるそれなりの立ち場にあるおっさんさ。見た目こそかなり幼く見えるらしいけど、これは種族的な物らしい。なので対面は大事に……。変化の術で大人の見た目で来客などの相手をする。
けれど、基本的に僕が来客の相手をすることはほとんどない。ほとんどないと言うか、副長官クラスと面会するような相手が周辺国だと『サーガ王国』関係の人達くらいだからだ。
外務副長官以外ならそこそこある。僕の娘達はリヴァイアサンの女性個体には珍しく大人しく器用な方だから、お茶くみや雑事を任せられるので僕の財務関係の引継ぎをしてもらっていた。それから『エリアナ女王国』と付き合うにあたり、古龍の団体がここと龍族の間の折衝をする目的で設立された『古龍連盟』の理事でもあるので、そちら方面ではそれなりに来客はある。我が国の国王であり、僕の直属の上司であるクロ君との縁談を中継ぎしてもらえないか? という物が大半だけど。
他はほとんど書類に目を通すだけだと思う。それだって十分重要な仕事だけどね……。クロ君は基本的に彼にしかできない仕事のために飛び回る。『エリアナ女王国』の一部機関はそれで回っているところがあるので、彼にどうでもいい雑務が回らないように円滑に事務や書類仕事を終わらせておくのが僕の務めなんだ。書類仕事や折衝事は僕の得意なことだしね。
「お父様は私達をクロ様に娶わせようとはお考えにならないのですか?」
「ん~? イシュリアは彼と結婚したいの?」
「い、いえ、単なる興味本位です」
「まぁ、別に僕は止めることはしないよ。あとは『女王会議』の判断次第だけど」
イシュリアは僕の6番目の娘で二番目の妻との子。リヴァイアサンの本家筋と言うか、主家族の血を濃く流す個体は他の海龍と比べ極端に長命だ。メリア姉さんもそうだけど、僕も万年単位を生きてなお健康そのもの。衰えもない。だからこそ、何度も結婚し、何度も妻と死に別れながらそういう感覚が鈍くなりながら子孫を増やしていくんだ。メリア姉さんの場合はまた特殊だけどね。
イシュリアは二番目の妻との娘だからもう適齢期には来ているし、僕は基本的に自由恋愛を推すから誰と結婚しようと文句は言わない。自分が生き方を強制されたくないことが理由で、娘達にも僕の気持ちの上で転がって欲しくないのだ。……クロ君の妻になりたいと本気で思うなら、いろいろ頑張れとしか言えないけど。
イシュリアは僕の娘の中でもかなり聡い子だ。
僕の現状の立場を酌んでくれている。僕は現状の『古龍連盟』の理事の代表であるアース殿とヴォルカニアス殿、ベルトール殿、ガトール君と等列で、この国とかなり密接に関わりがある。娘とは言えルールの中に紛れを出すことは避けたいし、娘を押し込む行為を僕が率先して行ったと勘違いされるのは面倒だからだ。
クロ君は結婚に関しての常識が崩壊してからはのほほんと生活している。……が、彼と繋ぎを取りたい者…特に龍族は多い。それだけでは無く、クロ君を警戒している龍族も多い。クロ君を直接見ている僕達は彼の魔人……いや、大魔神としての気質を知っていることから彼に厚い信頼があるんだよ。だけど、必ずしもそうとは考えない龍族も居ないことはない。僕達リヴァイアサン族の7氏族は早々にメリア姉さんが嫁いだことで参加入り決定。ルールの制定前に娘を捻じ込んだ各氏族もそうだ。僕個人の情報で確定しているところでは、龍族はクロ君という巨大な壁により二分されようとしているんだよ。
「……では、『女王会議』にお話しを通せばお許しを頂けるんですね?」
「構わないよ」
「解りました。それは他の姉妹も同じですか?」
「…………う、うん。構わないよ」
クロ君が人気なのは分かるんだけど、1人ならず数人の娘が同じ男に嫁ぐとなると……不安になるね。
はてさて、本当に嫁ぐことになるかは彼女らの事だ。僕は僕の問題を片付けよう。実は穏健派として肩を並べてくれているベルトール君から面倒な話を聞いている。少し前に他大陸で放浪生活をしていた女性の旅龍族のグループがいくつか連らり、タケミカヅチ君の縄張りである『龍の領域』でトラブルを起こした。その根本をベルトール君が聞きだしたところによると、いくつかの龍族内でお家分裂が起きているというのだ。外をふらついている場合ではなく、少しでも安全な場所に居るべきという事だね。
そのお家分裂の原因がクロ君と切っても切れない。
まず旅龍族について説明しとこう。決まった定住地を持たず、フラフラとあちこちを遊び歩くのは女性の古龍にはよくあることで、こういった流浪の龍族集団を指して言う。男性の古龍にも居ないことはないが、どちらかと言うと女性の古龍に多い。流行や娯楽に対して強い執着がある女性の龍族の中でも飛びぬけているお転婆は、そういう仲間と徒党を組んで数百年は飛び回るのだ。その中で番を見つけて落ち着く者も居れば、悲しい事だが何かしらの理由で落命する者も居る。今も存命の僕の妻達はその海龍グループに所属していたね。だから、最近じゃ『水源の迷宮』に入り浸っているよ。それはなんでもいいか。
その旅龍族は情報にも耳ざとい。なんでも一部の血気盛んな中堅勢力が親の縄張りから離反して、新たな縄張りをつくっている。その原因がクロ君への従属に対する不満だった。僕ら万年単位の寿命を持つ大古龍は、おおかた相手の実力を推し量れる。目にすればなおの事。僕は彼との初対面の時、失神思想になったんだから。……普通の魔人程度なら僕が寝起きでも勝てる。鎧袖一触にしてやれるさ。けど、クロ君は異なる。彼は魔人とは言うけれど、魔人ではない。僕が古龍と呼ばれる中の大古龍と呼ばれるように、彼は魔人の中に新たに生まれた上位存在……『大魔人』なんだ。
彼の縄張りから漏れだす彼の氣を感じ取れる大御所は、敵対意思を持てば死に直結することを理解できている。けれど、中堅層の中途半端な連中や大古龍の血筋ながら状況が読めない者が行動を起こしてしまったのだ。氷の大翁、氷鎧龍ガイガルト殿の死去も関係していることだろう。若い龍が今の親世代の地盤を受け継ぎ、新時代を迎える機会だと勘違いしているのだと思うんだ。僕はできることはしてきたけど、多大な労力を払ってまで止める気はない。
「お~い。ギルさんよ。今大丈夫かい?」
「どうしたんですか? ヴォルカニアス殿」
「いや……、面目ねぇ。うちも離反者が結構出てな」
「仕方のない事ですよ。龍族の社会も淀み、停滞が長く続きました。それを新たに変えようと言う芽が芽吹いたことは喜ばしい……。しかし、その方向性を間違えた者には、その限りでないことを教えてやらねばならないでしょうね」
「まったくだな……。若長のベルトールは上手く丸め込んだみたいだが、ウチのような火炎系龍族、雷系龍族、氷系なんかに離反者が多い。そっちはどうだい?」
これが悩ましい事に居るんですよね~。これにはイシュリアも関わって来るので他人事ではない。僕はリヴァイアサンの7氏族の中では新参の一派の長。ここに従属を決めたのは、単純に他の派閥から攻撃的な動きを取られないようにする意味もあったんですよ。
リヴァイアサンとて一枚岩じゃない。今まではメリア姉さんの膂力で敵対勢力は沈黙させてきた。けれどこれからは違う。メリア姉さんはクロ君に嫁いでからはリヴァイアサン族の権勢には興味を示さなくなった。どうでもいいというくらいの感覚だろう。メリア姉さんも長らく続いた淀んだ時代に嫌気がさしていたとは言っていたし、この状況でクロ君が動くことを見越しているのかも知れない。いや、今の姉さんは単純にクロ君との時間を楽しんでいるだけだろう。以前のような剥き出しの刃物のような雰囲気は今の姉にはない。不思議な程にあの『大魔人』に影響されて丸くなった気がするのだ。
そういう点からするとメリア姉さんだけじゃなくナタロークとかも、クロ君が直に動くことは嫌がるかな? わかんないけど。
ヴォルカニアス殿は苦虫を噛み潰している。おそらく、ヴォルカニアス殿の中で恐れているのはクロ君が直接の処断を行うことだ。離反した者はクロ君がどんな存在かを理解してない。僕らだって最近になってようやく理解してきたところだ。初対面の時の彼は底抜けのお人よしに見えた。でも違う。彼は……。
「クロ坊が動いちまえば、血筋ごと滅ぼされてもおかしくね~からな……。俺も本音としちゃそれはのぞまね~よ。奴隷だろうが何だろうが、生きてりゃチャンスはあるがな。消滅させられちまえばそれも叶わねぇ」
「僕としてはそれよりも恐ろしい懸念があるんですよね……」
「おん? 何だってんだよ。そんなもったいぶってよ」
ベルトール殿が旅龍族の女性達から事情聴取をした時、タケミカヅチ君が同席していたという。タケミカヅチ君自身はそれなりに温厚で、事なかれ主義というか…なるようになるさと言った感じの緩さがある。けれどベルトール殿含めその場に居た大古龍は全員感じたらしい。身の毛がよだつような、重厚な氣を……。アレは間違いなく『大魔人』クラスの氣だと。ベルトール殿から報告は受けている。タケミカヅチ君はとてもマメで、兄弟姉妹の中で最も鋭い洞察能力と判断力を持ち合わせているんだ。
能ある鷹は爪を隠すと言うが、彼はまさにそれだと思う。
表向きは周りとの摩擦を抑えようと、穏健な方向へ舵切りをしようとするが……嵐が一度舞い込めば彼もそれなりの爪痕を残すだろう。そして、問題の根本の部分。このことが『クロ一家』の眷属、クロ君の子供達に伝わっているとしたら?
ヴォルカニアス殿は脂汗に冷や汗、顔面は蒼白という彼に似合わない恐怖が張り付いたような表情をしている。僕もこの話を聞いた日は眠れなかった。正直、クロ君本人が動くだけならば彼のやり方で終わらせてくれるから問題はあるけど、僕達も抑えようがある。けれども……。眷属の各個人に動かれればどうしようもない。特に制御がきかないことが最も大きな問題。同時多発的に動かれたらなおさらだ。僕とヴォルカニアス殿は深く嘆息した。そこに新たにメンバーが加わりことの深刻さは増していくのだった。




